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イギリスからの来訪者

 






 ――――――




 明治十一年(1878年)の六月十一日。横浜港に一隻の軍艦が到着した。


「デカい……」


 一緒に来ていた川村がポツリと漏らす。前世では排水量が万を超える船が珍しくもないため私にはさほどの驚きはなかったが、この時代の人間にはとんでもない巨艦に見えたのだろう。


 到着した軍艦の排水量は約三七〇〇トン。武装は二四センチ単装砲四門、一七センチ単装砲二門。そして何より船全体が鉄製で装甲に覆われている装甲艦である。


 艦名は扶桑。原義は「東海中にある大きな神木」。それが転じて日本の異称となった。国名を冠することからも、我々がこの艦に寄せる期待がわかるだろう。


 同時代、列強諸国では一万トンに迫る大型艦を保有していた。それから見ると遥かに小型の船ではあるが、列強を除けばアジアで唯一の近代的装甲艦である。国名を冠して威容を喧伝するのに相応しい。


 扶桑はおよそ二ヶ月に回航されてきた金剛、比叡(いずれもコルベット)とともに、イギリスに注文していた軍艦だ。現在の日本海軍が保有する船のほとんどが幕藩体制下で取得されたもの。技術発展が激烈に進むこの時代においてそれらは既に旧式化しており、まともに使えるのは日進くらいだった。


 他は専ら練習艦に使用されていたのだが、この艦艇不足が引き起こす問題が七十年代に相次いだ戦闘(台湾出兵と士族反乱)で顕在化する。近代的軍艦の取得が不可欠だということで、手始めにこの三隻の軍艦をイギリスへ発注したのだ。


 三隻の購入には戦力強化以外にも目的がある。それは近代軍艦の構造を知ること。兵器は作って終わりではない。維持整備を行う必要がある。さもなくばやがてただのオブジェになってしまう。だが、遥々イギリスへ持っていくのは現実的ではないため、国内の造船所で行うことになっていた。


 排水量が小さいのもこれと無関係ではなく、現実として国内のどこを探しても一万トンの巨船を整備できるドックなどない。おそらくこの国の造船業界でトップを突っ走っている倉屋でさえ、五千トン級のドックを整備したばかりだ。倉屋のドックや横須賀のドックに収まるサイズということで三千トン級の船体が採用された。


 国内で整備するというのがミソである。整備のためには当然あれこれ弄くり回すわけだが、そのときにどんな構造になっているのかを学ぶことができるのだ。所謂リバースエンジニアリングというやつである。悪く言えばパクリ。


 そうやって軍艦はどうやって造られているのかを学び、やがては独自に船を設計して建造できるようにしていく。近代装甲艦を十年以内に建造するというのが当面の目標で、やがては大型艦にしていきたい。


 さて、私と川村が横浜まで来たのは扶桑が到着するからというのが理由のひとつだ。だがそれだけではない。この扶桑にとある人物が乗っているのである。


「アリー!」


「ジョニー! 久しいな」


 扶桑から姿を現したのはジョニー。私の姿を見つけるとこちらに駆け寄ってくる。私も彼の名を呼び、ガッチリ握手を交わした。いい歳したおっさんたちがはしゃいでいるのはいかがなものかと後になって思ったが、このときはまったく気にならなかった。


