大久保利通遭難
途中で視点が切り替わります。念のため
【お詫び】
前話にて大平正芳の言葉を引用しましたが、筆者の解釈が間違っていました。正しくは「三人いれば二対一に分かれて派閥が生まれる」という意味になります。すみません。感想でご指摘を受けまして、現在は修正しております。
――――――
明治から昭和初期にかけて、日本史上で「近代」と区分される時期は未開の日本が近代化を成し遂げ、世界でも屈指の大国へと瞬く間にのし上がっていく栄光の時代と思われている。
だが、光あるところには陰があるもの。栄光の時代も同様であり、政治史的にはテロリズムが吹き荒れた時代でもあった。偉人たちは遭難して命を落とすことも多かったのである。
明治十一年(1878年)五月十四日――この日もそんな事件があった日のひとつ。だが、私がいる限りそうはさせない。ましてやこの事件は防ぐことができたのだから……。
「はははっ! 山縣さん、何を言うんですか」
目の前で豪快に笑っているのは警察を預かる大警視・川路利良。フランスで列車に乗っていた際に催したところトイレがなく、持っていた新聞紙にして窓の外へ投げ捨てた。それが回収され、日本語新聞であったことから日本人であることを特定された――なんて面白エピソードを持つ人物だ。
そんなんだからアジア人差別を受けるんだよ、という憤りはさておく。私はとある重大情報を掴み、四月中に東京警視本署(警視庁)を訪ねて川路と面会していた。だが、ご覧の通り笑って流された次第である。
いや笑い事じゃないが?
努めて冷静に振る舞ってはいるが、内心ではかなり焦っているのだ。川路の態度に怒りすら覚える。それもこれも、私が掴んだ重大情報のせいだ。
その情報とは、大久保利通の暗殺計画である。聞いた瞬間にすべてを理解したね。これ紀尾井坂の変だと。テロではないが高杉に木戸、西郷と偉人を失ってきた。私はそれを止める術を持たなかった。あるいは力不足だったが――今回は違う。防ぐ力がある。だからウッキウキで警察に来たらこの対応だ。
「大久保さんの暗殺を企てているのですよ? 護衛を増やすなり警戒にあたるなり対応しないと」
そう言っているのだが、川路は必要ないとの一点張り。私の主張は何か間違っているだろうか? こうも自信満々だと逆に対応が誤っているのかと疑心暗鬼になる。いやでも、情報社会である現代を知る私の方がこの手の知識はあるはず。そんな未来人マウントを全開にして訊ねた。
「なぜ必要ないと?」
「こちらにも情報は入っている。所詮は石川県人。何もできんだろう」
大久保暗殺を企てているのは加賀藩の旧藩士たちだった。川路は戊辰戦争に従軍しており、会津攻めで加賀藩と共に戦った経験がある。ただ、そのときの戦いぶりはあまりよろしいとはいえず、彼らは弱いという認識が強いのだろう。偏見はなかなか修正できないから厄介だ。
しばらく粘ったものの、川路はまったく耳を貸さない。最終的に警察が動かないならば軍が動くということになった。治安関連なので邪魔してくるかと思った(というかそれを狙っていた)が、予想に反して受け入れられた。どうせ無駄足だからというのが理由らしい。後で吠え面かくなよ、と内心で毒づきながら東京警視本署を後にした。
寄り道することなく軍務省へ戻った。執務室へ足早に入ると、従兵にとある人物を呼びに行かせる。待っている間に考えをまとめようとするも、いちいち私が指示するより任せてしまった方が楽だろうと思い直す。その間にコンコン、と扉がノックされる。
「入れ」
「失礼します」
入ってくるとその場で敬礼した。
「来たか、森少佐」
「はっ。お呼びでしょうか、閣下?」
「まあ、まずはかけてくれ」
私は立ち上がると応接セットのソファーを勧める。知り合いのイギリス人に選んで送ってもらったアンティークだ。机などの調度品は大体これ。ちなみに自腹だ。
天皇を除く軍隊のトップの部屋なのだから豪華にしようということになったが、そもそもが金欠の貧乏軍。割り振られた予算も大したことない。物には拘る私は中途半端はよくないと、よく知ってそうな奴に声をかけて一級品を購入。それを軍に寄付するという形をとった。
