表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/94

破局

 






 ――――――




 高杉が挙兵する少し前。馬関に西郷吉之助(隆盛)がやってきた。彼は長州藩に対する処分が甘すぎる、と反発する幕府軍の副総督・松平茂昭や九州諸藩を説得するために小倉へ派遣されていた。その帰り道、馬関へと立ち寄ったのである。


 物見遊山ではもちろんない。彼の目的は諸隊の説得であった。五卿の身柄については福岡藩が引き受け、その後に各藩へ移送される手筈になっている。ところが、彼らの説得が難航したため、共同歩調をとる薩摩藩の西郷に説得へ加わるよう要望したのである。


 西郷は最大の障害である諸隊の説得を試みた。その相手として選んだのは、萩の藩政府に宥和的な赤禰武人。彼を呼び寄せて話し合いをしている。総監の赤禰がいなくなるので私が奇兵隊の掌握にあたるのが普通なのだが、なぜか私も西郷に呼ばれた。理由はわからないが行くしかない。赤禰とともに馬関へ赴き、今は別室で待機している。


「お待たせした」


 なぜ呼ばれたのだろうかを自分のなかであれこれ考えていたとき、襖を開けて男が入ってきた。


 見上げなければならないほどの高い背丈。関取のような巨体。広い肩幅に太い首。そして大きな目。


「貴方が西郷吉之助殿ですか?」


「いかにも。おいが西郷じゃ」


 相手が西郷隆盛と知り、私は慌てて立ち上がる。それとともに、内心では感動していた。あの西郷隆盛と会えたのだから当然だ。


「急に呼び出して申し訳なか」


「いえいえ。それは別に」


 今後どうすべきか同志である諸隊の人間と相談してはいるが、他にやることもない。今は藩と事実上、敵対しており、移動もままならないので退屈していた。呼び出されて他所へ行けるのはラッキーであった。


 西郷が座ったのを確認してから私も座り直す。


「しかし、まさか私が呼ばれるとは思いませんでした」


「正助どん(大久保利通)から貴方のことを聞きまして。一度話してみたいと思うたんじゃ」


「ああ、大久保殿から」


 そういえば、西郷が薩摩に戻ったのは大久保利通の尽力によるものだったことを思い出した。


 私たちはそれから他愛もない話をする。もっとも、話題に困ってのものではない。明らかに試されていた。大久保から聞いて興味は持ったが、そんな私がどういう人間なのか自分の目で確かめようというのであろう。


「なるほど」


 西郷はひとりうんうんと頷くと、


「気に入った! 赤禰殿よりも、貴殿は遥かに優れた見識ん持ち主のようだ」


 と褒めちぎられた。


「そんなことはありませんよ」


 私は歴史を知っている。そのアドバンテージを最大限、利用しているだけだ。もちろん、勉学に武芸と努力を惜しんだつもりはない。だが、本質はただの張りぼてだ。


「謙遜するのはようなか。じゃっどん、こいでわからんくなった」


「というと?」


「山縣どんがなせこげんことをしちょっとか」


「なぜ、ですか……」


 たしかに、なぜこんなことをしているのか。諸隊に流された、ということもあるだろう。しかし、それだけではないような気がした。西郷に指摘され、今一度ゆっくり考える。


「ああ……」


 答えは意外にも早く出た。


「諦め、ですかね」


「ほう。諦め?」


「ええ。危機感、焦燥感、そして諦めです」


「諦め、ちゅうたぁ藩に対して?」


「そうです」


 私は長州藩で起きたことを話した。正義派と俗論派の争い。正義派の意見を容れて採用された藩論が俗論派によって強引に覆されたこと。


「これではダメだと思いました。西郷殿らは我らに藩に従うよう求めていますが、それでは収まらないのです」


「藩を信用できないと?」


 私は頷く。


「仮に我らが帰順したとしましょう。それで待っているのは投獄です。よくて暇を出すでしょう。熱りが冷めた後に奴らは間違いなくやる。……我々が勝ったところで、同じようなことをするでしょうしね」


