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初執筆作品です!
田中美咲は憂鬱だった。
冬休みという名の大晦日やお正月、そんな大きなイベントがあった長期休みが終わり、美咲は日常に戻っていた。学校に行っては友人と他愛のない会話をし、授業中は勉学に励み、家に帰れば宿題を終わらせ、することが無ければスマホで適当に動画を見る、そんな日常に。
「はあ…なんだかな…」
動物が戯れる動画を見ていた美咲が呟いた。適当に動画を見ることで潰す時間に虚無感を感じていた。
「高校生活…こんなものなのかな…」
美咲は高校生活に憧れていたのだ。中学生時代に見た、高校の文化祭に楽しそうに参加する生徒たち、街中で楽しそうに制服姿で寄り道をしているであろう生徒たち、そんな人達を見た美咲は高校生になったら自分も楽しい生活を送れるのだと思っていたのだ。
「部活も…バイトも…なにも、やってないものね…」
美咲は部活にバイト、自分から活動をすることをほとんどしてこなかった。
自分から行動したことといえば、入学当時に前の席に座っていた『竹田真希』に話しかけ、友達になったことくらいだ。
「でも今から部活か…」
美咲は部活に所属しなかったことに少しの後悔を抱えていた。青春といえば部活動ではないのかと。
「でも…真希も部活は…してないしな…」
友達の真希が部活に入らないなら自分も入らなくていいか、特別何かをしたかった訳ではなかった美咲は部活の仮入部すらせず、友人が入らないことを理由に部活には所属しなかったのだ。
「真希はバイト…やっているんだよね…でも…欲しい物もないしな…」
友人である真希がバイトを始めて少しの時間が経った頃、美咲は自分もバイトを始めようとしたことがあり、真希にバイト生活はどのようなものか聞いたことがある。
「理由が無いなら…やらなくても良いって言っていたよな~」
真希は欲しい服やアクセサリーがあるからバイトを頑張る。そんな自分が欲しい物を買う金の為に頑張る真希からしたら、お金に困っていないならバイトはしなくても良いんじゃないか?という考えがある為、美咲に対して「バイトは大変だよ~理由がないならやんないほうがいいって!」と言っていたのだ。
「はあ…新年だし新しいことでも始めようかと思ったけど…冬休み開けちゃったしな~いつもと同じ電車に乗って、学校に行って、家に帰ってダラダラ過ごす毎日なのかな~」
そう言いながらベッドの上に寝ころびながら、動物の動画を見て夜中を過ごす美咲だった。
翌朝、美咲は寝坊していた。
「お母さん!時間ギリギリなんだけど!起こしてよ~!」
寝坊した美咲は急いで着替えたのがわかるほど、制服が着崩れ状態で台所に向かった。
「どうせスマホを見ながら夜更かししていたんでしょ!食パンをトーストしておいたから!これ食べて学校に行きなさい!」
美咲はスマホで動画を見ながら夜更かしをしていたので何も言い返せず、トーストされた食パンにマーガリンを塗って、喉に詰まらないくらいに急ぎながら食べる。
「まだ学校に間に合うの?大丈夫?」
「大丈夫だよ…今ならギリ間に合うって…それじゃ行ってきま~す!」
「いってらっしゃい!気をつけてね!」
美咲は母に急かされるように家を出て、遅刻しないために普段より人が少ない通学路を走り駅に向かう。
(まだ、いつもの電車より1本遅れただけだもん!次の電車でもギリギリ間に合うはず!後藤先生からの説教は絶対回避する!)
普段から美咲は早出する事はほぼ無いが、遅刻をして担任の『後藤先生』から怒られるのも嫌なのだ。
だから美咲は遅刻をしないが、ギリギリでもない時刻の電車に乗って通学をしているのだ。
「よし!間に合った!まだ電車が来るまで…時間はある!」
乗る予定の電車が来る10分前に駅に着くことが出来た美咲は、少し急ぎつつも駅構内の階段を上り改札を目指した。
(同じ学校の子もいるし、間に合ったな…あれ?)