なお、これに対する軍関係者の反応はというと、
「……寄付」
「これなら金がかからずに済む……」
う〜ん、余計な知恵をつけてしまったかもしれない。いや、私は何も知らないぞ。そういうことにしておく。
閑話休題。
さて、呼び出した森少佐は長州人。奇兵隊時代からの部下だ。諸隊の定員縮小によって路頭に迷っていたところ、私の要請を受けて元奇兵隊員の保護に動いていた倉屋に保護された。御親兵が発足するとそのうちのひとりとして軍に組み込まれキャリアをスタートさせる。
私が兵部卿に就任した際、ひっそりと情報機関を設立していたことは以前に話した。そう、西南戦争に先立って鹿児島での怪しい動きを報告した奴らである。余裕のない予算から捻り出して設立されたため、人員は百人に満たない小さな組織であるが、そこのトップがこの森重太郎少佐であった。
彼らは普段、陸軍の様々なセクションで普通に働いている。だが、私から何かしらの任務を与えられると休職したり、適当な人事を発令したりしてその使命を果たす。ゆえに周りからはよくサボる奴、みたいな認識がされていることも多々あった。でもその間に彼らは人知れず活躍しているのである。窓際くんが実は有能でしたってシチュ……燃えるよね。
「改めてになるが、出征中は家族が世話になった」
「それが仕事ですから」
森少佐には西南戦争中、家の警護にあたってもらっていた。各地で不平士族による不穏な動きが報告されており、戦地の指揮官の家族を狙ったテロも危惧されたのだ。そこで情報機関が各地で不平士族の監視にあたる。森少佐は東京で指示を出すとともに、在京政府高官の家族の護衛にあたっていた。
情報機関の構成員は先述の通り百人に満たず、圧倒的人員不足。日本は小国だ小国だと言われるが、本国の面積でいえば世界の一等国であるイギリスよりも大きい。その多くが山林だろと言われればそれまでだが。東西南北にも長く、当然だが百人に満たない人員で網羅することはできない。だから軍人を核に現地協力者を組織して活動している。
この現地協力者は兵役に就けなくなった負傷兵を主に採用していた。明治初期、民衆の生活水準は江戸時代と大差ない。人の繋がりが強固な地方では専門の諜報員より地方人の方が自然に溶け込める。負傷兵のセカンドキャリアにもなってまさに一石二鳥。
なお、協力者たちは兵営のある都市に進出した倉屋の系列店(小売と銀行)で雇っている。基幹人員は倉屋の古株なのである程度の事情は教えていた。だから運営に支障がない部署に配置し、軍からの仕事で休んでも迷惑にならないよう対策している。この間、倉屋からは完全な持ち出しになるわけだが、義父の赤右衛門は問題ないと言う。
『婿殿には儲けさせてもらっていますからな』
軍をはじめとした国内での取引、朝鮮での商売などで大儲けをしている。これくらいは問題ないらしい。だからといってそれに甘えるのは健全ではないため、予算が十分に得られれば軍から金を出す。また、森少佐をはじめとする幹部に限っては相応のポストを用意して公式の立場を与えるつもりだ。
「裏のことを任せてしまって悪いな」
「いえ。軍監や奥方にはお世話になりました。恩返しをするのは当然です」
私は会う度に日陰者の立場に甘んじてもらっていることを謝っているが、肝心の森少佐は気にしていない。情報機関やその関係者には諸隊出身者も少なくなく、存在を知る部内の人間からは「山縣の私兵」などと言われていた。彼の発言から少し滲むように、その忠誠心が国家ではなく私に向いているのは気のせいではないだろう。……まあ、規模が大きくなればその意識もなくなるはずだ、うん。
「それで、今日は何用でしょうか?」
「ああ。それなんだが、前に大久保さん暗殺の企てがあると報告してきただろう」
「はい。その件は警察に任せるという話では?」
