旅順要塞攻略戦(二)
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国際社会に日露戦争を優位に進めているアピールに成功した日本。だがロシアも黙ってはいない。即座に日本側の主張はフェイクだとする声明を出した。曰く、
旅順艦隊は健在で、虎視眈々と日本艦隊に打撃を与える機会を窺っている。
満州方面には続々と兵員物資が輸送され、同方面の陸軍力は日本側以上となっている。また、今後も増強を続けていく。
とのこと。海戦では負けていないし、陸戦では戦力的に優位ですよと主張しているわけだ。そして日本側として見逃せないのが声明の最後。
極東の制海権を確保するため、バルト海艦隊から新たに太平洋艦隊を編成して送り込む
というものだった。バルチック艦隊の派遣を宣言したのである。新鋭艦を配するとも言っており、同艦隊と旅順艦隊とを以って日本艦隊を殲滅すると述べた。
「やはり来るか」
「はい。ただ件の新鋭艦が完成していません。諸々の準備を含め、出航は秋から冬になるのではないかと見込まれています」
史実では五月にはバルチック艦隊の派遣が発表されていたが、現世では七月とやや遅れている。恐らく旅順港の封鎖を海軍が試みなかったために危機感が生まれず、ロシアの動きを鈍らせたためだろうと推測している。ヨーロッパ側の海軍力をほぼゼロにするのだ。かなりの危機感がないと決断はできない。
「それで海軍は?」
「やはり気が気でないようです」
大艦隊が地球を半周してやってくる。危機感を抱かないはずがない。ただ朗報もある。
「しかし、この前の航空偵察で旅順艦隊は使いものにならないことがわかったじゃないか」
黄海海戦の後、旅順に逃げ帰った艦隊の様子を航空機で偵察した。後の時代とは違って迎撃機はおろか対空砲火すらないのだから楽な仕事である。日野の話では地上のロシア兵が手を振ってくるくらいだ。
そしてその航空偵察の結果、旅順艦隊の主力艦は上部構造物が廃墟同然。多少の修繕は行われているようだが、生き残った備砲を取り外している様子も見られたという。敵軍がよほどの天邪鬼でない限り、もう出てくることはない行動だ。海軍が想定する最悪の事態――旅順艦隊とバルチック艦隊の合流――は回避したことになる。
「それはそうですが、樺太でのノヴィークの件もありますから」
「哨戒線を抜けて樺太まで来た船のことか」
厳重な哨戒網を敷いていたのにと海軍は衝撃を受けたらしい。ただ、調査をしたところ何らかの手落ちがあったわけではなく、単に天気が悪く視界が狭かったために発見できなかったということだった。対策は考えなければならないが、まあそういうこともあるだろう。運が悪かった。
なお、そのノヴィークは意外に有名な船だった。二十五ノットの快速艦として有名で、海軍はこれを引き揚げて使おうかという話が持ち上がる。気の早い者はノヴィークが樺太の鈴谷川から来ている名前で丁度いい、日本名の鈴谷にしようなんて言っていた。そして史実では本当に浮揚して鈴谷という名前をつけて使用した。
だが、現世ではその話は実現しなかった。捕虜にした乗組員の話で機関が故障していたという話を聞き、根本的に改造しないと使いものにならないことが予想された。そこまでするほどではない、と山本はそのまま放置することを決めたという。史実でも故障が頻発。推進器は三つからひとつに、ボイラーも減らしたために速力は十九ノットしか出せなかった。期待外れのオンボロ艦を保有する意味はなく、わずか八年で除籍されている。
「海軍は神経質だな」
はははっ、と笑う私を川上たちは不思議そうに見る。それに気づいて首を傾げると、私に対して特に遠慮がない東條が言う。
「閣下が楽天的すぎるのです」
海軍が神経質なのではなく、私が楽天的なのだと。ロシアを相手になぜ勝って当然みたいに構えていられるのか、と質問された。
「自軍の司令官が負けるかも、なんて口が裂けても言えんだろうが」
部下の士気に関わる。たとえ不利な状況でも大丈夫、やればできると構えておくのが将帥としての基本だと答えた。もちろんそんな状況なら、裏で必死に打開策を考えることは前提だが。
「それに対露戦に向けてやってきたことには自信があるからな。冷静に、やるべきことをやれば勝てる。これはそういう戦争だ」
油断大敵だがな、と言い添える。それを聞いた者たちはぽかーんとしていた。立場がなければ何言ってんだこいつ、と言いたげである。
