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海瀬水族館に着いた美咲は懐かしさを感じていた。
(水族館は昔とそんなに変わってないな…まあ変わらないよね。)
美咲は水族館を見渡す、海を背に立つ水族館は2つの窓口が開いているチケット売り場やガラス越しに店内が見えるお土産売り場の位置は変わっていなかった。
小学生の頃に両親に連れてきてもらった頃から変わらぬ水族館の光景に美咲は安堵を覚え、チケット売り場へ向かった。
「チケット…何円だったかな…?」
美咲は親子連れが多いチケット購入列に並び、財布の中身を確認した。
「イルカさん見れるかな!」「見れるよ、楽しみだね。」「うん!」
親子のやり取りを微笑ましくも懐かしみながら、美咲は列を進む。
「次のお客様どうぞ~!」
チケット窓口の女性販売員の声を聞いた美咲はチケット窓口へ向かう。
「チケット1枚お願いします。」
美咲が入場チケットを頼むと窓口の女性販売員は困ったような顔をした。
「はい、チケット1枚ですね。種類は…制服?学生さん?」
平日の午前中、普通なら学生は学校で勉強している頃。そんな時間に来館した美咲に対して窓口の女性販売員は平日の午前中に対応していいのか迷ったのだ。
「あっ…すいません。この時間に高校生は…制服は不味いですかね…?」
学生が平日の午前中に遊ぶのは良く思われない事は理解していた美咲は不安な顔をしていたが、海瀬に来たのはポスターに足を止めたことが…見惚れたことが原因なのだ、ポスターで見た景色を実際に見ることができたのなら自分の気持ちに変化が起きるのではないかと、美咲は思っていたのだ。
「不味いのかな…でも、あなた水族館に入りたいんでしょ?とりあえず私は見て見ぬふりをしてあげる!もし怒られても私の事は言わないでね!高校生は2000円ね!」
窓口の女性販売員は不安げな美咲の様子から、きっと悩みがある子なのだろうと思い水族館のチケットを売ってくれた。
「ありがとうございます!」
美咲はそう言うとバイトをしていない高校生には少し辛い出費をしつつ、窓口の女性販売員に感謝を心の中でしながら水族館へ入館した。
ザザーザザーと波の音がする。美咲が入館して最初に目にした展示は、波が再現され、近海で見られる魚が展示された海瀬の海を再現した水槽だった。
(懐かしいな…波で揺れる水槽内の光景が楽しくて長い時間見ていたっけ…)
美咲は水槽の端の方見る。
一定の間隔で波を再現する機械がある水槽の端には子供たちが集まっていた。
「すごーい!」「お魚さんが流されてるー!」
子供たちのそんな反応を見て美咲は思う。
(わかるよ~魚が流されるの見ちゃうよね!流された魚も何事も無かったように泳ぎ始めるし、海の中も同じなのかなって考えたりして…)
美咲が当時の事を思い出しながら子供たちに心の中で共感していると、違う意見の子供の声も聞こえた。
「え~泡だらけになるし見づらいよ~」「流される魚が可哀そうだよ!」
そんな不満げな子供たちの声に美咲は心の中で思う。
(そんな事ないでしょ!波があるのも、魚が波に流されることがあるのも、海の中では当たり前の…はず!そんな光景をこの水槽は見せてくれているのに!)
そんな事を美咲が思っていると、少し離れた所で子供たちを見ていた親が子供に声をかける。
「じゃあ、次に行こっか!イルカさんも見たいでしょ?」「イルカさん!行こ!」
親は子供たちの意見が割れて喧嘩になる可能性、イルカショーに間に合わなくなる可能性を考えて声を掛けたのだろう。魚が可哀そうと言っていた子はイルカを見に行くという言葉に機嫌を戻し、親子で先の展示に進んだ。
「ほら、先に行っちゃったよ!行こう?」「うん!」
先に進んだ親子を追うように他の親子連れも先に進む。子供たちは素直に先に進む子もいれば、名残惜しそうに水槽を見ていた子もいたが、皆イルカが楽しみなのか駄々をこねる子はいなかった。
そんな親子連れの光景を見て美咲は思う。
(親って大変だな…それにしても…子供たちの話に一喜一憂って…なにをやっているんだろ…)
美咲は少し落ち込みつつも、波に揺れる水槽の光景を眺めていた。
「次に行くか…」
美咲は小さく呟き、次の展示エリアに向かう。
(次の展示は…色んな魚に海藻やサンゴが入った水槽…)
美咲は海瀬近海のさまざまの地点を再現した水槽の数々がある展示エリアに着いた。
(これは漁港付近の…だから海藻があったんだ…)
美咲は漁港付近を再現した水槽を見て、小学生の頃気が付けなかった事に気づいた。
(そっか…ここの展示にも元になった場所があったんだ…)
小学生の頃の美咲は生態展示水槽を見ても、波のある水槽の波のように目立つ特徴が無い水槽だったので興味が薄かった。
色鮮やかではない魚と海藻が展示された水槽はちらりと見て、前を通り過ぎる対象でしかなかったのだ。
(昔はちゃんと見なかったけど、意味が分かると面白いな…)
美咲は生態水槽を一つ一つ見て進む、するとサンゴ礁を再現した水槽に辿り着いた。
