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急ぐワケ

 






 ――――――




 戦争は終わり国の態勢も平時のそれに戻りつつあった。天皇は四月二十七日に広島を発つと京都に立ち寄ってから東京へ戻られている。大本営は設置されたままで、占領地や台湾の管理のために残っているものの、前線の部隊は環境が整い次第、復員が始まることになっていた。


 史実では列強による干渉の対象にならなかった台湾で最後の抵抗として台湾民主国が設立されて半年ほどの掃討戦が行われるが、現世においては戦時中に日本が全島を制圧しているためこの過程をスキップ。ただ抵抗運動は盛んなため武官が統治にあたることになった。


 植民地の総督だから当然、親任官であり言うまでもない要職。この重要ポストに誰を就け、総督府をどんな組織に設計するのか。抵抗運動を制圧するために軍事は無論のこと、政治にもある程度の見識が求められる。そんな組織の設計者は……ということで私に白羽の矢が立った。何故に? と思ったが、考えれば考えるほど私以上の適任はいないことに気づく。なぜなら、


 現役の陸軍大将で軍務大臣と内務大臣を経験し、総理大臣もやったから


 うん、完璧。この条件のうち首相経験を除けば信吾も該当する。だが断られた。人繰りの都合で内務大臣はやったけれど、自分はあくまでも軍人だと。確かに彼は神輿タイプで、部下に仕事を好きにやらせて成果を上げる人間だ。制度設計にはあまり向かないかもしれない。


 そんなわけで、いつものメンバーで検討を始める。いつメンといいつつ戦地に行ったっきりの桂と立見はいない。川上と児玉だけ。代わりにと言っては悪いが、台湾割譲は海軍の要望だったので海軍より井上良馨(横須賀鎮守府司令長官)と山本権兵衛を招いている。二人とも軍政経験の豊かな人物だ。


「仮称、台湾総督府の制度についてだが、基本は現政府を縮小したものにしたいと考えている」


「よいお考えだと思いますが、台湾の事情に合わせた機構にすべきではないでしょうか?」


 川上は日本に合わせて作られた政府機構をそのまま台湾に移植しても上手くいかないのではないか、と疑問を呈した。他の出席者も頷いている。


「その通りだ。だが今は何より速度が大事だから敢えてこうする」


 現地の状況に合わせて設計した方がいいのは確かだ。しかしそれには時間がかかる。そんなことはわかっているとでも言いたげな顔をする出席者たち。


「それは承知しております」


 ……失礼。実際に言われたわ。


 ともかく、彼らには欠落している視点があった。


「諸君らも知っての通り、世界は日本に注目している。この黄色人種の国が果たして自分たちと同じように植民地を経営できるのかと」


 世界からの目である。欧米列強は日清戦争の結果として東アジアチャンピオンになった日本に注目しており、台湾統治もその対象だ。そのような世界の目があることを考えたとき、強権的にでも支配をする強さを誇示して見せなければならない。帝国主義の時代、弱さを見せれば途端に食われる側に回ってしまう。嫌な時代だ。


 台湾総督府は日本の政府機構を移植したものにするとは言ったが、外交部は根本的に不要。また抵抗勢力がいる現在では大規模なインフラも整えられないため、逓信などの機能も省くか縮小された。結果として総督官房、内務、軍務、財務、文部の内局が置かれるだけになる。逓信や農商務などは官房に内包し、必要になれば独立させることになっていた。


 絞ったとはいえ部局の数はそれなりにあるが、主導権を握るのは軍部であった。総督が軍人であることもそうだが、もうひとつ大きなアドバンテージがある。


「征台の役(台湾出兵)以来、集めていた現地情報が役立つでしょう」


 児玉が言ったように、我々は台湾出兵から今日まで、現地で情報収集にあたっていた。そのため台湾の風土には多少なれども見識がある。そういう側面も軍部が先頭に立つ理由としてあった。


 そして話は総督人事となる。そもそもとして台湾割譲は海軍から出た要望だった。なので初代総督も海軍から出そうという話になる。誰にするかという話になり、推されたのが出席者の井上だった。


「自分ですか?」


「階級も中将で軍政畑を歩いてきている。うん、いいじゃないか」


「しかし自分は陸戦のことはからっきしで……」


 辞退しようとするが逃さない。軍務局長に陸軍から人を出すと言って逃げ道を塞ぐ。当面、台湾統治は抵抗勢力の排除と言って差し支えない。誰かがそれをやらなければならないが、何も総督が前面に出る必要はないのだ。


