キメラ誕生
――――――
地租増徴問題を機に政党が反政府で団結している。松方が作り出したゴミ環境で次の政権を担うなんて貧乏くじでしかない。幸い、俊輔がやりたいやりたいとぴょんぴょんしていたので喜んで爆弾を譲った。
「それで、実際のところどうする?」
状況はかなり悪い。政党が反政府で団結したので初期議会期に巻き戻ったかのようだ。当然、こんな環境での政権運営には相当な困難が想定される。爆弾を譲っておいて何様だと言われそうだが、俊輔はこの状況にどう対処しようとしているのかは気になってしまう。
「自由党も進歩党も一度にまとめて政権に入れようと思う」
「……それ、前にやろうとして失敗してなかったか?」
板垣を内相から降ろすために政権を擲った俊輔。だがその直前に進歩党へラブコールを送り、自由党と進歩党の双方から顰蹙を買ったことは記憶に新しい。というかあれは政権を瓦解させるための狂言だと思っていたのだが、俊輔は本気でやろうとしていたらしい。
「戦争のときはできたんだ。平時でもそれができないはずがない」
などと言っている。歴史を知らなくても対立しがちな派閥(政党)をまとめて抱き込むのは不可能だとわかるだろう。しかし俊輔は超がつくほど楽天的だった。こういう思考の持ち主だからこそ幕府(政権)転覆なんて大それたことをやってのけるのだろうな。
ともあれ、俊輔は大連立構想を抱いて選挙を戦う自由党と進歩党に提携を持ちかけた。すると意外なことに双方から好意的な返答を得て入閣交渉に進んだ。だが順調だったのもここまで。自由党と進歩党の双方が要求したのは内相のポスト。一方の俊輔は法相(板垣)と農商務相(大隈)を提示した。板垣に内相を与えた経験からして絶対にそれはない、と決めていたらしい。結局この話は流産となり、仕方がないので俊輔は非政党系の人材で組閣することとなる。その顔ぶれは以下の通り。
総理大臣 伊藤博文
内務大臣 芳川顕正
外務大臣 西徳二郎
大蔵大臣 井上馨
軍務大臣 西郷従道(桂太郎)
司法大臣 曾禰荒助
文部大臣 西園寺公望
農商務大臣 伊東巳代治
逓信大臣 末松謙澄
ほとんどが長州系の人材で占められている。なお、信吾はすぐに桂に交代することが決まっていた。最初から桂でないのは陸海軍から交代で大臣を出すという慣例を守るためである。俊輔も信吾も桂の境遇には同情しており、私がこの処置を求めるとどちらも快諾してくれた。ありがたいことだ。
かくして第二次伊藤内閣が成立して少し経ち、解散して辞任するという松方の意味不明な行動から開かれた第五回衆院選の結果が出る。
「凄まじい結果になったな」
俊輔に誘われて一緒に食事をとりつつ選挙結果を振り返る。議席数三〇〇のうち自由党が一〇五、進歩党が一〇四と、この二党だけで七割近い議席を確保した。
「ここまで伸びるとは思わなかったが――しかし自由党が第一党なのは却ってありがたい」
「懲りないなお前は」
彼との仲なので言葉は気安い。そして本当に懲りない奴だと思う。言葉からまたしても自由党に提携を持ちかけるつもりであることがわかったからだ。私が自由党の立場なら門前払いして玄関にありったけの塩を撒くレベル。とんでもない面の皮の厚さだ。
「既に伊東を遣って交渉にあたらせている」
「手の早いことで」
「そうだ。小助と違って手が早いからな」
きゃっ、と小さな悲鳴が上がる。横に控えていた女中を俊輔が抱き寄せたのだ。その手は際どいところに伸びている。いい年しているにもかかわらずお盛んなことで。梅子夫人は俊輔の女好きを諦観しているようだが、やはり思うところはあるらしくしばしば海に愚痴っているそうな。まあでもこれは治りそうにはない。
「上手くいくことを願ってるよ」
「任せてくれ。小助は軍備の強化を頼むぞ」
「そちらは任された」
俊輔の政権運営とは異なり、こちらは視界良好だ。陸軍については新設師団の所在地が決まり、今年の冬に最初の兵士が入って部隊が発足する。また時代の進展に伴う新兵器や新戦術の開発にも余念がない。今年はその一部が検証されることになっており、密かに楽しみにしていた。
海軍は待望の戦艦二隻が日本へと回航される。こちらは軍拡に対する理解増進のため、宣伝部を通じて新聞に情報をリーク。各紙が「日本の世界一流戦艦、英国にて建造中」「東洋一の大戦艦来る」などと盛んに報道しており、国民の間にも周知されていた。俊輔に伝えても支障はないため、戦艦の回航を話題にする。
