表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/103

会見……失敗!?

 






 ――――――




 今後、幕府と対決するなかで鍵となる諸隊の編制と訓練を任されることになった私。幸いなことに募兵は順調であった。それどころか、


「数が多くて手が足りません……」


 といった状態である。順調すぎるがゆえの事態であった。部下がどうしましょうか? と訊ねてくる。


「あまり多くてもな……」


 聞けば、諸隊への志願兵は万を超す勢いだという。だが、長州藩は二九万石。軍役の基準は一万石につき二五〇〜三〇〇であるし、そのような態勢をとっている。つまり、長州藩が動員可能なのは最大で八七〇〇だった。諸隊以外にも村田が編制する藩士による部隊がいることを考えると、その数はより減らす必要があった。


「……とりあえず、ふるいにかけるか」


「篩ですか?」


「誰でも入れるのではなく、ある基準を満たした者を入れるのだ」


 体力基準みたいなものである。ここは米軍式を採用しよう。US Army Physical Fitness Test(APTF)といわれる、アメリカ陸軍の体力テストである。なお、2022年以降はアップデートされて戦闘適合試験(Army Combat Fitness Test、ACFT)となっているが、今回はよりシンプルなAPFTを採用した。


 内容は簡単。腕立て伏せ、プランク(あるいは腹筋)、ランニング(2マイル、3.2km)の三種目だ。筋力運動は二分間でやれるだけ、ランニングは基準タイムをクリアするのが目標である。ノルマは腕立て伏せ40〜42回、プランクは一分半(腹筋なら50〜53回)、ランニングは15:54〜16:36だ(幅があるのは年齢17〜21歳と22〜26歳によるもの)。今回は簡略化し、腕立て伏せ40回、腹筋50回、ランニングは距離を倍にして四半刻(30分)とした。


「これを満たした者を入隊させるということにしてくれ」


「わかりました」


 要件としてはかなり厳しいものである。米軍の学力試験は(兵卒レベルだと)大したものではないが、この体力試験で脱落する者は多い。その大変さは前世に味わった。動画で知ってやってみたのだが、合格点に届かなかった。まあ、どちらかというとインドア派であった前世の自分では無理があったのだが。現世では鍛錬の成果もあり、高得点を叩き出している。密かな自慢であった。


 ……私は舐めていたのだろう。ごめんなさい、江戸時代の人たち。侮っていました。貴方がたの体力を。


 難しいと思っていたこの要件をかなりの人間が突破した。内容を聞かされたときは訝しんでいたそうだが、やることを理解するとあっさりと突破する者が多かったという。


 私は急いで桂たちに相談した。どれだけの人数が許されるか訊ね、五千ということになる。数を絞るためにどうするのか……。自棄になった私は神様に縋った。そう、くじ引きである。神様の言う通り、というわけだ。


 これは意外な効果をもたらす。神に選ばれたということで落ちても遺恨が少なく、選ばれた者は使命感に燃えていた。訓練にも身が入っているらしい。さらに、既存の隊員たちも儒教的な先輩後輩観念から後輩には負けられない、と奮起。猛訓練を重ねているという。


「程々にな」


 怪我をしては元も子もない。オーバーワークには気をつけるよう言っておいた。


 思いの外、募兵が順調だったことから桂たちを結果的に急かす格好となる。とにかく武器が要るということで、長崎へ人を派遣して小銃を購入することとなった。しかし、これを察知した幕府側が妨害してきた。大口の取引ではあったが、幕府との関係を拗らせたくないヨーロッパ商人に断られてしまう。これをどうするのか話し合うために呼ばれた。


「やはり薩摩に協力を仰ぐべきでは?」


 それが最も確実である。だが、


「うーむ」


 桂は頷かない。提携の下地はあるのだ。あとは決断するだけである。が、その一歩がなかなか踏み出せない。この日も交渉を続ける、ということに落ち着いた。


「何とかならないかな……」


 討幕に向かうにあたって、薩長の提携は必要不可欠だ。短期的には、長州藩が幕府の討伐軍を退けるために薩摩藩に便宜を図ってもらうしか手はない。


「よし」


 考えを巡らせていても仕方がないので行動に移すことにした。私は功山寺にいたとき、五卿の衛士(護衛)として随伴して面識のある中岡慎太郎に手紙を送る。薩長を和解させたいのだが、何か手はないかと。


 しばらくして届いた返事には、驚くべきことが書いてあった。曰く、薩長の和解の必要性は自分のみならず、他の同志も痛感している。そこで、薩長の和解を斡旋したいと思う。自分は薩摩で運動するから、長州には(亀山)社中の坂本龍馬という者を向かわせる。私には桂との会見を斡旋してほしい、という。


 何と、あの坂本龍馬が来るのだ。私は了承する返事をし、急いで桂と面会。坂本龍馬という者が桂との会見を要望しているので、会見してくれないかと申し出た。


「渡辺さん(渡辺昇、大村藩士で桂も学んだ練兵館の元塾頭)からも依頼が来ていたが……その坂本とは何者なんだ?」


 有名人だよ、と思いつつも同時代の人間があれこれ知っているわけないな、と思い直す。詳しく説明するとなぜ知っている? と訊かれそうなので、簡単に調べたという体で概略のみ話した。


