序章:トリックスター登場(布羅乃新八)
科学全盛の時代、世界は技術革新の波に飲み込まれていた。
人々は宇宙の果てまで探求し、人工知能が日常生活の一部となり、医療技術は飛躍的に進歩した。
しかし、そんな中突如として太平洋のど真ん中に新大陸が姿を現した。
その大陸の名はムー。
そして、ムー大陸には伝説の都、アトランティスが存在した。
アトランティスでは魔法と呼ばれる技術が常用的に使われていた。
アトランティスは魔法によって守られており、その存在は長い間隠されていた。
しかしある日偶然にも航空機が墜落したことでその存在が明らかになり、世界は混乱に陥いる。
新大陸ムーの発見により世界は一変した。
科学の時代は終わりを告げ、魔法が世界を支配する時代が始まったのだ。
魔法。
それは科学にて概念とされている事象の顕現、エネルギー化を業とする技術である。
それは大きく七つのカテゴリーに分けられる。
①魂の具現化 - 赤
②心のエネルギー化 - 紫
③四次元の運用 - 緑
④世界の創造 - 藍
⑤ 零と無限の立証 - 橙
⑥ 終わりの定義 - 黄
⑦魔力証明 - 橙
それぞれの色になぞらえて、魔法の大別は虹に例えられる。
これは、そんな魔法文明に飲み込まれた世界の話。
物語は夜明けのように幕を上げる
「……まさかとは思うけど、それは、君が?」
「…さあ?」
時は夜。
場は郊外の路地裏。
問い掛ける男に答える女。
淡い月の明かりと鮮烈な赤によって、そんな二人の出逢いは彩られる。
一人は女性。
目を引く容姿だ。
年の頃は20代半ばから後半か?白磁の如き肌。
美しいストレートの黒髪。
透き通ったサファイアの様な青い瞳。
そして、ルビーを思わせるほどに紅く蠱惑的な唇。
端的に表現するならば美人。
だが、彼女の手にした鋭いメスと、足元に転がる物言わぬ死体が、その美しさを台なしにしている。
足元の死体に握ったメス。
そう。
そこはいわゆる殺人現場。
被害者は既に死亡。
一目瞭然だ。
首筋を深くえぐられ、内蔵をくり抜かれている。
凄惨で異常な光景。
だが、そんな場所にあって彼ら二人はなんら臆した様子もなく会話を続ける。
「やれやれ、困ったね。
一体どんな神様の悪戯なんだか。こんな事に巻き込まれる運の悪さ。
やっぱり僕は筋金入りの弱運者のようだ」
呟きながら男は後ろ頭をポリポリと掻き出す。
身長は190cmはあるかという長身だが、それ以外は特に特徴のない顔立ち。
纏ったブラウンのロングコートはややくたびれた感じ。
黒髪短髪の東洋系の顔立ち。
おそらくは日本人だろう。
普通という形容詞が似合う男。
だが見るも悍ましいその光景に、一向に恐れを感じているようには見えないその精神だけは常軌を逸している。
彼の異名は"トリックスター"
その意味は詐欺師、ペテン師。神話や民間伝承に現れるいたずら者。
それは秩序の破壊者でありながら一方で創造者であり、善と悪など矛盾した性格の持ち主で、対立した二項間の仲介・媒介者の役目を果たす者。
これは挿話。
そんな異名を持つ男が織り成す、不完全で無秩序な物語。
歪な彼とその周囲の異常者が紡ぐストーリーが今、開幕する。
--- 1月27日 ---
俺の名は布羅乃新八。
