奇縁
――――――
私は言ったことには責任を持つ主義だ。その代わり安請け合いはしない。できるかどうかを考えた上で言葉を発する。感情に任せてしまう部分は人間誰しもあるものだが、そういうのは往々にして損をするものだ。これは短気だった前世の反省でもあった。
特にこの時代は不用意な発言が命取りになり得る。出世してそれなりの立場にはなったが、それでもやらかせば最悪の場合、切腹だ。現代の政治家のように、適当ぶっこいてフェードアウトなんてことは許されないのである。文字通り命がけのシビアな世界だ。
そして申し訳ないが、中身現代人の私に切腹なんて芸当はできかねる。もちろん死にたくはない。だからこそ言動には気を遣い、それらに対する責任を持つようにしていた。
「――今日はここまでにいたしましょう」
萩の城内にて。定例となった桂、村田との会議を終えた私は、その後の雑談タイムで白々しく切り出す。
「下関で耳にしたのですが――」
かくかくしかじか。下関で耳にした噂を話した。
「それはまた……」
村田が渋い顔をする横で、桂はそれほど驚いた様子もなく頷く。
「前から噂があったのですが、なかなか尻尾を掴めなくて……」
だから私が現場に遭遇したのは僥倖だったという。下関で奉行と大店の癒着があるのではないか、という疑惑は公然の秘密だったそうだ。しかし、明確な証拠はない上に出先の奉行が取り込まれているため、捜査をしようにも十分にそれができなかった。
「ですが今回、山縣殿が遭遇したおかげで萩から探索する大義名分を得ることができました」
桂は早速、捜査に入るという。それからは実に早かった。現職の奉行は適当な理由をつけて召喚し、萩に誘い込んだところを捕縛。代わって派遣した奉行(正義派として活動しており潔白の身)が下関の商人たちを一網打尽にした。さらに商人たちから歴代の奉行との癒着を自白させ、それらの人間も捕らえている。
正しく政界粛正の嵐が吹き荒れた。少し聞けば、事態が動いたのは例の壺事件の審理が開かれる日ギリギリだったということで、間一髪だったといえる。まあ、これで彼女の家が安心して商いできればこれに越したことはない。
そんなことを考えながら、今日も今日とて諸隊の訓練を見守る。軍隊の基本は団体行動。運動会の入場行進よろしく、隊員たちを整列させて行進をやらせる。簡単なようでいて、何百人が動きを揃えるのは難しい。最初は苦労していた。今は始めてからかなりの時間が経っているので動きもかなり揃っている。
……できるようになったらなったで、楽勝とか思い始めてまた揃わなくなってしまうのだが。人間は厄介な生き物である。
「山縣様!」
さて、本格的に訓練を始めようかなと思っていた矢先、私を呼ぶ声がした。
「伝七か」
誰かと思えば、中間の伝七であった。雑用係であるが、基本は祖母のメッセンジャーをしている。
用件は? と訊けば予想通り、祖母の伝言を伝えてきた。曰く、来客があるとのこと。今は訓練中なのだが……。
どうしたものか、と困った顔をしていると助け船が出された。
「隊長。今日は自分が見ますから、行ってください」
「助かるよ」
副長からの申し出。今日はこれまで繰り返してきた基礎的な訓練をやるだけなのでぶっちゃけ見ておく必要はない。私はありがたく家に帰ることにする。
……
…………
………………
家に着いたのだが、その前に人集りができていた。ガヤガヤと騒がしい。
「おーい、通してくれ!」
喧騒を破るように伝七が声を張り上げる。それに従って人垣が割れるが、同時に喧騒の度合いが増した。
「あっ、山縣様だ」
「本当だ」
めちゃくちゃ注目されている。私は居心地の悪さを感じながら家に入った。
「お婆様。何事ですか、これは」
伝七に礼を言い、玄関の戸を閉めると同時に出迎えてくれた祖母へと文句を言う。しかし、彼女はそれをスルー。
「小助さん。来客ですよ」
と言って奥へと引っ込む。仕方がない、と私も後に続いた。そして客人がいる居間にて、
「あ」
見覚えのある少女と中年のおじさんに会った。
「おお、山縣様。お初にお目にかかります。手前は下関で商いをしております、倉屋の赤右衛門でございます」
「ああ、山縣小助だ」
おじさん――赤右衛門に話しかけられてキョドりながら応える。
「倉屋さんが本日は何用で?」
「はい。本日はお礼とお願いに参った次第です」
「お礼?」
お願いは最近よくあることだ。私は権力を掌握した派閥の幹部に近いと目されており(そして事実である)、お近づきになりたいからと様々な人が会いに来る。将を射んと欲すれば先づ馬を射よ、というわけだ。しかし、お礼とは何なのか。
「悪漢に絡まれていた娘――海をお助けいただき、また次郎吉屋との諍いにおいても格別のお取り計らいを賜りまして……。この赤右衛門、感謝に堪えません」
「いや。当然のことをしたまでです」
それに便宜など図っていない。いや、奉行と商人の癒着を上に暴露したという点ではそうかもしれないが、結果論である。大袈裟すぎて逆に胡散臭い。
だが、そこは百戦錬磨の大店の商人。こちらの疑念を察したのかフォローを入れてくる。
「娘は手前の唯一の子でして……。子を思うのは親の性というものですよ」
そういうものなのかね。子どもを持ったことが前世含めないためわからないが。
「それで、お願いというのは?」
相手が感謝しているというのだから、固辞することなく素直に受け取る。翻意させようと言葉を尽くすよりも早い。理由も的外れというわけではないし。その上で話を前に進める。
「ああ、それなのですが……山縣様がお戻りになられる前にお婆様にお話をして快諾を頂いておりまして」
ほう?