「台湾軍は旅団規模だから少将がいいだろう。となると……乃木あたりが適任だな」


「乃木ですか。あの男は少しばかり融通が利かぬところがありますが……」


「児玉は乃木と仲がよかったな。人柄もよく知っているだろう。だからこそ乃木なのだ」


 児玉の言う通り乃木は融通が利かない。もっと言えば愚直な人間だ。そしてそれこそ乃木を抵抗運動の排除にあてる理由である。彼はやれと言われたことはとことんやる人間だ。史実の旅順要塞攻略戦がその最たる例である。だから「排除しろ」と命令されたらばとことんやるだろう。そう見込んでの人事だ。


「そのようなお考えならば、乃木は格好の人材といえましょう」


 児玉も太鼓判を押してくれた。乃木をよく知る彼が言うなら間違いない。なお他の人事については各省庁に相談して決めることになったのでこれで台湾関連の話は終わり。だが会議は終わらない。まだまだ話すことがある。


 次の議題は軍備拡張について。政府として軍備増強に取り組むことは合意がとれている。具体的にどうするのかについては陸海軍とも大まかなイメージはあるものの、これを詰めて具体化していく作業が必須だった。


「しかし閣下。現在、勲功調査を行なっている最中です。軍備計画の研究はとてもではないですが……」


 山本が言いにくそうに難しいと言う。勲功調査、古い言い方をすれば論功行賞である。戦争にあたってどれだけ功労があったか調べ、それに応じた褒賞を行う。戦争に動員された人数(軍人と軍属を含む)は三五万を数え、その調査にはかなりの労力がかかっていた。私も西南戦争のときにやったので大変さはわかる。忙しいことは重々承知しているが、そこへ新しい仕事をねじ込ませてもらう。


「すまないが、悠長にしている暇はないんだ」


 それは世界情勢と個人的な理由の二つから。前者については極東を舞台にしたイギリスとロシアによるグレートゲームが新たなフェーズに入ろうとしていることだ。変化の要因はシベリア鉄道。建設工事が着々と進んでおり、十年もしないうちに開通することが見込まれた。これにより極東におけるロシアの影響力が拡大することは明白。三国干渉未遂があるので日本としてはロシアに与する気はなく、イギリスと結んで対抗することになる。ただ、彼らから切られないためにも極東における影響力を持たねばならない。手っ取り早い方法は軍事力をつけることだ。


 後者については私の軍務大臣としての任期が一年であること。最初は任期について何も言われていなかったのだが、伊藤内閣になったときにあと一年ね、と言われた。これは左遷ではなく様々な都合によるものだ。


 その都合とは何かといえば、まず昇進が迫っていること。既に陸軍大将という軍人として最高位にいるが、天皇の意向で更に上の階級――元帥が設けられることになった。そう、「階級」が設けられるのだ。史実のような称号ではない。


 なんでそんなことを知っているかといえば、元帥府条例の起草を任されたからである。よろしく、と仕事が降ってきた。階級となる以外は史実と同じ。元帥府を置き、天皇が特に選んだ陸海軍大将を元帥に昇進させてそこに据える。階級章は大将から変化なし。代わりに元帥徽章と(時代を先取りして)元帥佩刀を制定した。なお、今回元帥になるのは私だけ。自分に与える賞状の中身考えろと言われているようで少し釈然としなかったのは秘密である(信吾には断られた)。


 そして恩典は元帥への昇進だけではない。大久保と並んで大勲位菊花章の授与も決まっていた。大久保は政治、外交の功績から、私は軍事の功績から受章となった。他にも大臣退任後に前官礼遇(首相待遇)に元勲優遇(二回目)、侯爵への陞爵と恩典の大盤振る舞い。こうなったのは帰国したときのやりとりが原因だった。戦争の途中で落ち度なく解任されたことにひと言文句を言ったわけだが、天皇はそのことを気にしていたらしい。恩典の大盤振る舞いはそのお詫びなんだとか。それにしたってやり過ぎである。


 ともあれ断ることなどできないので一切を受けることになった。そこで問題になったのが元帥の階級だ。大臣としては高すぎるのである。そもそもの話、元帥は序列の目詰まりを解消するために設けられた。つまり、維新の元勲(私や信吾)にその下の世代(桂や川上)が階級的に並びつつあるなか、元勲を元帥に祭り上げて序列の整合性をとる――いわば軍の元老制度なのだ。


 そういうわけで昇進する一年後の退任が確定しているから、在任中に計画を固めておきたい。外からでも影響力を行使して介入することはできるが、全てを見られるほど暇しているビジョンがなかった。


 在任中に決めておきたいことは日清戦後軍拡の主要な事項である。第一は師団の増設にあたっての師団や連隊司令部の所在地選定、それに伴う方面隊の再編や人事について。第二は銃砲の試作とトライアル(についての大まかな方針決定)だ。