今や世界最大の大企業、CRE社の"私立"警察 日本支部の警部補である。
私立警察。
先ずは聞き慣れないであろうその単語から説明しなければなるまい。
CRE社私立警察は、魔法文明の発見とその普及に伴い、今から約20年前に設立された。
そう。今から約20年前に、世界は大きな変革を迎えたのだ。
科学が全盛を誇る時代、世界は技術の進歩に沸き立っていたそんな中、突如として太平洋のど真ん中に新大陸が姿を現した。
その名は「ムー」。
ムー大陸は、魔法と呼ばれる技術が常用されている不思議な土地であった。
各国はムーとの関係構築に尽力。
紆余曲折あったものの、この20年で魔法文明は世界に拡がっていった。
CRE社は、そんな魔法文明の知識と技術を基に、魔法関連の事業において圧倒的なシェアを誇る世界的な大企業である。
そのCRE社の最も有名な功績として、私立警察の設立が挙げられる。
その背景には、魔法文明の発見によって引き起こされた社会の変化がある。
魔法の力は、日常生活やビジネスの多くの側面に影響を与え、同時に新たな犯罪の温床ともなった。
魔法を悪用する者たちが現れ、従来の法律や警察の枠組みでは対処しきれない問題が浮上したのである。
そこで、CRE社は自社の技術と知識を活かし、魔法犯罪に特化した私立警察を設立することを決定した。
CRE社私立警察の主な役割は、魔法を用いた犯罪の予防、捜査、逮捕、そして再発防止である。
組織は魔法の専門知識を持つエージェントで構成されており、魔法の特性を理解した上で、犯罪者を追跡し、証拠を収集する。
これにより、従来の警察では難しかった魔法犯罪の解決を可能する、なんて謳い文句で、今や全世界に広がるネットワークを形成している。
更に、地域の治安維持に貢献するだけでなく、魔法の正しい使い方を啓蒙する教育プログラムや、魔法犯罪の被害者支援を行うなど、社会的な役割も果たしているが、その一方で、私立警察の存在には賛否があり、特にその権限や透明性についての議論は続いている。
CRE社私立警察はその功績から各国において国営の警察機関と同等の権限を持つ。
厳密には各国支部と警察機関との調整で若干の際は有るが、世界的には国際警察と銘打ってなんら遜色無い権限と情報網を持っているのだ
一企業が私立警察を運営することで、治安維持よりも企業の利益が優先されるのではないかという懸念も存在しており、
社のCEOを勤めるセラフ・ド・ゴドフロワはこの懸念を公式に認めている。
まあ、企業であるのだから営利で行うのは当然なのだが、CRE社は透明性の確保や、倫理的な運営を重視する方針を打ち出し、信頼を築く努力をする一方で、成果主義の組織体制を構築し、結果を出した社員は莫大な報酬を得ている。
「CRE社私立警察は、魔法文明の発展とともに進化し続ける組織です。彼らの活動は、魔法がもたらす新たな可能性を追求しつつ、同時にその危険性に対処するための重要な役割を果たしています。
その彼らに相応の報酬を用意することは優秀な人財を確保し流出を防ぐ当然の処置」
とはゴドフロワ会長の声明。
俺は、そんな理念に感銘を受け、その警部補として日夜犯罪の撲滅に勤しんでいる訳だ。
そんな俺が今頭を悩ませている難事件がこれだ。
現代版切り裂きジャック現る!!