 自然と笑みが溢れた。今の顔はきっと歪んでいるだろう。


 結局、考えていることは似通っている。だからわかるのだ。そして、これは絶対に譲れない。甘いことをすると、そこに付け入れられて痛い目を見る。だから体制から徹底的に締め出して、反撃の目を断つ。これはやるかやられるか。互いの命運を賭けた絶滅戦争なのである。色々ともっともらしいことを言ってはいるが、結局は互いの正義を醜く押し付け合っているだけなのだ。争いなんて大抵、そんなものである。


「そして、私は確信しています。今の世はもう末世だと」


「それが山縣どんの諦め?」


「はい」


 幕藩体制は限界にきている。俗論派や幕府は必死に弥縫しようとしているが、所詮は一時凌ぎ。いつか決定的に破綻する。そして、その破綻は日本にとって致命的だ。


「先に欧米列強と我らは矛を交えました。薩摩でも英国とことを構えたからおわかりでしょうが……あれは今の我々ではどうしようもない」


「そうじゃな」


「そして、英国と同じような存在がまだ多くいるのです。彼らと立ち向かう上では長州や薩摩などと語っている場合ではありません。日本として対峙しなければ」


 そういう時期にきているのだ。歴史を知っているからというだけでなく、実際に欧米と戦って肌で感じたことである。私が感じている幕藩体制に対する諦め、そして何とかしなければならないという危機感、焦燥感はそれであった。


「私もそれなりに人との付き合いはありますが……西郷殿もご覧になったはずです。長州攻めに集まった諸軍を」


「……」


「どうでしたか? あれで欧米列強に勝てますか?」


 私も実際に見聞きしたわけではないが、知識として知っている。長州攻めに集まった幕府軍は士気がすこぶる低かったという。西郷は答えない。しかし、それこそが答えだ。


「……なるほど。おいたちの想像以上じゃ」


 西郷はその大きな目をさらに見開き私を見ていた。よくわからないが、お眼鏡にかなったらしい。


「山縣どんの考えはわかった。じゃっどん、そこを曲げてお願いしたい」


 それでも俗論派への恭順を求められた。西郷の内心に倒幕への萌芽があることを期待していた面もあったのだが、まだ早かったらしい。彼に言われたからといってはいそうですか、とはもちろんならない。粛清されることがわかっていて、なぜ出て行かねばならないのか。


 とはいえ、このままではジリ貧であることもまた事実。そこで私は妥協案を提示した。


「西郷殿たち征討軍に我々(正義派)を保護していただけるならば降りましょう」


 俗論派によって正義派は排斥されている。これ以上、こちらの勢力を削られると辛い。そこで彼らの力で保護してもらう。俗論派は幕府に恭順するのだから、彼らの指示には従う。そこを突いた提案だ。


「よろしか」


 渋られると思ったが、意外と簡単に頷いてくれた。そして私たちは約束をした。私たち諸隊は藩に従う。西郷たち征討軍は正義派の保護を藩に約束させる。この約束が守られなければ藩には従えない。たとえ滅びようとも最後まで抗う。


「有意義な時間やった」


 そう言い残して西郷は小倉へと戻っていった。


 約束があるので私も諸隊を恭順に傾ける必要があるわけだが、特に説得することはなかった。ただ成り行きを見守ればいい。なぜなら、赤禰が勝手にやっているからである。私は諸隊の行動が過激にならないよう、適当な理由をつけて抑え込む。


 しかし、さすがに高杉を抑えることはできず、俊輔も同心して決起した。高杉たちはまず、馬関の会所を襲撃する。ここには金や物資が貯め込まれているからだ。とにかく先立つものが必要であり、妥当な目標だった。


 会所を預かる奉行は抵抗せず降伏する。もっとも、高杉の行動は事前に察知されており、目的の金や物資は移動させられていた。目的のものを得られなかった高杉たちは困ったが、頭を悩ませたのはそれだけではない。