「現在、近衛を加えて八個師団を有しているが、政府と協議してこれを十三個まで拡張することとなった」


「となると新設されるのは五個師団というわけですね」


「そうだ。陸軍としてはいずれ一府県につき一連隊を置きたい。それも見越して所在地を決定する」


 江戸時代からほんの二十年あまり。参勤交代で江戸に行く武士や街道筋、港町に住む人でもなければ他地方の人間と接触することはまずない。要は「こってこての◯◯弁」が全国に氾濫していた。他所の方言を話す人間が混ざると意思疎通に支障が生じるため、下士官兵の部隊編成にあたっては出身地が考慮されている。正直なところ煩雑であるから、事務の効率化のためにも一府県につき一連隊を置くことが理想だった(兵役人口や北海道、沖縄のような特殊な事情がある場合もあるが)。


 余談だが、明治二十八年に東大教授の上田万年によって標準語の必要性を説き、明治三十五年から文部省が標準語の制定に着手している。そのなかで方言撲滅論なんてものが登場したが、現世ではマイルドにいきたい。まあ結局、方言と共存しようとなって標準語が持つ強制的なニュアンスが嫌われ、昭和以降は共通語と名前を変えて現代に至っている。


 話を新設師団の所在地に戻す。色々と議論はあったが、所管(面積や人口)が大きなところから分離していくことになった。弘前(第八師団)、金沢(第九師団)、姫路(第十師団)、善通寺(第十一師団)、小倉(第十二師団)といった具合だ。


 また、この改編に伴って師団付属の特科隊も見直す。対象は騎兵と砲兵だ。騎兵は大隊から中隊に縮小し、偵察や連絡任務に従事させる。そうなると師団を増やすとはいえ余剰となる人員が出るわけだが、それらを糾合して新部隊を設立することにした。名づけて第一騎兵旅団。特科隊も付属しており、日露戦争で活躍する秋山支隊を平時から編成するようなイメージである。肝心の秋山はまだ中佐なのだが。


「ところで閣下。新設の師団長について補職は少将を以て充てるのはいかがでしょう?」


 そう意見したのは児玉であった。曰く、旅団を師団編制から省いたことで少将が就く職が限られている。これから士官学校出身者が十年以内に将官に上がってくるが、適当な職がなく待命の少将で溢れかえることが懸念されるので、新設師団の師団長に少将を充てるというのはどうかと。


「待った。師団長は条例で中将を補するとしている。少将では道理が通らないぞ」


 初期の日本軍は人材が不足しており、鎮台司令官も適任者がいないという有様だった。そのときは心得……つまり代理として人を充てていたことがある。児玉はそれを拡大しようと言い、川上は法令の原則を持ち出して反対するというようなやりとりがしばらく続いた。それを眺めていると脳内でアイデアが降ってくる。


「なるほど両者ともに理がある。そこでこうしてはどうか?」


 師団長に少将を充てる場合、在職中は中将へと臨時に昇進させてはどうかと提案した。いや、師団長に限らず適任者の階級が足りない場合でも同じようにしようと。モデルはアメリカ軍だが、日本にも足高の制という丁度いい制度があったのでそちらを説明に使った。児玉のアイデアを取り入れつつ川上の原則論に抵触しない妙案だ。


 退任後に降格させるのかという問いにはイエス、と答えたいところ。だが、落ち度もない人間を降格させるのは如何なものかという実に日本人的な発想から消極的な意見が出る。なので次の職がなければ待命予備役とするのはどうかと言えばオッケーだった。その他、昇進は一階級までとか細々としたことを決めて制度化される。特進制度と言われ多くは予備役編入間近の将校を一階級上の待遇に引き上げる温情人事として使われたが、時に本来の趣旨に沿った抜擢が行われて「あってよかった」と言われるようになった。










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歩兵師団から旅団結紮無くしたのか ということは1個師団3聯隊制で師団数と聯隊の増設を図るのか 歩兵聯隊辺りの充足度を上げるのと、歩兵聯隊火力の増強で聯隊数の不足をカバーかな 機関銃大隊を聯隊ごとに増や…
一応皆も対露戦は考えているだろうけど、絶対起きると確信している山縣とは微妙な温度差がある感じですかね あとかなり史実とは分岐しているけど、史実だと第二次内閣やらないといけないし川上が病死(過労死?)す…
欧米の目かぁ 言われてみるとそりゃそうですよね 今の感覚では日本は欧米以外の一先進国(経済力や人口といった面では大きいけれど)ってぐらいのイメージだけど、当時としては明らかに異質な存在だったわけで…
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