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新艦隊計画

 






 ――――――




 大久保から対清戦争の構想を聞かされた私は、同席しており主務大臣である榎本を動かして軍に作戦計画の立案を行わせた。もっとも馬鹿正直に「清国との戦争計画を作れ」なんて指示を出せば、我々が戦争を準備していることが知られる。なので朝鮮半島における綱引きに日本が負けて本土防衛を行う、という想定を示した。そのなかにしれっと「反転攻勢」であったり「先制攻撃」という語を混ぜ込んで戦争計画を立てさせる。


「承知しました。……しかし閣下。清国に対して我々が先制攻撃を行い得るのでしょうか?」


 桂太郎が訊ねてきた。桂も気づけば中将と偉くなり、名古屋の第三師団長をしている。木曽三川による水害が毎年のように多発する場所で、91年の十月には濃尾地震も起きた。第三師団は災害出動を行い、軍としても交通インフラの応急修繕に対する労働力の供給、救援物資の手配と輸送に努めている。それらの活動が評価され、師団長である桂は濃尾平野の人々から尊敬の念を集めているという。


 偉くなっても呼べば来るのだから大した忠誠心である。気にかけて引き立てているからだろうが、藩閥ってすごいね(他人事)。


「たしかに全兵力を比べれば日本は清国よりも圧倒的に劣勢だ。だが、総兵力が勝敗を決するわけでは必ずしもない。いかに迅速に兵力を戦場へと送り込めるかが大事だよ、桂さん」


 桂の疑問に答えたのは川上操六だった。彼もまた中将となり、陸軍参謀次長を務めている。参謀総長は有栖川宮熾仁親王だから、事実上のトップであった。


「普仏戦争でドイツはそれをやったでしょう。山縣閣下もそれをよくご存知だからこそ、輸送には特に心を配っておられる」


 川上に続いたのが児玉源太郎。こちらは少将ながら陸軍副部長(兼軍務局長)を務めている。


 立見を加えて「四天王」と呼ばれてはいるが、それぞれ才能が異なっている。川上と児玉は作戦家といったタイプで桂は将軍タイプ、立見は前線指揮官タイプだ。ゆえに戦争計画を語らせれば川上と児玉の右に出る者はいない。他にも航空では長岡外史、騎兵では秋山好古といった具合に特化型の人材もいた。


 いつものように彼らを中心に計画をまとめさせる。作業場はいつも決まって椿山荘だった(本来の仕事があるので特に桂はたまにしか来ない)。


 私も含めいずれも軍の高官であり、普通なら大騒ぎになるところ。屋敷が上から下までてんやわんやになるのは間違いない。だが、彼らが中堅将校の時代から同じようにやってきた。もう慣れたもので、海や水無子をはじめ使用人たちもいつものように応対。桂たちも特に畏まることもなくそれぞれが思い思いに過ごしている。


 もはや山縣家にとってはいつもの光景なのだが、私が何かしようとすると四天王が参集するということは世に知られていた。何をやるつもりなんだと注目されていたが、目敏い者は何となく事情を察する。そのなかでも果敢にも突撃をかけてきた者がひとり――稀代の海軍軍政家・山本権兵衛であった。


 山本とは面識がある。彼は信吾がとても可愛がっており、私にとっての四天王のような存在だ。前任の海軍部長は樺山だが、その下で大佐ながら海軍副部長の座にあった。榎本が後継となっても信吾の意向で留任し、事実上の海軍トップとなっている。


「お久しぶりです、閣下」


「ああ。まあそう畏まらず座ってくれ」


「失礼します」


 私が入室すると、軍の階級社会にどっぷり浸かった山本は椅子を蹴るように立ち上がった。手をひらひらさせて着席を促すのだが、私が座るまでは頑として座らない。公的な場でないからもうちょっとラフにしてくれてもいいのにな、と思いつつ椅子に座る。


 我が家では客人によって応接方法を和洋に変えていた。山本は海軍で欧米文化を知っているので洋風。イギリス風に紅茶とクッキーでもてなす。


 いただきます、と山本は断ってクッキーをサクッとひと口。


「どうだ?」


「美味しいです」


 政治の世界に身を置いて数十年、色々な人に会ってきた。ちょっとしたミスでも取り返しがつかない場合もあるので用心深く生きてきた結果、相手の真偽を見極める力が身についている。だから山本の言葉が嘘ではないとわかった。


「それはよかった」


「誰が作ったのですか?」


「私だ」


「えっ!? 閣下が?」


 まあ驚くよな。男が厨房に入るなんて、と言われる時代である。だが、山縣家では珍しくもない。ヨーロッパで感銘を受けたという触れ込みで主に西洋料理を作っていた。無性に食べたくなることがあり、思い浮かんだものを再現している。それもこれも前世の知識と経験によるもの。初めて包丁を持ったのは五歳のときで、それから和洋中と作り方を学んだ。お菓子も作れちゃう。……女子力高い系元勲です。