改札付近には自分と同じ高校の制服を着た人がいる。その様子を見て、電車に間に合ったと安堵した美咲の目に改札近くの掲示板に貼ってあったポスターが入ってきた。
それはイワシの群れと色とりどりの魚が展示された海の中を思わせるような大水槽の写真が使用された海瀬水族館のポスター、そのポスター見た美咲は、足を止めて小学生の頃の思い出に浸ってしまった。
(海瀬水族館か…小学生の頃にお父さんとお母さんに連れて行ってもらったな…懐かしい…この水槽も奇麗で好きだったな…)
そんな水族館の思い出に浸る美咲の耳にガタンガタンという音が入ってきた。美咲が慌てて周りを見渡すと人が少なくなっていた。
「もしかして…電車きた!?」
美咲は慌てて改札を通り、電車に乗るはずだったホームに向かうために走って階段に向かう。しかし、電車から降りた人々が階段を上っており、駆け足で降りることができなかった。
「ちょっと待って!…ああ…行っちゃった…」
美咲がホームに着いた時には、電車のドアが閉まり駅を出発する瞬間だった。
「噓でしょ…遅刻じゃん…」
「次の電車まで20分あるじゃん…遅刻だよなぁ…」
美咲は電光掲示板を見上げ、遅刻をする絶望感から頭の中をぐるぐるさせていた。
(後藤先生に怒られるの嫌だな…やっぱり夜更かしをしたから…?いや、ご飯を食べずに家を出れば間に合ったかな…?いや…)
さまざまな考えを巡らせ、遅刻の原因を探していた美咲は答えに辿り着いた。
「水族館だよ…!海瀬水族館!なんで…急いでいる時に限って見ちゃったんだろ…」
美咲が海瀬水族館のポスターの事を思い出し、なぜ自分がポスターに足を止め、水族館への思い出に浸ってしまったのかを考えていると、駅構内に流れたアナウンスが美咲の耳に入ってきた。
「まもなく海瀬行きの電車がまいります。黄色い線の内側にお下がりください。」
美咲のいる反対のホームに海瀬水族館の最寄り駅でもある海に近い駅、海瀬駅行きの電車が到着することを知らせるアナウンスだった。
(海瀬駅…ここ近くの水族館のポスターのせいで遅刻するんだもんね…どうせ今から行っても怒られるんだし…行っちゃおうかな…うん!行っちゃおう!)
学校を休んで海瀬に行ってしまおう。そう思った美咲の行動は早かった。学校に行くための電車が来るホームの階段を駆け上がり、駅員の目がある2階は早歩きをし、海瀬行の電車が来るホームの階段を駆け下りた。
「まに…あった…」
ガタンガタンと海瀬行の電車が到着した時に美咲はホームに辿り着くことができたが、ただでさえ朝から走っていた美咲は、階段を駆け下りた事で息が絶え絶えになり、肩で息をして電車を見た。
(ああ…いつもと反対の電車だ…これに乗ったら…本当に学校をズル休みする事になるんだ…)
電車を降りるスーツ姿のサラリーマンのような人々を見送りながら、美咲はこれから始まる『学校をサボる』という『日常』とは違う『非日常』に後ろめたさを感じつつも、ズル休みをして『海瀬』に行くドキドキを感じていた。
乗客が降りた海瀬駅行きの電車に美咲が乗り、駆け込み乗車を注意するアナウンスとともに電車のドアが閉まった。
(座りたいけど…さすがに座れないよね…)
美咲は吊革を掴み電車内を見渡す。
ギュウギュウ詰めではないが座席は空いていない。
乗客はスーツ姿の人が多く、通勤時間を思わせる。
電車の進行方向は違うが、電車内は通学時の光景とほぼ変わらなかった。
(まあ…そうだよね…行先は違っても30分くらいしか違わないんだし…通勤時間には変わらないんだし、スーツ姿の人ばかりだよね…)
美咲は普段と違う景色が少しでもないかと、ちらりちらりと周りを見渡した。
(反対に電車に乗っただけじゃ何も変わらないか…あっでも私とは違う制服の子がいるな…)
美咲は自分とは違う高校の生徒を見かけて、普段との違いを感じることができた。
普段と変わらない、見慣れた広告に見慣れた横長の座席の電車内で、少しの違いが美咲のドキドキ感を膨らませた。
ガタンガタンと電車は走り、美咲を乗せて1駅、また1駅と進んでいく。
座席が空き、座った美咲の気持ちは電車が進むにつれ落ち着きを取り戻していた。
(私…だいぶ思い切った事しちゃったな…あの制服の子は学校に行くんだろうな…)
美咲は学校に行くのであろう、学生服の人を見て罪悪感を覚え始めていた。
(ズル休み…クラス…いや、学校の人達からどう思われるかな…)
美咲は頭の中を不安やズル休みへの罪悪感でいっぱいにし、ぐるぐると考えていると電車が次の駅に到着した。
