閃き
この日にこの話が当たったのは何か運命的なものを感じてしまう……
――――――
ある日のこと。いつものように軍務省の執務室で仕事をしていると、桂たち中堅幹部から面会の申し出があった。
「「「失礼します」」」
「ああ。楽にしてくれ」
話し合いがしたいとのことだったので応接用のソファーに座ってもらう。
「それで、話し合いとは?」
「今後の兵備計画についてです」
代表して桂が話し始める。砲兵についてだった。
曰く、西南戦争を振り返ったとき、野砲の火力は戦闘の大きな助けになっていた。実際の戦闘において有利である一方、砲では比較的機動力の高い野砲でも運搬に苦労している。現在は不急という理由で調達をしていない重砲が今回の兵備計画で師団に配備されることとなったが、西南戦争の戦訓から不要ではないかという意見が部内で持ち上がっているという。
続けて川上があくまでも一部の意見ということを断った上で、
「なかには砲兵連隊の定数を減らすべきという意見もあります」
「……それを言っているのは?」
「お察しの通りです」
「はー」
思わずため息が漏れる。計画に茶々を入れてくることは想定していたが、いざやられてみるとウザい。とはいえだ。
「既に大久保さんは納得したんだ。それに変える理由はない」
なぜ重砲の調達をしていなかったかといえば、このレベルの巨砲が必要となる攻城戦が起きることを想定していないからだ。日本国内にこの手の巨砲を必要とする要塞はないし、造ることも許すつもりはない。緊急性がないから見送っていただけの話だ。しかし今回、陸軍を外国でも活動できるものに改編するということで調達することにした。
「火砲の性格がまったく違うことを理解していないのか?」
「……恥ずかしながら、そうでしょう」
なかには理解した上で政争の具にするため敢えて無視している者もいるかもしれないが、大方は理解していないだろうというのが三羽烏と立見の見立てであった。
「これが帝国陸軍の現在地か」
近代化だなんだと言ってはいるが、大半の人間の脳内は江戸時代であった。外国の珍しいもの(あるいは概念)を子どものように振り回しているに過ぎない。
「本格的に教育をしなければならないな」
士官学校を卒業した者が続々と将校になっているが、中堅になると途端に怪しくなる。桂のような欧州留学経験者や、児玉たち相応の見識を持った士官は希少な存在なのだ。かといって怪しい者をクビにするわけにもいかずと、実に頭の痛い問題だった。
中堅の再教育をと思ったが、理由が見つからない。馬鹿にしているのかと反発されることも必至だ。反対派閥にドッと人が流れかねない。
いや本当に面倒だな。今すぐ辞めたいが、これもよりよい日本にするため。さらに海や子どもたちもいる。家族のためにも自分がやらねばならない。それにやりたいことがあるなら自ら行動しろというのが高杉の遺訓だ。今ここで歩みを止めるわけにはいかない。
……なんてかっこいいことを言ってはみたものの、すぐどうにかなる話ではない。彼らの価値観を変えるには大きなショックが必要だ。だが、何かするには金が必要で、肝心の予算は既に一杯まで割り当てている。しばらくできることは何もないのが現実だった。
そして、何もできないのは次の議題にも当てはまる。それは火砲の命中率。
「やはり精度が問題です」
現代のように様々なデータを元にして瞬時に射撃諸元を割り出すなんてことはできない。せいぜい、手書きのメモにせこせこと計算式を書くくらいである。
こればかりは訓練しろとしか言えないのだが、現場ではコスパ悪いんじゃね? 歩兵でよくね? という風潮になってきているようだ。
現場の声は聞いてないですということで無視するとして、問題はコストである。人的なコストを加味すれば火砲は安上がりで有効だ。しかし、相手も馬鹿ではないので使えると思ったら導入する。同じ水準になれば最終的に莫大な人的コストを払うことになる。
そして近代戦に必要となる技術は日本にほぼ存在しない。この程度の先進性では列強にすぐ逆転されてしまう。
「私も考えてみる。諸君も研究に努めてくれ」
「「「はっ」」」
桂たちにはそう言って退室させた。
執務室でひとりになって考える。列強が追いつけないものとは何か。机に半紙の束を置き、思いついたアイデアを鉛筆で片っ端から書き込んでいく。だが、それらは組織を捏ねくり回すもの。すぐ真似をされるし、そもそも私のエセ知識では現代戦の理論を同時代の人間に言い聞かせることはできない。
「ボツだな」
紙に書いたアイデアを眺め、そう結論する。なかには参謀本部を設立して軍務省の下に置く(絶対に独立させない)という、既に実現へむけて動き出しているものもあった。
スタッフ養成のため陸軍大学校の設立が予定されており、政府や軍内部で調整に奔走してかなり苦労して仕上げたものだ。それをすっかり忘れて書き出しているのだから、私も疲れているのだろう。
紙をくしゃくしゃにするとゴミ箱へ向けてポイっと放る。行儀が悪いと言われそうだが、誰も見ていないのだからいいじゃない。……なんてことを考えていた罰だろうか、放り投げられた紙ボールはゴミ箱の縁に嫌われて床を転がる。さすがにそれを放置するほど性根は腐っていないので、億劫ながら立ち上がって拾い上げるとゴミ箱のすぐ上から落とした。今度は弾かれることなくゴール。
……ん?