 なんて戯けていると、山本は別の方向に解釈した。


「そういえば、陸軍は食事にもかなり気を遣っているとか。出向から帰ってきた者が言っていましたよ」


 陸海軍は軍務省の下に統一されているが、日常勤務で関わることはほとんどない。だが、それだとほぼ断絶して独立論をはじめ無用な対立を生みかねなかった。その対策として編み出したのが人事交流である。


 海軍に陸上戦力は存在しない。艦艇の乗組員が武装して(陸戦隊となって)陸地に展開することはあるが、それはあくまでも臨時措置。では陸軍は何をするのか? もちろん陸戦訓練への助言だ。


 艦艇が海軍の基本的な活動場所であるが、それらが整備補給をする基地がある。鎮守府や要港部などがそれだ。海兵団と呼ばれる部隊があり、新兵教育とともに基地警備も担う。そこには陸戦隊となることや基地防衛のための陸戦訓練も含まれており、陸軍から出向した人間はこの教育を主に担当する。本職とする人間からの指導により、陸戦隊の質はかなり向上していた(もちろん艦艇に乗り組む者もいる。しばらくは船酔いに悩まされるらしい)。


 陸軍への出向者も部隊に配置されて陸戦訓練を受ける。他方、海軍からは船舶運用の知識をレクチャーしてもらっていた。宇品に兵站部の(船舶輸送)司令部が置かれているが、これは陸軍の管轄だった。当然といえば当然で、外地で物資輸送が必要になるのは専ら陸軍。主だった人間が陸軍から出るのは当然といえた。ただし、輸送に関しては海軍部隊の護衛を受けるものとした。常陸丸事件は起こさせない。


 このように人的交流がなされているので、入ってくる情報も新鮮である。そんななかで海軍で話題になっていたのが、陸軍の食事の質が向上していることだった。


 海軍は船という閉鎖的な空間で長い時間を過ごすことから、数少ない娯楽として食事を重んじている。各艦で工夫を凝らした料理が作られていた。


 一方の陸軍は海軍ほど食事に関心はない。だが、私はそれではいけない、と食事について改善させた。健兵はまず食事からという触れ込みだが、真の狙いは脚気対策。戦場で蔬菜類はなかなか確保できないため、主食の米を工夫する。玄米を混ぜるのだ。軍内部で研究して効果があることが明らかになっているが、白米を食べさせてやりたいという感情面から否定的な声も根強い。そこで量を増やし、代わりにコスト抑制のため玄米とすることにした。腹一杯食べられる代償(?)だが、現場では割と好評だった。


 なんなら不況下で実施したタイミングの効果か、腹一杯食べられると聞いた者たちが食うに困った人間が挙って軍に志願している。魚肉(肉はまだそれほどだが)によるタンパク質の摂取にも力を入れており、兵役を終えて帰ってくると訓練も相まって目に見えて兵士の体格がよくなっていた。欧米人には見劣りするものの、日本人の基準からすれば立派なもの。故郷に帰ったらモテるらしく、志願者を増やす効果を上げている。


 ちなみに携行糧食についても演習を通じて試行錯誤が続けられており、今のところ糒と乾パン(金平糖入り)を主食に牛缶や魚缶(鯖やイワシの味噌煮や蒲焼)を副食とするものが使われていた。味は時代相応だが、ミリメシとしては間違っていないだろう。


 とまあ、そんな感じでしばらく食事について話し込む。程よく空気が和んだところで本題に入った。山本の用件は今後の海軍軍備について。


「閣下は四四艦隊を整備されましたが、これで満足しておいでですか?」


「いや、そんなことはない」


 私は港湾の改修などと並行してではあるが、より強力な艦艇――すなわち戦艦を整備すべきだと答えた。すると山本は大きく頷き、


「既に横須賀、呉、佐世保の港湾施設は概ね完成を見ています。その時期も到来しているように思いますが……」


「ははっ。そう遠慮しなくていい」


 気を遣って迂遠な言い方をしているようだが、そういう腹芸をする必要はない。噂に聞く四天王たちのようにはっきり言ってくれていい、と言った。


「私も大型艦の整備に取り掛かるべき時期だと考えている。ただ、予算の都合もあるし……」


「他にも何か?」


「ああ。これは英国の友人から聞いた話なんだが――」


 私にイギリス人の友人ジョニーがいることはよく知られている。そこから流れてきた噂話ということにして新型装甲の話を山本に聞かせる。その新型装甲とはハーヴェイ鋼のこと。現在の戦艦に使われている複合装甲は硬い鉄板と柔らかい鉄板を重ね合わせるもので、必然的に重量が嵩む。一方、ハーヴェイ鋼であれば薄い厚さ(五、六割)で同等の防御力を得られる。これは複合装甲でやっていることを一枚の鉄板でできるようになったおかげだ。


 そんな革新的新技術であるが、新しいものあるあるで本当に使えるのかという疑問はつき纏う。理論上はそうでもどうなるかわからないのが実践だ。命を預ける兵器に対して実績のある既存技術を使いたくなるのは人情だろう。