「近くイギリスで建造された戦艦が日本に回航されてくる」
「紙面を賑わせている伊勢型か。艦名は伊勢と……」
「日向だ」
「そう、それだ」
史実よりも早く命名基準が定められたため、日本初の戦艦は富士ではなく伊勢となった。姉妹艦は日向。日本戦艦の幕開けということで伊勢神宮のある伊勢、天孫降臨の地とされる日向が選ばれた。
イギリスで建造された最新鋭艦であり、あちら側の思惑もあって新技術がモリモリとなっている。おかげでその戦闘力は史実の富士、八島をも凌ぐ。強い船だと言うと、俊輔はうんうんと力強く頷く。
「小助がそう言うなら余程の物なのだろう。目にするのが楽しみだ」
「そうだな」
はしゃぐ俊輔を尻目に、咄嗟に飛び出しかけた言葉を呑み込む。そう――
新戦艦の回航までに政権が保てばいいね
そんな言葉を。
なぜそんなことを思ったかといえば、史実において彼の第三次政権は半年足らずという極めて短命に終わるからだ。自由党との提携が不首尾に終わるのが原因で、そもそもとして地租増徴の姿勢を堅持していることにある。
俊輔に交渉を任された伊東巳代治は奮闘し、自由党から板垣の入閣で手を打つという言質を引き出すことに成功する。大役を無事に果たしてウッキウキで報告したが、肝心の政府要人から総スカンを食らう。
特に井上馨の反対が激しく、俊輔も懐柔を試みたが剣もほろろに追い返されたとか。現世では閣僚人事は首相の専権事項といえど、閣僚の全員から反対されては押し通すことはできない。
「なんとかならないか?」
俊輔は私のところに飛んできて、子分たち(桂、芳川、曾根)の説得をしてくれと泣きついてきた。
「無理だ。そもそも伊東のまとめ方にも問題がある」
一応言っておくと、私から桂たちに反対しろという指示はしていない。たまに介入することはあっても基本はお任せだ。今回もそう。その上で桂たちは各自の意思で反対を決めた。
私も伊東の提案の内容は知っている。桂たちに指示はしていないが、御注進とばかりに手紙や対面で詳細を語ってくれるからだ。それに対する感想は残当というもの。
「大体だ。地租増徴について棚上げした状態で入閣の話をまとめても早晩揉めるぞ」
伊東は焦点となっている地租増徴については触れずに話をまとめた。そこに触れると話がまとまらないのだろうが、そこに触れなければ入閣交渉の意味がない。政府は地租増徴を諦めていないのだから、法案が俎上に上った時点で板垣が騒ぐ。これまでの傾向から見て内閣を去ることは明白だ。
そんな見通しが立つ以上、伊東の提案を呑めるはずがない。蔵相の井上が最も強硬に反対するのも当然だ。地租増徴問題を棚上げにした状態での提携に意味などない。だから泣きつかれようとも桂たちを説得する気はないとはっきり伝えた。
「そうか……」
俊輔も無理筋であることはわかっていたらしく、肩を落としてはいたが納得しているようだった。
だが伊東は納得できなかったらしく、なぜダメなんだと閣議で板垣入閣を激しく主張する。同じ伊藤系の西園寺や末松に支持を求めたが、彼らもこれは拙いと静観。臍を曲げた伊東は保身に走っているから板垣の入閣を呑まないんだと言い、自身の席を板垣に託すと言って辞任した。俊輔が翻意を促したが聞き入れなかったそうだ。もちろん板垣が入閣することはなく、後任は俊輔の腹心である金子堅太郎となった。
かくして板垣は入閣せず、政府と自由党の提携話も流れた。伊藤内閣は反対派が七割を占める議会(第十二回帝国議会)へと突入。地租増徴法案を提出したが、もちろん通るはずもなく圧倒的多数で否決された。すると俊輔はまたしても衆議院の解散に打って出る。前回選挙からわずか三ヶ月しか経っていないスピード解散であった。
「政府の横暴を許すな!」
「今こそ団結を!」
元より世論は地租増徴に反対していた。これが追い風となり、自由党と進歩党との間に合同の機運が高まる。藩閥政府という巨悪に対して共に手をとって戦おう、というわけだ。政策などで立場の違いは明白であったが、地租増徴反対という世論が政党員を大いに煽り両者は合流。議会の七割を占める超巨大政党・憲政党という名のキメラが爆誕するのだった。
「面白かった」
「続きが気になる」
と思ったら、ブックマークをお願いします。
また、下の☆☆☆☆☆から、作品への評価もお願いいたします。面白ければ☆5つ、面白くなければ☆1つ。正直な感想で構いません。
何卒よろしくお願いいたします。