そうなのだ。報告された段階でどうするかという伺いに、警察に知らせて対応してもらうと返事した。なぜそれを蒸し返すのかと不思議に思われているだろう。
「断られたよ。石川の人間に何ができるか、と一笑に付された」
「それはまあ……戊辰の姿を見て言っているのでしょうが……」
森少佐も微妙な顔をする。どこぞのトップが仕事を放り出していたため、奇兵隊の面倒はすべて私が見ていた。彼はその下で薫陶を受けており、私の価値観も浸透している。特に徹底したのは物事に絶対はない。相手を侮るな。常に最悪を想定して動け、というもの。こう聞くと大仰だが、要するにリスクマネジメントをしっかりしよう、という至極当たり前のことだ。意外にできないのだけれども。
「あちらさんは長が干渉しないと言っているんだ。衝突は気にしなくていい」
大久保の護衛は警察の領分であるから担当者に話は通しておかなければならないが、その辺の調整は森少佐に任せる。結局、迷惑だと言われて拒否されたため、護衛ではなく対象の監視に任務は切り替わったが。
そして下手人(予定)の監視をすること数日。遂にその日がやってきた。
――――――
五月十四日の早朝。部下からの通報で私は起こされた。
「森少佐。奴らが動きました。素浪人も複数連れて動いています」
「そうか。すぐに行く」
急いで軍服に着替えると先祖伝来の刀と山縣閣下から頂いた拳銃を帯びる。閣下や奥方には奇兵隊を追い出されてからも面倒を見てもらった。その上、軍に採用して引き立ててもらっている。数々の恩を少しでも返すために与えられた任務に全力で取り組む。
現場に着くと丁度、下手人たちが動き出すところだった。大久保内務卿を乗せたと思われる馬車には御者ひとり、従者らしき男が六人いる。事前情報によればうち一名が本当の従者、残りの五人が護衛(嘱託警察官)だったはず……。
「奸賊を斬れ!」
頭で情報を整理していると、下手人たちが襲撃を始める。道の角から二十人ほどの男がわらわらと出ていって護衛に襲いかかった。
「これはいかん。入るぞ」
「承知しました……抜刀ッ!」
高梨大尉が号令をかけると彼の部下たちが一斉に刀を抜く。
「かかれッ!」
その命令とともに襲撃者たちの背後から仕掛ける。まさか後ろから邪魔が入るとは思っていない襲撃者たちはたちまち大混乱に陥った。狙い通り。私も彼らに続いて現場へ突入する。
「首謀者以外の生死は問わない!」
監視対象を除いて制圧の過程で殺しても構わない、ということは事前に打ち合わせていた。それを乱戦の中でも徹底する。
「陸軍か!」
「そうだ。山縣閣下の命であいつらを監視していた!」
「助太刀感謝する!」
護衛隊長と言葉を交わす。彼には一度、迷惑だからと護衛に入るのを拒否されていたのだが、そのことを忘れて礼を述べてくる。なら最初から断るなよ、虫のいい奴だなと思ったが口にはしなかった。
「くそっ。バレていたか……」
「どうする?」
「……護衛には構うな! 目指すは大久保のみ!」
形勢不利だが引く気はないらしい。まあ、こちらとしては捜し出す手間が省けて嬉しいのだが。
「下手人はこちらで引き受ける。貴方がた(警察)は馬車を確実に守ってほしい」
「承知した」
護衛の彼らは対象を確実に守るのが務め。対して私たちは襲撃を制圧するのが務めだ。目的の違いを踏まえ、変に出しゃばることがなかったのは幸いだった。護衛は断っても、任務を達成するのに必要な対応はわかっているらしい。
「ではやるか」
仕事の棲み分けが終わったのでもう遠慮する必要はない。私も剣戟の最中へ突っ込んだ。
「はあっ!」
私に気づいた襲撃者が斬りかかってくるが、彼は実戦に出たことがないのだろうか? 勢いのまま刀を振っているだけだ。私は斬撃をいなすと袈裟に斬る。相手は首謀者ではないため容赦はしない。
「このっ!」
斬った相手と親しかったのか、別のところから斬りかかってくる。だが、こちらも基本を忘れたのかというくらい雑な剣筋。斬撃を流しながら刀を振り上げ再び袈裟に斬って捨てた。
「「「ひっ!」」」