「閣下。この方は?」


「ああ。彼はジョン。ジョン・クリントン。洋行したとき、イギリスで随分と世話になったんだ」


 川村にジョニーを紹介する。二人が挨拶しているのを見ていると、とあることに気づく。


「ジョニーは中佐になったのか。おめでとう」


「ありがとう。そういうアリーは?」


「ふふっ……大将だよ」


「ええっ!? 昇進したなら言ってくれよ。てっきり中将だと……」


 驚くジョニー。実は兵部卿あるいは軍務卿として日本軍の建設に携わっていることは教えていた。だが、大将に昇進したことは伝えていない。驚かせようと思ったのである。


「お二人は仲がいいんですね」


「「ああ(ええ)」」


 川村への返事も息ぴったりだった。ジョニーと旧交を温めるのも悪くはないが、我々にはまだ仕事が残されていた。先にジョニーが気づき、咳払いで場の空気を変える。


「コホン――お出迎え、感謝いたします。少々お待ちください」


 そう言い残して引っ込むジョニー。しばらくしてひとりの中年男性を伴って戻ってくる。


「こちらはエドワード・ジェームス・リード先生。今回、日本から注文された軍艦の設計をされた方です」


「はじめまして。両閣下」


「ようこそ日本へ」


「遠路ご苦労様でした」


 歓迎と無事の到着を祝う言葉をかける。


 ジョニーが紹介した通り、エドワードは扶桑など三隻の設計を担当した人物だ。数年前までイギリス海軍で設計技師の最高責任者をしていた。イギリス版の平賀譲や藤本喜久雄みたいな人である。今は海軍を引退して設計事務所を開く傍ら、自由党から出馬して庶民院議員をしていた。


 私たちが横浜まで来たのはエドワードを出迎えるためである。扶桑に乗って来日すると連絡を受けていた。わざわざ婦人も同伴させて気合いの入った訪日。ここ最近はおもてなしの準備にてんやわんやであった。


 お疲れでしょうということで、到着した日は東京のホテルに滞在する。外国人の要望を受けて幕府、明治政府が整備したもので築地ホテル館などと呼ばれていた。それなりに設備は整っているが、今日の我々が想像するような「ホテル」ではない。渋沢栄一らによって帝国ホテルが生まれるのが明治二三年(1890年)のこと。……倉屋の資本でホテルを造ってもいいかなと思った。


 それはそれとして、翌日からエドワードと本格的に交流する。昼は扶桑の簡単な説明を受けた。その席で彼は差し出がましいかもしれないが……と前置きをした上で日本の海軍軍備は貧弱すぎると指摘される。


「我が国と日本は大陸の近くにある国だ。軍備を近代化して国防に重点を置いているようだが、海の守りが木造船では話にならん。今回購入した三隻ではとても足りないだろう。我が国ほどではないにせよ、もっと装甲艦を保有すべきだ」


 と言うと、川村は我が意を得たりと頷き私に向き直る。


「そうです。戦力を充実させないと」


「いやぁ、わかってはいるんだがな……」


 陸軍の整備を進めていたが、海軍を疎かにしていいというわけではない。しかし、必要性が薄いのもまた事実。周囲を見回せば列強は例外としてまともな艦隊を持っている国はない。予算も有限であるなかで、士族反乱や乱雑な装備と切実な陸軍が優先されるのはやむを得ないのだ。


 それは既に説明したことだ。自分も納得したことなので川村も二の句が継げなくなる。代わりにエドワードが切り出した。


「とはいえ、今回軍艦を購入したということは海軍も整備していくという意思の表れなのでは?」


「ええ、まぁ」


 フェーズが変わったとでもいうのだろうか。士族反乱の危険は去った。また、一連の戦いで海軍戦力の不足も明らかになっている。陸軍の整備も落ち着いてきたので、海軍に手を出してもいい頃合いかなと三隻を発注した次第。国防方針に従って整備していくつもりだ。……予算の範囲内でね。


「ところでリード殿。私は今後、軍艦は装甲艦が中心になっていくと思っているのだが、貴殿はどう思われる?」


 少し話を逸らすため、専門家に海軍の展望を訊ねる。来日の目的はジョニーから聞いていた。エドワードは海軍について我々にアドバイスするつもりで来たのだ。その目的に沿った質問である。


「ふむ……装甲艦がより発達し、いずれは帆走の機構も不要になるだろう」


 だから日本も今後は装甲艦を取得するようにした方がいい、とアドバイスをしてくれる。元よりそのつもりだが、こうしたアドバイスがあったというのは嬉しい。言い訳に使えるからだ。エドワードの答えにひとり満足していると、思わぬ反撃を食らった。


「こうして訊ねられるということは、山縣閣下にも腹案があるご様子。ひとつお聞かせ願えませんか?」


 まさに火の球ストレート。


「いや〜、私は陸軍の人間ですから海軍のことは――」


 と逃げようとするも、


「いえいえ。海軍についてクリントン中佐から関心があると聞いていますよ」


 逃げられなかった。余計なことを、とジョニーを睨むが視線を逸らされた。あんにゃろう……。これは言うしかなさそうだと、歴史を知る者として意見を開陳する。


「今日の軍艦は蒸気機関を備えていても、外洋では帆走を専らとしています。それによる不都合は多い」


「その通り。これは船の設計者には頭の痛い問題なんだ」


 現在の軍艦はほとんどが機帆船。船体にはマストが複数本立っている。その一方で艦砲は大型化し、これまでのように舷側に並べるのが難しくなっていた。結果、砲を船体中央近くに集中配置するようになった。これが中央砲廓艦である。扶桑もこれだ。しかし、これでは前方に砲を向けることができない。おまけにあちこちにあるマストが射界を遮るのだ。