何か引っ掛かって思案する。が、よくわからないのでもう一度、と紙をくしゃくしゃにまとめてポイっ。弾かれたものを拾ってゴミ箱へ入れる。何回かその動きを繰り返し、気づく。
「上から落とした方が入りやすい……」
そのとき、私の錆びついた頭が動き出す。上から物を落とすのは飛行機による爆撃に近い。爆撃で使われるのは爆弾だが、初期には砲弾を落としていたのだとか。これはいける。飛行機ならば欧米でも未だ開発途中。スタートラインはほぼ同じだ。ここに前世の知識が加われば一歩も二歩もリードできる。
……資源? そこは気にしてはいけない。そんなことを言い出すと日本は石油が主要エネルギーになった瞬間に詰む。だからといって遅らせるなんてことはあり得ない。遅れれば取り残される。競争から脱落したが最後、骨の髄までむしゃぶり尽くされるのが政治の世界だ。滑車を走るハムスターよろしく走り続けなければならない。
「気球ですか?」
「便宜的に気球とは言ったが、とにかく空を飛ぶものを使うんだ」
桂たちを呼ぶと思いついたことを説明する。気球と言ったのは、先に行われた普仏戦争において気球が利用され、前年には日本の士官学校で気球が実際に飛んだからイメージしやすいだろうと思ったからだ。
特に普仏戦争において気球は空の可能性を大いに示してくれた。人員輸送を含む連絡手段、敵の偵察に用いられている。これをより発展させ、空を飛ぶ機械を作り敵を攻撃するのだ。
「遠くから物を投げ入れるより、近くに寄って上から落とす方が確実だ」
「……なるほど。前者が砲撃、後者が空撃(「空」からの攻「撃」からとった)というわけですな」
「ああ」
「たしかに空からの攻撃は列国も考えていないでしょう。上手くいけばその分野で先を行けるかも」
川上や児玉は興味を示す。本当に空撃が有効であればという仮定の下ではあるが、成功すれば軍事的に大きなアドバンテージを持つことになる。
「……しかし、本当にできるのでしょうか?」
何となく楽観的なムードが漂うなか、慎重意見を口にしたのは立見。というか、桂以下の三人の反応がおかしいのであって同時代の一般的な反応といえた。
「正直なところわからない」
彼らは軍部において最も信頼できる部下たちだ。ゆえに隠しごとはせずぶっちゃける。飛行機というのは船と並び科学技術の結晶だ。技術的には可能でも、技術力や工業力という面で大きく遅れをとっている日本でできるのかは不明である。それでもチャレンジする価値はあった。今なら列強の上層部も航空機に着目していない。あちらで研究されている技術を多少なりとも取得できるだろう。
「座して死を待つより、死中に活を求めるべきですな」
立見は実に武士らしい納得をした。
かくして航空技術の研究開発について仲間内で合意がなされる。だが、やるとはなったものの何をすればいいのかはよくわかっていない。どうするの? とばかりに四人が私を見てくる。
言い出しっぺだけど知りません――なんてことはさすがに言えないので、机から西洋紙を取り出してちょちょいと折っていく。そうして出来上がったのは紙飛行機。それをスッ、と投げた。紙飛行機はゆっくりと「飛行」する。
「「「おお……」」」
それを見た四人がどよめく。私からすれば当然だが、原理を知らなければとんでも現象である。
「とりあえず、これがなぜ飛ぶのかという原理を解き明かすところからだな」
最初の航空力学者と呼ばれるイギリスのジョージ・ケイリーが四つの力(推力、揚力、抗力、重力)を発見しているが、自分たちで気づいてこそ身につくというもの。基礎をすっ飛ばして応用に手を出したところで、出来上がるのは砂上の楼閣。何かあればすぐ崩れてしまう。地道な研究なく成果を得られる、なんて虫のいい話はないのだ。
そんなわけで、航空技術は時間がかかってもいいのでしっかりとした基礎の上に成り立ってほしい。紙飛行機の研究は人件費を除けばコストはほとんどかからないので、私の裁量で動かせる予備費から支出する。人は倉屋の新人をヘッドハンティングした。高等教育を受けた人材は貴重だ。倉屋は技術者の養成にも力を入れているが、それは別の機会に。
かくして軍内部では紙飛行機の原理を研究することになったが、これだけではまだまだ私が思い描く飛行機にはならない。これだけなら出来上がるのは精々グライダーだ。では何が必要なのか。それは飛行機の心臓ともいえるエンジンである。史実の日本が決定的に弱かった分野だ。
エンジンの研究は分野が広く金がかかる。海のものとも山のものともつかないものの研究費を、厳しい財政状況のなかで支出するのは反対派閥から攻撃を受けることは必至。なのである程度、私が自由にできる倉屋の資金を使うことにした。倉屋を差配する海も、私がやると言うと全肯定。今までのことから、私が言い出したことは儲かると思っているようだ。
「実が成るにはかなり時間がかかるぞ?」
「でも儲かるのでしょう?」
信頼度マックスといった様子で、私は期待に添えるよう頑張ると返すしかなかった。かくして日本軍は航空機の開発を密かにスタートさせた。
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