茶化しているように見えるかもしれないが、これは紛れもない本心だ。史実の展開を知っているからというだけではない。知り得る限りの軍事戦術や戦略、戦争の展開について徹底的に検討して対露戦略を完成させた。この時代において日本が実現し得る最高のものだと自負している。その自信がロシアが相手だろうと揺るぎない意志を与えてくれた。
「まあそのうちわかる。それよりも今は旅順だ。そろそろ乃木が動くぞ」
今は七月下旬。乃木の第三軍は八月一日より第一回総攻撃を行うことになっていた。目標は要塞の西側にある二〇三高地。ここを攻略して旅順港内を観測射撃し、旅順艦隊を壊滅させる。まあ、今となってはそこまでする必要があるのかは疑問だが、同地で消耗戦を行う構想もあるので攻略する方針に変わりはない。
第三軍からの報告では砲兵隊の展開は完了。塹壕も高地の麓まで平行壕を掘り進めているそうだ。弾薬の備蓄も優先して手配したので十分で、あとは期日を待つばかり。
そして作戦開始日を迎える。早朝から二〇三高地に対する準備砲撃が開始されたらしい。ロシア軍も応射して凄まじい砲撃戦となっているとか。前線が喧騒に包まれるなか、総司令部がある大連も騒がしくなる。
「では行ってまいります」
「うん。今回は真の意味で君たちの初陣となる。世界が諸君らの働きに注目していると言っていい。――頼んだぞ」
「はっ!」
整然と並んだパイロットたちが敬礼。私も答礼した。
大連における騒ぎの源は飛行場。駐機場には第一飛行隊の稼働機すべて(三六機)が並び暖機運転を行なっている。旅順要塞への総攻撃に際して史上初の航空攻撃が実施されることになっていた。
空は無論のこと地上についても脅威はないに等しい。そのため全機が爆装している。今日は二回の攻撃が予定されており、一回目は後方にある要塞砲。二回目は突撃する歩兵を援護するため、高地にある機関銃などの火点を目標にしていた。
爆弾は海軍の五インチ砲弾を機体に括りつけたもの。航空機が実用化されて日が浅いために研究不足で、史実同様に既存の兵器を改造して作られた。アイデアはあったが実現するだけの余裕がなかった。榴弾とはいえ炸薬は三キロ程度。それでもピンポイントで投下できれば効果が見込めた。まあそれが難しいのだが、
「任せてください!」
とパイロットたちは訓練に励み、何と命中率九割を叩き出した。訓練とはいえ緩降下爆撃の即席爆弾でこれである。執念というのは恐ろしい。
訓示を終えたパイロットたちはエンジンが暖まった機体に搭乗。翼と胴体に描かれた日の丸と部隊章である八咫烏を背負い大空へ飛び立つ。
「頑張れよーッ!」
整備員たちは帽子を振って八咫烏たちを見送った。
――――――
前線では激しい砲撃戦となっていた。日本軍の砲兵隊は二〇三高地とその周辺にある陣地を砲撃。地上はともかく空に対する掩蔽なんて概念はない世界だ。何度となく行われた航空偵察によりあらゆる陣地が地図に記されている。そこを目掛けて極めて正確に砲撃を行う。
対するロシア軍は日本の砲兵陣地を攻撃。射程の関係で最もわかりやすい位置にあった七五ミリ砲の陣地が被害を受ける。普通なら砲台に対しても砲撃を行うはず。なのでロシア軍は陣地ばかり砲撃する日本軍を訝しんでいた。
「なぜ奴らは砲台を砲撃しないんだ?」
「アジア人は戦争のやり方も知らないらしい」
なんて軽口が砲台に詰める将兵の間で交わされていた。そんなとき、要塞上空に日本軍機が姿を見せる。
「おいおい、今日はまた凄い数だな」
今までは多くても二機程度だった。それが一気に三六機も来たのだから驚くのも無理はない。
来襲した日本機は上空をクルクルと旋回。暇なロシア兵は曲芸かと拍手を送っていた。程なくして四機程度の小さな編隊に分離。これもまた見事であり、飛行機に関して無知なロシア兵は喝采する。
四機編隊はやがて緩やかに高度を下げ始めた。ここに至り、ロシア側も異変に気づく。
「おいおい、なんかこっちに近づいてないか?」
勘がいい者は動きがおかしいと指摘。だが、これまで手を振って挨拶をすることもあり多くの兵士は警戒していなかった。
緩降下した飛行機は次々と爆弾を投下。ここでようやくヤバいことに気がつく。
「何か落としたぞ!」
だが航空攻撃なんて想定されていない。何をすべきかわからず、兵士たちは棒立ちだった。
投下された爆弾は極めて正確に照準されていた。砲台を直撃ないし至近弾となったものが全体の八割ほど。訓練ほどではないが合格点だろう。