 イギリスでもそれは同じ。だから彼らは考えた。ならば他国の人間にやらせればいいと。現代で新製品に手を出す人間を「人柱」と呼ぶようなものだ。そんなマインドで輸出兵器にこの新型装甲を採用しようと考えているらしい。人柱募集中、というわけだ。それに私は乗っかろうと思う。


「なるほど。それならばこれまで防御に使っていたものを他に振り向けることができる……」


「本当に使えるかはわからないがな」


 とは言いつつ、使えることを確信している。ハーヴェイ鋼の後継はクルップ鋼で、さほど時を置かずに登場するはずだ。とはいえ、前弩級戦艦としてはハーヴェイ鋼でも事足りる。そしてクルップ鋼以後はそのマイナーチェンジで終始するためそこまで焦る必要はないというのが私の脳内ロードマップだった。


「しかし、閣下は使えると思っておられるのでしょう?」


「まあな」


「ならば否はありません」


 山本は私の口から戦艦建造の言質を引き出して満足しているようだ。


「部内に言い訳はできそうか?」


「えっ、いやそれは……努力します」


 でも無理かなぁ、といった感じだ。自信がなさげ。


 史実では信吾に可愛がられ、海軍の独立に邁進した山本。しかし現世では少し違う。最初は史実と同様に独立論を振りかざしていたが、庇護者である信吾が私の構想に取り込まれているために主張し続けることができなかった。


 それに陸軍が主導権を握るのではなく、陸海が相互にトップを出す形をとっていることも大きい。なんなら参謀本部のなかで検討されている作戦計画の第一は制海権をいかにとるか。必然的に海軍が重視され、山本としては不満はあるけれども許容範囲というところに収まっている。


 こういう事情があって山本はこちら側。そんな立場もあって軍内で順調に出世していたのだが、かなり苦しい立場に立たされている。


 原因は上官の人事と派閥対立。


 軍務大臣となった榎本武揚とは山本が尉官だった時期に仲違いしており、致命的に不仲であった。その下はといえば、戦艦建造を掲げる樺山のシンパが多く突き上げを食らう。


 上にも下にも頼れる者はおらず、山本は上の上である私や信吾を頼ったのだ。そして戦艦建造の話をしてきた時点で、その狙いにも見当がつく。四四艦隊計画が実現した今、次なる建艦計画の話をすることで下をまとめようというのだ。私に期待しているのは政治的な努力である。まあ予算は必要だからな。


「閣下はどれくらいの艦隊が必要だとお考えですか?」


「陸の人間には難しい質問だな」


「ご冗談を。四四艦隊を計画されたのも閣下ではありませんか」


 それに倉屋を経営しているんだからとも言われた。知識の出所はそこではないのだが……。


「自分は六六艦隊が必要だと考えております」


 戦艦六隻、装甲巡洋艦六隻の配分だという。まあ史実通り。いや、予算措置をせず富士型戦艦を建造していないので実現すればそれ以上の戦力になるか。


「主力艦十二隻というのはいいと思う」


 今、建造中の鞍馬型も使えなくはないだろうし、主力艦を十六隻と数えることもできる。だが、私は希望的観測としてより一歩進めたい。


「ただ、比率は見直してもいいかもしれない」


「といいますと?」


「合算して十二というのはいいと思う。それが最低限だろう。ただ、経済状況が許すのであればより一歩踏み込んで1:1ではなく、2:1でもいいかと思う」


「八四艦隊ですか」


「そうだ」


 大久保生存により、西南戦争後のインフレをハードランディングさせた松方財政は緩和的になった。不況によりパイは縮んだものの、その幅は史実よりも小さい。そして好況を迎えると膨らんでいくが、元が大きいのでパイも史実より大きくなっていた。つまり経済力は史実以上にあるのである。だからこそ戦艦八隻も決して夢物語ではない。そして不足を誤魔化すための装甲巡洋艦を削る。このように極めて野心的な計画であった。


「これならば納得してくれるでしょう」


 今日明日ではないとはいえ、戦艦八隻と回答すれば反対も少ないだろう。というか、多すぎないかと逆の意味で反対派が出てくるかもしれない。だがそこは茹で蛙方式で、毎年少しずつ増やしていって気づけば……みたいな感じを目指せばいい。


「とはいえ、部内がまとまっても議会をどうにかしないことには話にならん」


「確かに。それが一番の関門ですからね」


 この後、第四議会を迎えるわけだが当然のように苦戦が予想されていた。


「政府と議会――関係の潮目が変わるのを待つしかない。大久保さんには何か考えがあるようだ」


 対外戦争による挙国一致という強引な手段であったが、山本には黙っておく。私に接近してきたとはいえ、彼はあくまでも信吾の子飼いだ。領分を侵す真似はしない。


「それに……」


「それに?」


「いや。何でもない」


 大久保が対外戦争なんて言い出した背景にあるもの。それを思わず口にしかけたが、何でもないと誤魔化す。だが、これをきっかけに政府と議会の関係は大きく変化するのだ。










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