「娘をこちらに奉公に出させて頂きたいのです」
は? この娘を?
そんな言葉が出かけたが、どうにか呑み込む。
「私のような小身の家に出さずとも、倉屋さんならばもっと大身のお家に上がれるでしょう?」
商人の子女が武家奉公に出ることはよくあるから、この申し出自体は不思議ではない。しかし、奉公先が私のところというのはおかしいのだ。山縣家は世襲の中間身分であり、商家から武家奉公を受ける家柄ではない。伝七も口入屋(人材派遣会社みたいなもの)の紹介を受けて雇い入れているだけだ。
「それはそうですが、山縣様にはご恩がありますし、何よりこれから大身になられるお方だと手前は考えています」
要は先行投資ということか。まあ、順調にいけば赤右衛門の言う通り私は出世していくわけだが、人格が変わっている以上どうなるかは保証しかねる。
そんな迷いもあって私がいい返事をしないでいると、祖母が助け舟を出してきた。
「小助さん。お受けしてはどうですか?」
「お婆様?」
「慎重な貴方のことです。この先、お家がどうなるかわからないから躊躇っているのでしょう――」
図星である。さすがに長く暮らしてきただけあって、彼女は私の気質をよく心得ていた。その上で奉公を受け入れるべきだと言う。
「――ですが、貴方は長州の軍政を担う立場にまでなりました。大店の奉公人を受け入れてもおかしくない……いいえ、むしろ倉屋さんが奉公先に相応しいと選んでくださったのです。そのお気持ちを無碍にするものではありません」
つまり、祖母はこの話が来たのは周りが山縣家を立派な武家であると認めてくれたからだ、と言いたいわけだ。自己評価ではなく、客観的な評価としてそういう位置にあるのだと。そして、断れば倉屋さんの顔に泥を塗ることにもなると言っている。
ここで、風が吹いていることを敏感に感じとった赤右衛門が売り込みをかけてきた。
「山縣様はご恩のあるお方ですから、手前も協力を惜しみません。手前味噌ではございますが、倉屋は下関一の大店。今後、お役にたてることもあるかと……。また、娘の海も大店の娘に相応しく、大抵の芸事は仕込んでおります。きっとお役に立ちましょう」
「そうでしょう、そうでしょう。身分が上がれば、それに伴う格が必要となります。そういうのは倉屋さんがよくご存知でしょう。これも何かの縁ですよ」
二人が猛プッシュ。何だろう。私が来る前に打ち合わせでもしていたのだろうか? ともかく、形勢は明らかに不利。一縷の望みを託して、これまで置物のようにひと言も発さずにいた海に話を振る。
「海殿はどうなのだ?」
いきなり奉公しろ、と言われても嫌だろう。下関の町で接した感じ、彼女はかなりの跳ねっ返りでじゃじゃ馬。きっと反発してくれるはず。
ところが、
「わたしは山縣様のところへ奉公したく思っております」
下関の町でのあの態度は何だったのか。海は淑女然とした態度で応える。以前会ったときとはまるで別人だ。
「ほら。海さんもそう言っていますし」
「……わかりました」
かくして押し切られる形で海の奉公の受け入れが決まった。まったく、奇妙な縁もあったものだ。
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