「坂本は元土佐藩士で、江戸の軍艦奉行・勝麟太郎に学んだそうです。勝が罷免された後は薩摩の小松帯刀から庇護を受け、長崎を中心に社中という商いをしているとか」


「薩摩の庇護を? ふむ……」


 龍馬の背後に薩摩藩がいるということで、桂も何か感じたらしい。申し出を受け入れ、面会することにした。私はそのことを中岡に知らせる。何度かやりとりして、五月に長崎での会見と相成った。


 残念ながら、私は部隊の訓練があって長州を離れられないため、会見に参加はできない。大人しく情報を待つ。


 会見自体は成功に終わったそうだ。幕府に対抗する上で両藩の協力の必要性は桂も了解し、薩摩の有力者との会見を望む。そこで坂本は上洛途上に薩摩藩の幹部である西郷隆盛が下関に立ち寄り、桂と会見することを提案した。桂は同意し、犬猿の仲である両藩の和解に向けた一歩が踏み出される。


 いい傾向だ、と私は大久保と西郷に手紙を送った。内容は両藩の和解のための談判が決まり嬉しく思っている。私もこれが上手くいくよう努力するのでそちらもよろしく、というものだ。


 好意的な返事が返ってくる一方、大久保の手紙には不穏な内容もあった。幕府が再度の長州征討に乗り出そうとしている、というのである。前回は幕府軍の意向もあり、江戸の長州処分方針は不完全に終わった。その完遂を目論んでいるという。今回は将軍・家茂が自ら出陣するつもりらしい。油断ならない情勢のため注意されよ、とあった。


 どうなることやらと案じていたものの、その後は大きな変事もなく会談の日を迎える。慶応元年(1865年)閏五月、桂は下関に来ていた坂本とともに西郷の到着を待った。それほど距離が離れているわけではないので、今回は私も同行している。そして念願(?)の坂本龍馬との対面を果たした。


「山縣様のことは西郷様や小松様から聞いちゅーぜよ」


「小松様……ですか?」


 西郷はともかく、小松は誰だよと思ったが、すぐに小松帯刀のことだと理解する。それはいいのだが、なぜ小松? 私は彼と面識はない。


「大久保様や西郷様から長州でもなかなかの人物だと聞かされちょったようで、自分にも会うとえい、と」


「ああ」


 なるほど。理解した。あの二人の勧めなら、家老格の小松が知っているのもわかる。龍馬も真に受けて、桂との会見後は私を訪ねるつもりだったという。そんな大人物ではないのだが……。


「山縣殿は薩摩の人々から高く買われているようだな」


 薩摩との交渉は山縣に任せるか、なんて言っている。


「やめてください、桂殿」


 ストレスで胃が死ぬのでやめてほしい。


 なぜか私が弄られる格好で待機が続く。早く来てくれ、と心から願った。そんなとき、


「大変です!」


 待機していた部屋に人が飛び込んできた。誰かと思えば、外で西郷たちの到着を見張らせていた長州の役人であった。


「何事だ、騒々しい」


 雰囲気をぶっ壊した闖入者に対して非難がましく言う桂。間もなく、その顔から表情が抜け落ちる。


「中岡と申す者がひとりで現れました」


「「「……は?」」」


 三人の声がぴったり揃った。


「……」


 しばらくして中岡が部屋に通される。茫然自失という感じで、魂が抜けたかのようだ。アニメや漫画なら、口から彼の霊体が出ているだろう。私たちはそんな彼から何とか事情を聞く。


 中岡曰く、西郷と同じ船で薩摩を発った。彼もこの会談には乗り気だったという。ところがその途上、大久保からの書簡を受け取ってから態度が急変したそうだ。火急の用事ができた、と言って下関への寄港をキャンセル。上京を急いだとのこと。


「これは一杯食わされたな」


 この顛末を聞いた桂は当然ながら激怒した。


「お待ちください!」


 と、追い縋る龍馬を振り払って萩へと帰っていった。


「はぁ」


 西郷たちにも何か事情があったのだろうが、これは大変なことになった。前途多難だと、思わずため息が漏れる。


 その後、桂に逃げられた龍馬がトボトボと帰ってきた。悄然としていたが、抜け殻となっている中岡を見つけると掴みかかる。


「慎太郎! 西郷様は何か言っていなかったか!?」


 胸倉を掴んでグラグラと揺する。脳震盪でも起こしそうな勢いだ。しかし、中岡は応えない。そのときだった。彼の懐から紙が落ちる。形状から手紙のようだ。表書きには「山縣殿」と書かれている。


「何だ……?」


 龍馬もこれに気づく。宛先が私だと見ると拾って手渡してきた。裏書きの差出人には西郷吉之助とある。西郷から私への手紙だ。


「これは! 急いで桂殿に知らせないと」


 一読した私は龍馬たちを放置して萩へ向かった。











 活動報告の方で作者の近況を記しておりますので、よろしければそちらもご覧ください。質問やご要望があればコメントにてお寄せください。また、


「面白かった」


「続きが気になる」


と思ったら、ブックマークをお願いします。


また、下の☆☆☆☆☆から、作品への評価もお願いいたします。面白ければ☆5つ、面白くなければ☆1つ。正直な感想で構いません。


何卒よろしくお願いいたします。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