電車が到着すると制服を着た子が電車を降りると、同じ制服の子と少し大きな声で話している声が美咲には聞こえた。
「遅いよ!遅刻しちゃうよ!」「寝坊しちゃって!ごめんて!」
そんな掛け合いをして早歩きで去る二人を見て美咲は目をつぶり考えた。
(そうだよね…普通は遅刻しそうでも学校に行くよね…それに友達は…真希はきっと心配するよね…でも学校休んで海瀬に行ってくるなんて言えないよ…)
美咲は真面目に学校に行く人と比べての劣等感、友人を心配させるのではないか?もしかしたら呆れられるのではないかという不安を感じていた。
そんな不安から気を逸らすように、目をつぶったままになった美咲を乗せた電車の様子が変わった。
聞こえるのは今までの駅とは違うガヤガヤとした音だった。
(ここは…乗り換えが多いからか…)
様々な路線が交わる大きな駅、美咲が目を開けた時にはスーツ姿の人が降りるところだった。
(この人達も真面目に働くんだよね…なのに私は…)
また美咲が落ち込んでいると、親子連れやオシャレをした人が電車に乗車した。
(親子連れ…そういえばお母さんにも連絡してないや…学校から連絡行くよね…心配させるかな…怒れるかな…そうだよ、先生だって心配するかもしれない…でも連絡してズル休みなんて言いにくいよ…)
美咲はまた考え込んでしまった。非日常を求めていたはずなのに、自分が人に心配させているかもしれないと思い、また自分を責めて目をつぶっていた。
そんな時、美咲を乗せた電車にアナウンスが流れた。
「海瀬終点です。お忘れ物にご注意ください。」
そのアナウンスに電車のドアが開き、美咲も目を開いた。
美咲の目に広がるのは、親子連れやオシャレをした人々、そして所々に海洋生物が描かれた電車のホームの壁だった。
「降りなきゃ…」
美咲は小さく呟き、荷物を確認して電車を降りる。
「こんなだったっけ…?」
美咲は駅のホームを見て違和感を感じていた。
「もっと地味だったような…」
海瀬駅は変わっていた。美咲が訪れなかった数年の内に、観光地としての改装が行われていた。
色褪せていた壁のイラストは、色鮮やかなイルカやカメ、色鮮やかな魚の群れのイラストに変わっていた。
(もっと暗いイメージだったけど変わったんだな…)
美咲は知っているはずの景色が変わってしまった様子を見ながら感慨深く、少し寂しい気持ちになりながらも改札に向かい歩いた。
(改札は…場所は変わってないけど、賑やかになったな…昔はこんなの無かったでしょ…)
改札の上には『ようこそ!海瀬へ!』の文字の周りに水族館の目玉であるイルカや地域で推しているのであろう海鮮丼の写真がプリントされた横断幕が吊るされていた。
(とりあえず…改札を出て…海のほうに行こうかな、水族館も海沿いだし…それに、ここに来たのは水族館のポスターを見たのが原因だし…)
美咲は改札を出て、駅前の観光地特有のお土産屋や食堂がある通りを歩く。
(平日だけど結構人がいるな…でも、懐かしいかも)
駅前の通りには、まだ10時前だからか開店している店はまばらだが、香ばしい匂いがする食べ歩き用の貝串や、海沿いの観光地によくある貝の形をしたモナカなど、そんな観光地特有の食事を楽しむ観光客の姿が目立つ。
そんな駅前の通りの賑やかな光景は、美咲が小学生の頃、両親に連れてきてもらった時の様子に似ていた。
懐かしい雰囲気に沈んでいた美咲の気持ちは持ち直し、賑やかな駅前通りを出て海沿いに出た。
「海だ…」
ザーザーと砂浜に打ち付ける波、海風から感じる潮の匂い、大きく広がる青い海、そんな海の景色を見た美咲は感動していた。
この果てが見えない広大な海は昔から何も変わっていない。
どんな時でも、どんな自分でも…今みたいに学校をズル休みした時も、何も変わることが出来ない自分でも、海ならきっと受け入れてくれる。
美咲は海の景色に想いを馳せながら水族館に向かい海岸沿いを歩く。
「見えてきた…海瀬水族館…」
海瀬水族館が見えてきた美咲は周りの人々を見て、親子連れが駅前より多くなっていることに気が付いた。
「お母さん!早く行こうよ!」「待って!走らないの!」
水族館が楽しみな小さな女の子が走り、それを母親が追う、そんな光景を見て美咲は昔を思い出していた。
(私も走って怒られたことあったな…人が多いと危ないし迷惑になるけど、楽しみなんだもんね!気持ちはわかるよ…)
美咲は親子の姿を見て微笑ましさを覚えながら歩き、水族館へ到着した。