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 ――――――




 萩に戻った私は桂を捕まえて薩摩との和解を訴えた。もちろん頷いてくれない。


「虚仮にされたんだ。不快だよ」


 桂は温厚であり、また気さくな人物である。江戸にいたとき、仕送りの金がなくなっても気にしなかった。藩政を託された要職にありながらも、家に滞在するときは後輩を連れ込んで夕飯を振る舞っている。また、部下の家にふらりと立ち寄ることもあった。私の家にも来たことがある。そして何より、桂は真面目だ。約束を反故にされたことがどうしても許せないらしい。


「お怒りはごもっともですが、西郷殿にも事情があったようなのです」


「事情?」


「はい。……これを」


 差し出したのは中岡の懐から落ちた私宛の手紙である。手紙は下関への寄港をキャンセルしたことへの謝罪から始まっていた。その理由として、京の大久保から幕府が長州征討の朝廷工作を本格化させているため上洛を急ぐように、との書簡を受け取ったことが挙げられている。


 追伸として、大久保からの依頼として急な予定変更になったことへの謝罪と、長州側への説明をお願いすると伝えてほしい、というものがあった。


「……これは本当か?」


「恐らくは」


 大久保とは数年の付き合いであり、それなりに信頼関係を築いてきた。嘘を伝えてくるようなことはないだろう。私は頷いた。


「即決はできない。しばらく時間をくれないか?」


「はい」


 まあ、鵜呑みにするわけにもいかない。事実関係を確認しなければならないだろう。桂からも裏取りを命じられた。これに従って京にいる大久保と西郷に確認の手紙を送る。また、桂も京を中心とした各勢力の動向についても情報収集を強化した。


 程なくして答え合わせが始まる。京から将軍・家茂が上洛したとの情報がもたらされた。実は四月の段階で藩主父子の引き渡しがなければ再度討伐軍を送るとの警告が届いていたのだが、このときは無視している。まだポーズの域を出ていなかったからだ。


 しかし、今回は将軍が京にまで出てきた。上洛自体は二月に出された朝廷の御沙汰書(京都所司代に止められており、江戸の幕府が知ったのは四月)で求められていたものだが、長州に対する将軍の親征とも捉えられる。事態は緊迫の度を増しており、桂たち藩の上層部は対応を検討し始めた。


 とりあえず赦免の嘆願書を作り、岩国支藩から広島藩、尾張藩(徳川慶勝)のルートを通じて幕府へ提出する。これに対する回答は岩国、徳山藩主の大坂召喚命令であった。仮病で拒否すると長府、清末藩主などへ召喚命令が出される。長州はこれも仮病を使って拒否した。


 かなり子どもじみたやりとりではあるが、ともあれ長州側のあんまりな対応に幕府側のフラストレーションは溜まっていった。こうなれば軍事力を行使するしかない。幕政の主導権を握る一橋慶喜、松平容保ら所謂「一会桑」は再び勅許を得て長州征討の大義名分を得ようとする。この動きを察した大久保は、西郷を急ぎ召喚したという次第であった。


 このように答え合わせをしていると、会談のドタキャンも責める気になれない。大久保や西郷も申し訳ない、というようなニュアンスで書簡を送ってきている。謝られると逆に申し訳なくなる心理で、私は彼らに同情的であった。


 薩摩は幕府の動きを抑制しようとしており、長州に利している。会談がなくなったことを責めるのではなく、京での動きにむしろ感謝すべきである。


「――と、私は思います」


 思ったことを桂に訴える。彼も薩摩藩の姿勢を好意的に捉えているが、過去のわだかまりがどうしても邪魔をしているようだ。この日もいい返事はもらえなかった。


「申し訳ない。また失敗した」


 下関にある海援隊の拠点にいる龍馬と、燃え尽きから復活した中岡に詫びる。桂は二人との面会を拒否しているため、私が窓口役となっていた。薩摩が京で幕府を掣肘していることをアピールして関係改善を訴えたが、桂をその方向へ踏み出させることはできていない。


「あとひと押しといったところですが、何か材料がほしい」


 桂が納得する材料を。三人で頭を悩ませる。


「桂様を動かすには、長州に恩を売るしかない。山縣様、長州に課題はないか?」


「課題……」


 大きなところでいえば朝敵になり、幕府から討伐されようとしていることだが、すぐにどうこうなる問題ではない。既に動いてくれているのだから、こちらからあれこれ言うのも違う。となると……


「武器ですかね」


「武器?」


「ええ。西洋の新型銃を調達したいのです」


 藩主父子の拘引を名目にして将軍が京阪に出張ってきている。長州は武備恭順を掲げており、これまでのように幕府の言うことをすべて聞くつもりはない。言うことを聞かせたい幕府と、藩主の拘引など呑めない長州。対決は不可避である。


 戦いへの備えとして西洋軍制を取り入れ、その装備もほしい。しかし、幕府も馬鹿ではないから取引を妨害されている。西洋も日本における取引への影響を考慮して消極的だ。これを打破したい。


「ならば、薩摩の名義で買えばいいのでは?」


「「それだ!」」


 中岡の言葉に二人して飛びつく。薩摩藩が購入するのは何ら問題ない。それを横流ししてもらえばいいのだ。


「……あ、でもどう運ぼう?」


 何とかなると思った矢先に新たな課題が見つかる。買った武器を長州に持ち込めばバレてしまうからだ。極秘にしなければならないが、ハードルは高い。数千丁もの銃を運ぶには海上輸送しかないが、幕府の目があるため藩の船は使えないし、機密保持の観点から廻船問屋を使うわけにもいかない。