「残念ながらこれを解決することは不可能です」


 そう言うと明らかに残念そうにするエドワード。期待させたようで申し訳ないけれども、この時期の海軍は本当にわからない。だからほぼ川村に丸投げしているのである。


「ただ将来的に……そう遠くない未来に、軍艦は常に蒸気機関のみで動くことにはなるでしょう」


 既にイギリスでは機走のみで動くデヴァステーションという船が建造されている。黎明期ゆえに様々な問題を抱えているが、これもじきに解決されていく。その時期を見据えて戦力を整えるのが私の中の計画だ。ゆえに部内で検討されている国防方針(海軍戦備)においても、若干を除き大型艦は整備しない方針になっていた。


「そのとき一気に整備すると?」


「ええ」


 とはいえそれだけの設備、技術の用意はする。既に横須賀の海軍工廠(史実でそう呼ばれるのは明治三十六年からだが、現世では軍務省への改編に際して改称された)で清輝という一〇〇〇トンにも満たないながらも軍艦を建造するまでになった。


「貴国にも助力を仰ぐことになるでしょう」


 フネ爆買いするよ、という予告である。エドワードは是非よろしくと応じた。


「ところで、どのような船をご希望ですかな?」


 そのときの参考までに、と言って探りを入れてくる。隠すことはないので紙とペンを用意してシルエットを描く。


「これは……」


 紙を覗き込むエドワード。私が描いたのは前弩級戦艦の典型的な艦影と武装配置であった。砲塔に収められた連装主砲が船の中心線上に前後一基ずつ搭載されている。舷側には砲廓式の副砲群と水雷艦艇対策の速射砲群が配置されていた。


 それを見たジョニーが口を挟んでくる。


「デヴァステーションとほぼ同じ砲配置だな。艦橋の配置はこちらの方が洗練されているが……」


 件のイギリス装甲艦デヴァステーションでは主砲砲塔に艦橋が圧迫され、煙突配置も相まって扶桑型戦艦が可愛く思えるほどの違法建築に見える。それからすれば図面に描かれた船の艦橋はスリムだろう。


「だが、これだと前後に主砲が一基分しか向けられない……リッサ海戦を知らないわけじゃないだろう? アリー」


「ああ」


 リッサ海戦とは普墺戦争(1866年)において発生した海戦で、オーストリア側の衝角攻撃によってイタリアの装甲艦が沈没。この戦訓から装甲艦には衝角攻撃というのが海軍の常識となった。よって艦首を向けて単横陣で突撃するのが海戦の戦術である。その常識からすると、この砲配置はあり得ない。エドワードが困惑したのも当然だった。


 だが、現代の人間からすると単横陣で突撃など愚策である。そしてこの戦術にノーを突きつけたのは日本海軍だった。日清戦争において教科書通りに単横陣で突撃してくる清国海軍に対して、日本の聯合艦隊は単縦陣で舷側の砲火力を以て対抗。勝利を収めた。未来に起きることなのでもっともらしいことを話す。


「一般論としてですが、近距離であれば弾は当たりやすい」


「当然だな」


 距離が近いと命中率は高まる。砲撃は偏差をらねばならないので面倒だが、距離が近いとそういう煩わしいものが左右する度合いが減っていくからだ。


「つまり、衝角攻撃は自ら敵弾を食らいに行っているのも同義なのです」


「しかし、リッサ海戦では弾幕を突破したオーストリア海軍が衝角攻撃を成功させているぞ?」


「あれは戦闘開始前にイタリア艦隊の統率が乱れ、そこをオーストリア艦隊が上手く突いた結果です。十分に指揮統制された艦隊であればああはならないでしょう」


 イタリアがヘタリアしたからそうなった……と言えばイタリア人が怒りそうだが、指揮が拙かったのは事実。そこはちゃんと指摘しておく。


「うむむ……」


 エドワードは唸り声を上げて考え込んだ。常識では衝角攻撃が有効であるが、理論的には私の説明が説得的。揺れているのだろう。


 まあ、イギリスがどういう方針になるのかなんて知ったことじゃない。船は造るのに時間も金もかかる。大戦時の某国のようにポンポンと船を造る力もないのだ。未来を知っているアドバンテージを活かさない理由はなく、存分に活用して効率的に戦力を整えていく。