 彼を悩ませたのは志願兵の存在だ。決起を知った住民百名余りが志願兵として加わってきたのである。しかもその数は日に日に増加。仲間が増えるのはいいが、彼らを食わせねばならない。結局、豪商から二千両の借金をして賄うこととなった。


 金の目処をつけた高杉は、さらに味方を増やすべく奔走する。大胆にも彼は長州藩の軍艦に乗り込んで乗組員を説得。これを味方につけることに成功した。大胆不敵とはこのことである。


 高杉が少しずつだが確実に勢力を増すなか、残された諸隊も動く。長府藩領から長州藩領の伊佐へと移動したのだ。お題目は九州行きを前にして萩へ向かう五卿たち(三条実美と三条西知季)の護衛であるが、その実は藩への恭順に向けた第一歩である。赤禰の説得が功を奏しつつあった。


 赤禰は気をよくし、奇兵隊を私に任せるとひとり高杉たちの許へ向かう。遊撃隊と力士隊も説得するためだ。このまま彼の唱える両派混同論が実現するかに思われたが、局面は突如として一変する。


 発端は長州藩。萩にいた正義派の大物七名を野山獄へと投獄したことに始まる。高杉の挙兵と諸隊が伊佐に移動したことを聞くと、正義派によって七名が解放される恐れがあるとして処刑した。捕縛を聞いた西郷たちは助命嘆願を行おうとするが、使者が行く暇もない早業であった。


 後に聞いた話だが、西郷は顛末を聞いて、


「やってきたことが無駄になった」


 と嘆いたという。


 藩の行動は私と西郷との間の約束を反故にするものであった。あのようなことをする相手に対して降るなどあり得ない。


 数日後、私たちのところへ藩から使者がやってきた。曰く、


「遊撃隊を鎮静すべく部隊が通るので、速やかに道を開けられたし」


 とのこと。彼らの目線では、伊佐の諸隊は藩に恭順したと思われているようだ。しかし、先の正義派七名の処刑によって、藩に対する不信感は増していた。猜疑心に駆られた私たちはこれを拒否。逆に、藩へ陳情を行うから道を開けろ、と要求した。


 すると今度は鎮静部隊から使者が来て、我々に対して武器を返して解散するよう言ってきた。この要求に対する対応を話し合うために諸隊の幹部が集まったのだが、


「もはや是非もなし」


「高杉さんと同心し起つべし!」


 との強硬論が噴出する。私も大いに賛成するところだが、それでも最後まで義理は通そうと思い、藩に対して最後の要求を行おうと提案した。


「最後に、我々の武装解除と引き換えに、武備恭順の建白を受け入れるよう要求しよう」


「しかし、それは――」


「わかっている。望みは薄い。だが、今から戦うというわけにはいかんだろう。準備しなければならない。そのための時間を稼ぐのだ」


 受け入れられればそれでよし。ダメなら腹を括って戦おう。もっともらしい理由をつけて諸隊幹部を説得する。それは十二月末のことだった。


 年が明けて元旦。部隊から使者が来た。建白への回答かと思いきや、諸隊の解散を改めて命じる使者だった。我々はこれを黙殺し、ただ建白に対する回答を待つ。


 しかし、一月三日――設定した回答期限を何の音沙汰もないまま迎える。


「もしかすると何か事故があったのかもしれない。もう一日待とう」


 決起にあたって陣立を決めるべく諸隊幹部が集まった席で、私はそう切り出した。


「山縣さん!」


「日和ましたか!?」


「そうではない! あと一日だけだ!」


 反対の声も多く上がったが、私はどうにかその猶予を取りつける。しかし、一日待ったところで何か変わるわけでもなく、完全な無駄骨に終わった。


 五日は部隊移動に費やし六日。私たちは鎮静部隊に対して攻撃を始めた。










次回の更新は1/7の0:00となります。


「面白かった」


「続きが気になる」


と思ったら、ブックマークをお願いします。


また、下の☆☆☆☆☆から、作品への評価もお願いいたします。面白ければ☆5つ、面白くなければ☆1つ。正直な感想で構いません。


何卒よろしくお願いいたします。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