「ふっふっふ。山縣様。それは我らにお任せを」


 どうしたものかと考えていると、龍馬が不敵に笑いながら名乗り出た。


「何か心当たりが?」


「心当たりも何も、うちらが運ぶき」


「? ……ああ、そういえば」


 そう。龍馬は海運業(亀山社中)をやっている。長崎、下関、京を結ぶルートで、だ。このルートを使えば銃を運べるし、薩摩藩とも繋がりがある上に謀議の当事者であるから口も硬い。これ以上の適任者はいなかった。


 長崎で外国商人から薩摩藩の名義で武器を購入し、薩摩が後援する社中の船舶に積み込み下関へ運ぶ。これによって目に見える形で薩摩の親長州の姿勢を示し、桂たちを動かすのだ。私たちは大久保などの薩摩藩幹部にこの線で了解を求め、申し出は快諾される。この話を桂の下へ持っていく。 


「これは薩摩からの友好の証です」


 薩摩藩に行った提案は、あちら側からからさらに踏み込んだものに修正されていた。私は名義貸しによる一時的な武器取引を考えていたのだが、あちらは代金さえ払ってくれれば好きなだけ名前を使っていい、と言ってきている。それだけ好意的だということだ。


「むむ……」


「ここまでされて応えないわけにはいかないでしょう」


 断れば、面目を潰されたとか言って薩摩が敵に回りかねない。そのときは長州に友好的な大久保たちも失脚してしまうだろう。敵対派閥が実権を握ったときの冷や飯は我々のよく知るところである。こちらのメリットは大きいのだから受けるべき。ない言葉を尽くして説得した。


「……わかった」


 最終的に桂もメリットをとり、この取引に応じる決断をしてくれる。買い付けのため、俊輔と井上聞多が長崎へ派遣されることとなった。話をまとめたのは私なので私が行くべきという考えだったが、帯びている任務(部隊の訓練)上あまり長い期間離れるわけにはいかないということで選外となる。


 長崎での交渉は成功したらしく、八月になって薩摩藩の船により小銃およそ一万丁が運び込まれた。ミニエー銃やゲベール銃という新型銃であり、私が訓練する諸隊にも早速引き渡される。


「これは凄いなぁ」


「はい」


 射撃の様子を見ていて思わず感嘆の声が漏れる。理論では知っていたが、やはり見るのと聞くのとでは大違い。旧式と比べて射程も威力も格段に伸びている。隣に控える副隊長も惚けた顔をしつつ頷く。


 このことは長州と薩摩の関係改善に大きく寄与した。翌月、長州藩主から薩摩藩主父子(藩主の茂久とその実父である久光)に対してお礼状が送られることとなる。その使者に選ばれたのは私であった。


「此度の働きは見事であった」


 私は山口で政務を執る藩主に呼び出され、その場で直々にお褒めの言葉を受ける。三所物(刀の装飾品である小柄、笄、目貫)も与えられ、今後は薩摩藩との窓口役を担うことになった。お礼状の使者はそれに伴う顔見せという側面もある。


「承知しました。御役目しっかりと果たして参ります」


 そう言って御前から下がる。退室した先には、俊輔がニヤニヤしながら待っていた。


「どうした?」


「いやなに、これまで何かと影に隠れがちであった小助君がいよいよ表に出てきたな、と」


「何か知ってるな?」


 藩主から褒められるのは極めて名誉なことである。しかも、上級武士にしか認められないような三所物まで伴っているものだ。普通ではない。何か変だな、と思っていたのだが、目の前で笑う俊輔が何か知っているに違いない。さっさと吐け、と迫った。


 彼が白状したところによると、長崎で交渉をまとめた俊輔と井上は帰国すると藩主にこの件を報告をしたという。今回は幕府の規制をかい潜っての取引であり、仇敵である薩摩藩の協力を得て実現した私の功労が大きい、と報告したそうだ。同席した桂も激賞した結果、今回の褒美となったという。


「頼りにしているぞ」


「出来るだけのことはするよ」


 高杉に引き立てられて奇兵隊に入り、内戦を経験した。孤立無援の絶望的な状況からよくぞ勝ち抜いたと思う。そして前世の知識が他人の目に留まって村田の補佐役となり、今や薩摩藩との交渉役にまでなった。我ながら、この一年足らずの間によく出世したものだ。


 この件を祖母に報告すると、とても喜ばれた。


「小助さんは昔から利発でしたが、お家をここまで盛り立ててくれるとは……」


 涙を滲ませながら喜んでくれる。それからご近所さんや親戚を呼んで大宴会となった。


「よかったら……」


 その席で、姉妹の嫁ぎ先からは自分たちも取り立ててほしい……というようなお願いをされたが、遠回しに断っている。縁故採用はしない。高杉がやったように、実力のある者を引き立てていく。新しい時代に向けて。


 どんちゃん騒ぎを終え、静かになった家。私は祖母と二人で片付けをしていた。そこでこんなことを言われる。


「あとは山縣家を後世に残すのみですね」


「げほっ! ゴホッ!」


 思わず咽せてしまった。


「変なことを言わないでくださいよ」


「変なことをではありません。武士たる者、お家を残さなければ」


 折角、大身になったのに勿体ない、と祖母。まあ、結婚してほしいというのはわからなくもない。時代柄そういうものだからだ。だが、どうも気が進まず有耶無耶にしていた。


「考えておきます」


 だから勝手に何か話を進めないでくださいね、と裏のメッセージを込めて話をはぐらかすのだった。











「面白かった」


「続きが気になる」


と思ったら、ブックマークをお願いします。


また、下の☆☆☆☆☆から、作品への評価もお願いいたします。面白ければ☆5つ、面白くなければ☆1つ。正直な感想で構いません。


何卒よろしくお願いいたします。




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