「それが有効かはともかくとして、この砲配置かつ完全機走であれば片舷に砲を集中できるのか」


 ジョニーは納得顔だ。帆走する船の問題点として、張り巡らされたロープによって射界が制限されてしまうというものがあった。機走ではそれを解決できる。


 その後、二人から様々な質問をされる。私はそれらに丁寧に答えていった。質問攻めは夕食会場となったレストランでも続く。欧米社会では公的な食事会はカップルで参加するもの。だが、女性陣は完全に蚊帳の外に置かれていた。


「それは……」


「こういうことで……」


 食事をしながら私が想像する未来の海戦と、それに必要と思われる軍備を述べていく。このレストランは倉屋の資本が入っており、よく家族で利用しているからよく知っている。本場のヨーロッパで修行させただけあってシェフの腕は確かだ。イギリス? あそこの食事はダメ。


「わたしたちはあちらでお話してきますね」


 食事を終えて食後のドリンクが提供されるタイミングで、海がそう声をかけて女性陣を別のテーブルに移動させた。その先では店員に指示して用意させていたスイーツが。食いたいな、と思ったがいつでも食べれると思い直す。しかし、海は子育ての真っ最中(今年三男の治が誕生)なのに駆り出して申し訳ない。そんな罪悪感を覚える。


「有意義な時間だった」


「おやすみ、アリー」


 エドワードとジョニーは機嫌よく帰っていく。それを見送った後、川村と話す。海も川村婦人とまだ話していたいようだ。私が残って話したそうにしているのを見て誘導していた。実によくできた妻である。


「閣下が海軍についてあのようにお考えとは知りませんでした」


「うん? 話していなかったか?」


「聞いてないですよ」


 なんてことを言いながら食後のドリンクを飲む。一服した後、川村に提出されていた海軍の軍備計画について承認する方向で動くと伝えた。


「待ちわびましたよ」


「すまないな」


 海軍部長の川村からはチクリと刺されたが甘んじて受け入れる。海軍側が検討してきた計画案を元に、私も参加した検討会で修正したものが以下の通り。


 海軍は今のところ拠点を横浜と長崎に置いているが、これを横須賀と呉へと移動させること。


 上の改編に伴って新たに九州と日本海側の適当な地点に軍港機能を持たせること(金がないのであくまでも準備)。


 艦隊は扶桑と東(甲鉄)、金剛と比叡でそれぞれ第一、第二戦隊を編成。それ以外の船も二〜四隻の単位で小部隊を編成する。これらを組み合わせて東西に第一、第二艦隊を配備するという体制に変えることにした。


 なお、これらの艦隊は史実通りに所属する船の性格によって分ける。第一艦隊は主力となる高火力艦を擁し、第二艦隊は軽快艦を擁するといった感じだ。日進月歩の海軍技術と財政、工業力を加味して一クラスにつき二隻。都合四隻ずつの四四艦隊計画だ。


「仕様を考えるだけで楽しいです」


 わかる〜。兵器の仕様考えるの楽しいよね。私も専ら陸軍を担当しているが、将来こんな武器でこんな編成したいかと夢想している。まあ非現実的なので地に足つけた軍政を心かげていた。それでも男の子なので、夢見たことが実現できるよう邁進していくつもりではある。かっこいいは正義。倉屋を介して産業にあれこれ手を入れているのもその一環だ。


「頼むぞ」


「はい」


 政争もあって川村との関係がぎくしゃくした時期もあったが、今は良好な関係を築けている。彼に海軍関係はほぼ任せていた。今回もよろしく、と川村に一任するのだった。










「面白かった」


「続きが気になる」


と思ったら、ブックマークをお願いします。


また、下の☆☆☆☆☆から、作品への評価もお願いいたします。面白ければ☆5つ、面白くなければ☆1つ。正直な感想で構いません。


何卒よろしくお願いいたします。




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