大々的な見出しとともに書き出された新聞記事。
それは最近ここ、“大津御市”を中心に起きている連続猟奇殺人事件を扱ったものだ。
被害者は多種多様。
老若男女問わず。
全員、“どうやって殺されたか解らない”程にバラバラにされていることが共通点。
その犠牲者は既に二桁に登ろうとしている。
しかもそんな大々的な事件にも関わらず、容疑者の影すら上がって来ない。
事件発生からかれこれ2週間。
警察はなんの進展も手がかりも見せることが出来ない。
秘匿性、異常性、残虐性。
事件の概要は人々にある殺人鬼の記憶を呼び起こさせる。
“切り裂きジャック”
1888年8月31日から11月9日の約2ヶ月間、
ロンドンのイースト・エンド、ホワイトチャペル地帯で少なくとも売春婦5人、バラバラにした連続猟奇殺人事件の犯人の俗称。
類似犯と思われる犯行は20件を越えたが、
当時の警察の懸命の捜査にも関わらず結局犯人の逮捕には至らなかったため、歴史上最悪の完全犯罪として知られている。
また、署名入りの犯行予告を新聞社に送りつけるなど、劇場型犯罪の元祖ともされてる。
神経症患者から王室関係者まで、その正体については現在まで繰り返し論議がなされているが、1世紀以上経った現在でも真相は闇のまま。
そんなとんでもない伝説を踏襲させる事件が21世紀に甦ったのだ。
事件は、街の片隅で静かに進行しているように見えたが、実際には恐怖が人々の心を蝕んでいた。
そして、この大津御支部でナンバーワンの事件解決率を誇るこの俺に捜査のお鉢が回って来るのは当然の経緯と言えたが、
「………わかんねえよ、この事件」
今回も完全に行き詰まる。
繰り返すが、大津御支部でナンバーワンの事件解決率を誇るこの俺でも、日々事件に立ち向かう中で、時には行き詰まることもある。
特に最近の事件は手強く、何度も頭を抱えた。
そんな時、いつも思い出すのが、最近知り合ったある男のことだ。
彼は凄腕で、俺が捜査に行き詰まった時の最後の頼みの綱だ。
ただ、彼に相談するのは一筋縄ではいかない。
彼は俺のことを「組織の犬」と呼び、いつも迷惑そうな顔をする。
彼の性格は、まるで猫のように気まぐれで、俺の事が心底面倒くさいと思っているのだろう。
だが、彼の鋭い洞察力と独特の情報網で、俺は何度も事件解決の糸口を貰っている。
というか、何故か彼は毎回事件の答えを知っているんだもん!
そりゃ聞くでしょ?
だって解決するんだもんさ!
---11月11日---
彼と出逢ったのは、この街のあるカフェだった。
それは俺がまだ警部補としてこの街に赴任した1ヶ月前。
日々の仕事に追われていたある日、
いつも通りの巡回を終え、街の片隅にあるカフェで一息つくことにした。
その時、視界の隅に映ったのは異彩を放つ二人の姿だ。
後に知ることになる男の名前は、露木 真詐という。
彼は他人に興味を持たず、何を考えているのか全く分からない掴み所のない男だった。
彼の目は常に冷たく、無表情で、周囲の人々をまるで透明人間のように扱っている。
当時、俺は何度か彼に挨拶をしたことがあったが、話しかけても返事はほとんどなかった。
まるで彼の中には、他人を寄せ付けない壁があるかのようだ。
そして、彼の隣にはいつもメアリーという名の美女がいた。
彼女の存在は、真詐の冷たさとは対照的に、どこか神秘的で魅惑的だった。彼女は真詐の隣に寄り添い、彼の視線を受け止めるように静かに微笑んでいた。
その姿は、まるで彼女が真詐の心の奥に秘められた何かを理解しているかのようだった。
俺は思わず彼らの方に目を向けた。
カフェのテラス席で、真詐は無言で紅茶を飲んでいる。
彼の表情は変わらず、まるで何も感じていないかのようだった。
しかし、メアリーは彼を見つめ、時折彼に何かを囁いている。
その声は俺には聞こえなかったが、彼女と話している時のみ、真詐の表情は穏やかなそれになっているように見えた。
---12月2日---
大津御市で起こった不可解な事件が住民たちを驚かせた。
事件は、町の中心にある古びた図書館で発生、
その朝、図書館の司書である佐藤さんが行方不明になり、彼女のデスクには「秘密を知ってしまった」というメモが残されていた。
町の警察はすぐに捜査を開始したが、手がかりはほとんど見つからなかった。
事件の特異性から捜査依頼がCRE社に回ってくることにそう時間はかからず、俺が捜査主任として事件を担当する事になる。
行方不明となった佐藤さんは図書館の歴史や地域の伝説に詳しく、特に「大津御市の秘宝」と呼ばれる伝説に興味を持っていた。
住民たちは彼女が何かを掴んでしまったのではないかと噂した。