(懐かしいな…クマノミを探したっけ…)
サンゴ礁を再現された水槽には、クマノミを含めた鮮やかな魚がサンゴの周りを泳いでいた。
そんな水槽の展示説明を読んでいて、ふと美咲は気づいた
(あれっクマノミも色んな種類の子がいたんだ…カクレクマノミにハマノクマノミ…シンプルにクマノミって子もいる…)
どれがどのクマノミか、美咲が水槽内をじっくり集中して観察をしていると、横にカップルだろうか、男女の二人組がいた。
「あっクマノミだ~昔クマノミが主人公の映画見たな~私あれ好きだった~」
「俺も見たな~あの主人公ってカクレクマノミじゃないらしいよ」
「えっそうなの!?カクレクマノミだと思ってた~」
カップルがクマノミの話で盛り上がるなか美咲は思う
(ああ…私がこの水槽が好きだったのは映画を見たからかも…それにしても、カップルの横に一人では居づらいな…)
美咲はカップルから逃げるように生態展示水槽のエリアを後にした。
美咲はもやもやしながら次の展示に進む。
(水族館だしデートスポットなのはわかるけど…はぁ…)
とぼとぼと歩いた美咲は今の気持ちを吹き飛ばすほどの光景。
水族館の目玉でもある、大水槽に辿り着いた。
「凄い…」
美咲が思わず呟いてしまうほどの景色、それは奥行きのある水槽中心に渦巻くイワシの群れ、他の水槽では見なかった大きな魚、その魚よりも大きいエイ、そして色とりどりの魚たち、そんな海の中を思わせる幻想的な世界が広がっていた。
(巨大水槽…凄いな…こんなに奇麗で…海の中にいるみたいで…本当に…吸い込まれてしまいそう…)
巨大水槽に広がる景色に、今までの憂鬱感も、罪悪感も、悩んでいたことが全部、海の中に溶けてなくなるかのように美咲は感じ、見惚れて立ち止まっていた。
数分間、大水槽の光景に海に入ってしまったかと錯覚するほど釘付けになっていた美咲の前をエイが通る。
(わっエイだ…小学生の頃はエイが目の前を通る時はしゃいでたっけ…)
集中して水槽を眺めていた美咲の目の前をガラスを這うように下から上にエイが上がっていき、水槽の奥へ泳いでいった。
そんな優雅に泳ぐエイの姿を見て美咲は両親に連れてきてもらった時のことを思い出す。
(エイにはしゃいでいた私を、他の人の迷惑になるから静かにしなさいってお母さんが叱ってきたっけ…お父さんは微笑ましく見守るだけで、お母さんに何か言われていたな…)
両親との思い出を思い出した美咲は周りを見渡すと、賑やかな親子連れの姿があった。
「ママ!パパ!お魚さんが集まって凄いよ!」
「そうね~いっぱい集まって凄いね!」
「あのお魚さんはイワシといって、大きな魚さんに襲われないように皆で助け合っているんだって。」
「そうなの!イワシさんすごーい!」
美咲はイワシの姿に盛り上がっている親子連れの姿を見て過去の自分と重ねた。
(私もあんな感じだったのかな…でも今は…)
今の美咲は大水槽に広がる光景に見惚れた、過去の自分、イワシにはしゃぐ子供と違う、同じ光景を見ても違う感情を抱いている。
(もう高校生だもんね…小さい子供と違って当たり前なんだ…もう…先に行こうかな…)
美咲は大水槽に対しての美しさを見出すことができた、でも両親と一緒に楽しそうにしている自分とは変わってしまった事に少しの寂しさを感じつつ、次の展示に進むことに決めた。
(私…自分じゃ気づけなかったけど…変わっていたんだな…でも…あの光景は見れて良かった…)
過去への思いや海への憧憬、様々な感情に尾を引かれながら少し暗めな通路を歩き、展示に向かう。
「うわっ…サメ…?」
思わず小さく驚きの声を美咲は出してしまった。
小学生の頃の美咲はサメの水槽が苦手であり、水槽の前に立てても大きなサメが目の前を通ると父親の後ろに立って早くイルカさんを見たいと涙目になっていた子だったのだ。
(もう小学生じゃないんだから大丈夫!きっと見え方も違うはず!)
サメの展示水槽に着いた美咲は水槽の前に立ち、恐る恐る水槽を見る。
(あれ、昔見た大きいサメがいない…?)
美咲が恐れていた大きいサメが展示されておらず、ひとまず胸をなでおろした美咲はサメの水槽を観察するように見る。
(泳がないで下で休んでいるサメもいるんだ…あのサメは私が思うサメと違う姿をしているな…)
美咲は水槽の横にある展示の説明を見て、ヒョウ柄のサメはどんなサメなのかを確認した。
(トラフザメ…あのサメは可愛いかも…)
美咲がトラフザメを眺めていると、目の前を突然、回遊していたサメが横切った。
「ひっ」
目の前を急に通ったサメに対して美咲は小さな悲鳴を上げてしまい恥ずかしくなる。
(他の人には聞こえてないよね…?うう…急に来るのはズルいって…もう水槽内にいるサメからは襲われないってわかっているのに…)
美咲は気を取り直してもう一度サメの水槽を見ようとするが…
(あれ…なんか…怖い…?)
美咲は一度サメに驚いてから回遊するサメが怖くなってしまっていた。
(どうして…もう先に行こう…)
サメに対しての恐怖心を思い出してしまった美咲はサメの水槽エリアを後にした。