立て続けに二人を葬り去った私を襲撃者たちは怯えた目で見てくる。彼らは戦ったことがないのか? いや、恐らく殺しの鍛錬はしたが本当の意味での「戦い」は経験していないのだ。相手が殺意を持って向かってくる「戦い」を――。
私も気持ちはわかる。ただの農民の小倅だった私が武士に憧れて奇兵隊に入り、初めての実戦が下関戦争だった。こちらに剥き出しの殺意を向けてくる敵に恐怖し、同じように腰が引けた。そんな私を叱咤してくれたのが山縣閣下で、この方について行こうと決めたのだがそれは別の話。
「やる気がないなら武器を捨てろ。間違って斬りかねん」
「「「は、はいぃっ!」」」
ガシャガシャと刀を捨てる。雇われの素浪人ならばこんなものだろう。おい、貴様ら! と首謀者たちは怒っているが知ったことか。
首謀者たちのなかでは鳥取士族の浅井寿篤が西南戦争の従軍経験があり手こずらされたものの、他は容易く制圧した。
「……終わったか?」
「っ! これは大久保卿」
背後から声をかけられる。急なことなのでびっくりしたが、すぐさま平常心に戻ると振り向いて返事をする。
「はい。恐らく」
ただ、万が一もあるので馬車から顔を出さないよう求めた。襲撃事件なので大事であったが、大久保卿はあくまでも公務を最優先。騒ぎを聞いて駆けつけた警察の増援を放置し、本来の行き先である赤坂仮御所へ向けて出発した。私たちも護衛に加わる。さすがに護衛からの反対はなかった。まあ、後は何事もなかったのだけれども。
御用となった襲撃者たちはすぐさま警察で厳しい尋問を受けた。特に問題視されたのが「斬奸状」と題した告発状である。大久保卿以下、一部の政府高官が政治を恣にし、その専横が士族反乱を誘発したというのだ。この「一部の政府高官」のなかには山縣閣下の名前もあった。大久保卿と親しかったから仕方がないと思う反面、あの方がどれだけ苦労されているのかも知らずに……と内心では怒りに震える。
当然、この大事件は広く報道されることになった。山縣閣下も印刷を手がける倉屋と取引のある新聞社を通じて記事を書くよう働きかけている。その意向を受け、働きかけを受けた新聞は「朝の凶行」「公論を唱えながら凶刃に訴える二枚舌」などと書き立てた。
「相手が言論で戦おうというならば結構。こちらも新聞を使って訴えるまでだ。相手が暴力に訴えても、こちらは努めて言論で訴える。言論もまた戦だよ。宣伝戦……とでも名付けようか。覚えておくといい、少佐」
なるほど。戦場で刀を振るうだけが戦ではないということか。本当に山縣閣下は余人には及ばない見識の持ち主だ。
当然、この件は政府内でも知られ、川路大警視の不手際は追及されることとなる。進退伺まで出すことになったが、結局は大事にならなかったということで却下された。その代わりに株を上げたのが山縣閣下だった。
「山縣さんのおかげで助かったよ。森少佐も、あのときは非常時だったからゆっくり礼も言えずすまなかった」
大久保卿が軍務省を訪ねてきて、山縣閣下と私にお礼を言ってくる。さらに話はお上にも伝わり、部下の高梨大尉以下と共に拝謁の栄誉と御嘉賞を賜った。
「これからも宜しく頼むぞ」
「「「はっ!」」」
山縣閣下のため、陛下のため、私はより一層の忠勤に励む。さらにこれは使えるぞ、と私は表彰者の宣伝を山縣閣下に進言した。良案だと快諾され、新聞や訓令などで功績が大々的に讃えられる。もしかしたら自分も……と希望を抱き、勤務態度がよくなるなどいい結果をもたらしたそうだ。
「少佐……宣伝の才能があるかもしれないな」
山縣閣下にそう見込まれ、私は新たに宣伝部部長という役職が与えられた。しばらく情報機関の長も兼任したが、高梨大尉が昇進すると私の後釜になった。私たち二人で帝国軍の表と裏を担っていくことになる。
「面白かった」
「続きが気になる」
と思ったら、ブックマークをお願いします。
また、下の☆☆☆☆☆から、作品への評価もお願いいたします。面白ければ☆5つ、面白くなければ☆1つ。正直な感想で構いません。
何卒よろしくお願いいたします。