捜査は難航した。
防犯カメラ等の備えもそこまで完備されていないこの街では手がかりも集まらず、俺は途方にくれていた。
「……はあ、」
いつものカフェでため息をつく。
途方にくれ、どうしたらと悩んでいるその時、俯く俺の鼻腔を良い香りがくすぐる。
「え?」
顔を上げるとそこには白磁のような白い肌の美女が立っていた。
彼女の美しい黒髪は、俺の目の前でシルクのように滑らかに風にそよいでいる。
「……これを、マスターから貴方に渡すようにと」
「え、え!?」
渡されたのは一枚のメモ。
「……憩いの場で辛気臭い溜め息を巻き散らかされると、せっかくの紅茶が不味くなるそうよ」
艶やかな微笑みを俺に向け、彼女は背を向け男の傍らに戻って行く。
その後ろ姿に見とれながら、渡されたメモに目を通した。
かくして、俺はメモに指定された図書館の古い地図を見つけ、
更にその中に隠されたメッセージを発見した。
それは、大津御市の地下に隠された秘密の場所を示すものであった。
俺は部下を引き連れ、その地図を手に地下へと向かった。
暗い通路を進むと、古い倉庫のような場所にたどり着く。
そこには、佐藤さんが探していた「大津御市の秘宝」と呼ばれる古い宝箱があった。
しかし、宝箱の中には何も入っておらず、代わりに途方にくれる佐藤さんを発見した。
こうして、事件は無事に解決し、俺は彼らとの出会いを果たした。
正直、二人の事は胡散臭いと思った。
何故警察が知りえなかった事実を知っていたのか?
そもそも二人は何者なのか?
等とも思ったが、俺はこの出会いを大切にすることにした。
そうして、事件に行き詰まると彼らに助けを求めるようになり、
結果として、大津御支部でナンバーワンの事件解決率を誇る事になる。
分かっている。
分かっているよ?
無関係の一般人に事件捜査の手伝いをさせている。
更にそれを自分の手柄にしてるんだから。
それは決して誉められた行為ではない。
……でも、あの人何故か何でも知っているんだもんよ。
---12月27日---
「こんにちは、露木さん。お久しぶりです。」
いつものカフェのいつもの場所。
俺は彼らに声をかけた。
用件は当然、切り裂きジャック事件について。
露木さんならいつもの如く何かを掴んでいるだろうと信じ、事件解決の糸口を彼に聞いてみようと思ったのだ。
だが、彼に近づくにつれ、その冷たい視線が俺に向けられた。まるで俺の存在を拒絶するかのような、その視線に一瞬たじろいだ。
「……やあ、新八君。CREの犬が、今日は僕にどんな用件?」
いつも通りの辛辣な返し。
でも大丈夫。
こちらもいつも通り、メアリーさんが微笑みながら俺に目を向けてくれている。
その微笑みに助けられ、俺は勇気を振り絞った。
「まあまあ、そう言わずに。露木さん、この新聞見てますよね?」
そう言って、俺は手元の新聞を彼に見せる。
「この"切り裂きジャック事件"についていつもみたいにアドバイスを貰いたくて……」
下手に出ながら彼の顔色を伺う。
……まあ、やっていることは完全な二流捜査官のそれだよな。
俺はまたこの人の力で手柄を上げようとしてるんだから。
真詐は一瞬、俺を見つめたが、すぐに視線を逸らした。
相変わらずの彼の無関心さに、少し苛立ちを覚えたが、いつもならここでメアリーさんが優しく……
「え?」
その時、俺の背筋は凍りついた。
メアリーさんは微笑んでいる。
しかし、その微笑みはいつもとはまるで違う。
狂気と殺気にまみれた、あまりにも邪悪な微笑み。
「…え?……え?」
息ができない。
彼女の醸し出す雰囲気に溺れながら、俺は窒息しそうに腰を抜かす。
そんな空気を、
「メアリー落ち着いて」
俺の差し出した新聞を指差しながら、
メアリーさんへ優しく囁く露木さんの声が解きほぐした。
「…………そう…ね」
次の瞬間、彼女はいつものメアリーさんに戻る。
ただ、いつもと違うのはその目線を俺に向けてくれないこと。
なにがなんだか分からないが、俺はどうやら彼女の地雷を踏んでしまったらしい。
「…あ、あの~、」
しどろもどろになりながら、何とか声をかける俺。
ヤバい。
かつて無いほど空気は最悪だ。
普段はテンパる俺をメアリーさんが面白そうに眺め、
「……マスター、助けてあげれば?愉しそうじゃない?」
と言って助け船を出してくれるのだが、今日のこの雰囲気はとてもじゃないがそれを期待できない。
混乱の極み。
どうすれば良いか分からない、そんな状況で、
「新八君」
露木さんが唐突に俺に声をかけてきた。
「は、はい!」
声を裏返しながら返事をする俺。
「君は、この事件の何が知りたいの?」
なんと、彼から話を降ってくれたではないか!
「はい!この事件の真相と言いますか、犯人逮捕の手がかりをいつもみたいにアドバイスして欲しくて!!」
驚きと喜びで大声で返事をする俺。
「……先に結論から伝えるけど、」
そんな俺に心底迷惑そうに、
「…この事件は解決した。もう、犠牲者は出ないよ」
彼は、そんな驚きの真実を語り出す。
「へ?」
間抜けな返答を返す俺に、彼はいつもの通りメモを渡す。
「そこに書いた少年について調べてくれる?
そうしたら事件の詳細を教えてあげるよ」
そう告げ、彼は傍らのメアリーさんの肩を抱き寄せ立ち上がる。
「君のせいでメアリーがご機嫌斜めだ。
僕らはお暇させて貰うよ」
いつもの迷惑そうな、壁を感じる視線を俺に寄越しながら、二人は去っていく。
しかし、既に事件は解決してる?
だって昨日も被害者出てるし、
そんな事を考えているとき、俺は気づいた。
机に残された伝票。
これは、
「……あいつら、清算してねえ」
彼らの紅茶の代金を払いながら、俺は手元のメモに目を落とす。
そこには二つの単語。
高瀬 剛志という名前と、
露木さんの住所が書かれていた。
---12月28日---
高瀬 剛志。
幼い頃から空手に情熱を注いできた少年で、彼の父は伝統的な空手の師範。
ルールに厳しい厳格な人間で、その中で技を磨くことを第一としており、多くの門下生を抱える地元では有名な指導者だったようだ。
しかし、
「彼は事件の最初の犠牲者が見つかったタイミングて行方不明になってますね。
父親からも捜索願いが出ています」
日付は翌日
場所は露木さんの住まい。
指示のあった高瀬 剛志について、俺は彼に報告する。
露木さんの住まいは思ったよりボロい安アパートだった。
ここにこの男はメアリーさんと二人で住んでいる。
この二人にはとても似つかわしくない住居。
だが、調べたところ露木さんは無職の筈だ。
収入無く何らかの貯金で暮らしているなら住む場所に金をかけれないと言うところなんだろうか?
「今、指名手配として高瀬の捜索人員を増やしています。
おそらくそんなに時間はかからず足取りは掴めると………」
「…調べて欲しかったのはその前なんだけど?」
「へ?」
「彼が行方不明になる前、補導とかされてない?」
「…は?は、はい。ちょっと待ってください」
手元の資料を確認する。
補導歴、は無いようだが…….
「……空手の大会で、反則負けになってますね。
決勝。その時の行為があまりにも悪質で危険と言うことで通報されてます。まあ、当然のスポーツ中の事故として片付けられてますが、ってあれ?」
その後、父親の空手道場を破門されてる?
しかも、
「…それからしばらくして、喧嘩賭博主催の主要メンバーとしてマークされてます。
これは魔法関連の事件ではないので地元警察の資料になりますが」
「…ああ、なるほどね。その時か」
俺の報告に自分だけ納得する露木さん。
「この間、変なやつに絡まれてね」
露木さんは唐突に、
手元の紅茶ををすすりながら、先日の出来事を語り出す。
それは事件が起こる二週間前のことだったらしい。
露木さんが帰宅途中、道端で出会った少年のことだそうだ。
彼は自信満々の表情で、露木さんに絡んできた。
その少年が高瀬 剛志。
時期的にはちょうど空手の大会で準優勝した直後くらいだ。
「彼は、"俺は世界最強の格闘技を目指してる"
、みたいな挑発をしてきてね」
本当ですか?と聞くと、まあ、若干要約はしてるけどね、と返してくる露木さん。
それを聞きながら傍らのメアリーさんがクスクス笑っているので、まあ多分嘘なんだろう。
露木さんは当然格闘技に興味はなかった。
ほとんど相手にされていないうえに、周囲には他の人々もいたが、少年はまるで自分が主人公であるかのように振る舞っていたそうだ。
「ルール無し、最強の喧嘩師を名乗る俺に勝てると思うか?」と少年は続けたそうだ。
露木さんはその言葉に少し笑い。
「ルール無しなら、勝ち負けはどうやって決めるの?」と返した。
そして、露木さんは懐から拳銃を取り出し、少年の目の前に突きつけた。
その瞬間、周囲の空気が一変した。人々は驚き、ざわめき始めた。高瀬少年は怯み、声を荒げる。
「お前、卑怯だぞ!武器なんて!」
おそらくエアガンかゴムガンだと思ったんだろう。
しかし、この人は本当に銃を携帯してる。
本来なら完璧な銃刀法違反だが、その件は俺が揉み消させられてる。
いや、分かってるよ?
でもしょうがないじゃん?
語りは更に続く。
露木さんは拳銃を下ろし、
「ルール無しなら卑怯とか無いんじゃないの?」
そんな、正論を高瀬に呟く。
少年は一瞬言葉を失ったようだったが、すぐに顔を赤らめて怒りを露わにした。
「お前、逃げてるだけだろ!」と叫び、周囲の人々に向かって「こいつ、俺に勝てないから逃げようとしてる!」と叫んだ。
真詐はその様子を見て、少しだけ笑みを浮かべた。
「仮に逃げてるとして、何か問題が?だって、ルールは無いんでしょ?」
ケラケラと笑いながらの挑発。
おそらく、高瀬は逆上したことだろう。
そうして、
「………メアリーが彼を殺しちゃってね。
申し訳無いから彼にこれをあげたのさ」
………は?
なんだかよく分からないことを語る露木さん。
手元にはなにやら壊れた懐中時計。
しかし、
「いや、いやいやいやいや、え?どういうこと?」
殺しちゃった?
で、死人にあげた?
意味が分からないが、この事件の犯人とおぼしき男は既に、ってこと?
混乱する俺を芸人でも見るように面白そうに笑うメアリーさん。
「…話半分以上嘘じゃないの」
そう言って、露木さんの肩を叩いてる。
そうだよな。
そりゃあ、嘘だよな。
「……私があの坊やを殺して、懐中時計をあげたところ以外一つも本当じゃないわね」
ってそこ!?
本当のとこそこだけ?
一番嘘臭いというか、嘘であって欲しいとこなのに!?
「いったいどういう事ですか?分かるように説明してくださいよ!」
半狂乱で食って掛かる俺を、露木さんは面白そうに眺めている。
呑気に紅茶を啜りながら、
「これ、アーティファクトなんだよ」
そう言って、手元のカップを壁に叩きつけた。
「…え!?」
唐突な出来事に反応できず、俺は呆然とする。
合わせて露木さんは先ほどの懐中時計の秒針をトントンと叩く。
すると、
「えええー!」
まるで何事もなかったかのように、紅茶は露木さんの手元に戻っていた。
アーティファクト
魔導具とは一線を画するとんでもな秘宝。
よく分からないが、科学において決して無しえないことを実現できるアイテムをアーティファクトと呼ぶらしい。
その価値は末端でも軽く億の桁を越えるほど。
まあ、そうだろう。
今見た現象がこの懐中時計の力なら確かに何を差し置いても欲しいと思う。
起こった事象をやり直せるなんて、こんな馬鹿げた力は他に無いだろう。
「要するに、高瀬を殺したのは本当で、その高瀬をそのアーティファクトで生き返らせたってことですか?」
「厳密に言うと違うけど、まあそんな感じだよ」
なるほど。
でも、それと今回の事件となんの関係が?
そんなことを考えていた俺の眼に幻覚が見える。
いや、幻覚だろ?
だって露木さんの背後から人型の黒いもやが現れて、
「…メアリー」
「…ええ」
やり取りは一瞬。
黒い靄は拳を振り上げ露木さんに殴りかかる。
狙いは彼の持つカップ?
それを破壊しようと踏み出したところを、メアリーさんは文字通り目にも止まらぬ速さで切り裂き裂いた。
眼の錯覚よろしく消えて行く黒い靄。
いつの間に取り出したのか?
彼女の手には手術用メスのような刃物。
いや、それ以前に切り付けるまで動きがまるで見えなかった。
この人はいったい?
「わかった?これが真相」
「は?」
行動も唐突なら言葉も唐突。
補足も無いまま露木さんは俺に例の懐中時計を差し出す。
「はい。これを君のところの鑑識に回せば高瀬 剛志がこれを使ったことが分かる筈だよ。
捜索人数を増やしたならじきに本人も見つかるでしょ。それでめでたしめでたしだ」
え?
いや、だから何も分からないですが?
つまり犯人は高瀬ではなく、さっき露木さんから出てきた黒いもやってことですか?
ってか、あれはそもそもなんなんですかね?
しかも、もう、事件は解決してるって言ってたから、高瀬のもやはひょっとして露木さんが倒したってこと?
数々の疑問が頭を過る。
正直まったく納得できていない。
納得できていないので、俺は力強くこう言ってやる!
「ありがとうございます!
またのご協力をお願いいたします」
……………。
いや、分かるよ?
分かるけど、こうなったらあの人絶対何も言わないもん。
でも、今までの経験だと多分これで解決するんだもん。
真相は知らず、ただ手柄のみを享受する。
そんな最低のムーヴをかましながら、俺は露木さんの家を後にした。
そうして、事件は解決した。
高瀬 剛志は驚くほど簡単に見つかった。
捜索を強化した数時間後には市内の公園で憔悴しきった姿で発見されている。
無差別に見えた今回の被害者も、元を辿って行くと何らか彼に関わりが有る人間ばかりだと言うことも分かった。
ただし、CRE社の鑑識(魔法科)に回した例の時計から抽出された形跡と、各種証拠を照らし合わせれば彼が直接手を下した件はおそらく無いそうだ。
"カイロスの時計"
改めてその効果を聞いたがとんでもない代物だったらしい。
あの時計には魔法の七大要素の内、心のエネルギー化(紫の魔法)と四次元の運用(緑の魔法)の二色が付与されていたらしい。
通常のアーティファクトでも付与できる色は一色が限度なのに、あれは更にその上位。
露木さんが何処からあれを手に入れたのか知るのが本当に怖い。
結局事件の犯人はあの時計から滲み出してきた黒い靄どもらしいので、高瀬の処遇は保護観察付きの釈放となるだろう。
世の中的には、
「布羅乃新八、事件の真相を解明し、無事に犯人を逮捕。彼の敏感な直感と鋭い観察力が、複雑な証拠を一つ一つ繋ぎ合わせ、真実を浮かび上がらせた」
となっている。
ヤバいよな。
人のふんどしで相撲取って、手柄から何から全部独り占めしてるわけだし。
先日、ケーブルテレビのインタビューでも、
「今回の事件を通じて、魔法文明の闇と光を再認識しました。
これからも警察官としての使命感を新たに、日々の業務に邁進いたします」
とか答えちゃってる俺。
まあ、なるようになれだけどさ。
俺の名は布羅乃新八。
今や世界最大の大企業、CRE社の"私立"警察 日本支部の警部補。
今日も難解な事件を解決するため、カフェへ赴く。
「こんにちは、露木さん。実は今回も…………」
いつもの場所、いつもの二人に声をかける。
これは、そんな話。