着弾すると信管が作動して爆発。特に砲の付近に着弾したものは付近に置かれていた弾薬を誘爆させた。飛散した弾片や木片が周囲の人間を殺傷する。固定目標が相手なので一機一門。その多くが破壊され、要塞の火力は少し減少した。
「これがあるからか!」
聡い者は日本側が砲台を狙わなかった理由を理解する。航空攻撃があるから見逃していたのだ。
そしてこれを合図に重砲が砲台に照準を変えた。もちろん爆撃より格段に精度が落ちるが、それがかえって利点となる。復旧や救助にあたっていた者たちを襲ったからだ。投射量も爆撃の比ではなく、遮蔽物のない砲台は特に壊滅的な打撃を受けた。
「突撃ッ!」
ロシア軍が混乱する様を見た地上では歩兵が突撃を敢行した。例によって噴進弾の乱れ撃ちを合図に兵士たちは塹壕を飛び出す。機関銃と榴散弾を浴びつつも果敢に攻めて第一線陣地を奪取。なおも第二線陣地へ向けて攻撃を続けた。
一方、爆撃を終えた機体は補給のために飛び去る。大連の飛行場では熱烈な歓迎を受けた。よくやった! と誰もが称える。彼らの戦果は第三軍から総司令部に報告され、それが飛行場にも伝えられた。世界初の快挙にお祭り騒ぎ。だが地上に降り立ったパイロットたちはそれを適当にあしらいつつ、整備と補給を要求する。
「早く戦場に戻らないと」
そう言って喜ぶ整備員たちを急かす。ノリ悪いなと言いつつも仕事は仕事。機体を簡単にチェックし、問題ないと判断されれば給油と爆弾の装着が行われた。ただ、数機がエンジンに異常が見つかったことで再出撃不可と判定される。不足分は予備機を充てた。
整備員が作業している間にパイロットたちはブリーフィングを行う。今回は簡易的とはいえ地上部隊との連携が肝となる。そのための確認が念入りに行われた。
彼らが出撃を急ぐのは二〇三高地への突撃が始まっているからだ。機関銃の突撃破砕効果は将兵に周知されている。そこに身を晒す戦友を一刻も早く援護したいのは無理からぬことだ。
「突撃する兵士にとって砲弾以上に厄介なのが機関銃だ。これを可能な限り潰す」
現代なら無線で攻撃目標を指示できるが、そんなものを今の飛行機に積む余裕はない。したがってどこを攻撃するかはパイロットの判断に委ねられる。地上の兵士は眼前の機関銃が爆撃される幸運を祈るという雑な作戦だった。あるのとないのとでは大違いだが。
補給に伴う諸々の作業が終わるとパイロットたちは機体に飛び乗り再び大空へと舞い上がる。しばしのフライトを経て二〇三高地上空に到達。上空を旋回しながら地上を見ると、突撃する味方の姿が見えた。第一線陣地は攻略したものの、第二線陣地に苦戦しているようだ。
パイロットたちはハンドサインで意思疎通――するまでもなく通じ合っていた。味方の進撃を阻む銃座を潰してやる、と。慎重に目標を選んで降下を開始する。ロシア兵は迫りくる日本兵に夢中で空にはまったくの無関心。妨害を受けることなく爆弾を投下できたため、今回も高い命中率(七割ほど)を記録した。
外れたものもあったが明後日の方向へ着弾したわけではなく、銃座の近くには落ちている。周辺にいた人を殺傷していき、歩兵の進撃を阻んでいた弾幕は薄まった。
「今だ!」
地面に這いつくばって必死に弾を避けていた日本兵がチャンスと見て突っ込む。何名かが敵陣に踊り込むことに成功すると、陣内のロシア兵も応戦。さらに弾幕が薄くなり、日本兵が次々とやってくる。次第に支えられなくなったロシア側は撤退。
近接航空支援は二〇三高地の隣にある老虎溝山にも行われ、こちらも停滞した戦況を打開する強力な一手となった。残念ながら航空支援が得られなかった部隊も、擲弾筒から擲弾を撃ち込んで銃座を沈黙させるなどして前進。夕方になるまでに第十一師団は攻撃目標である二〇三高地と老虎溝山を攻略して見せた。
「第十一師団より報告。二〇三高地と老虎溝山の奪取に成功せり!」
「「「おおーっ」」」
第三軍司令部、次いで総司令部に報告が入る。反応は似たり寄ったりで感嘆と安堵が入り交じった落ち着いた歓声であった。
十一師団は敵の逆襲に備える。付近の砲台から妨害攻撃を受けつつも予備戦力の投入に、前線部隊への物資補給を行っているという。第三軍司令部を介して総司令部に対し、占領維持のため航空部隊による継続的な支援を要請してきた。
しばらくは面倒を見る場所が二〇三高地周辺に限られるのでこれを快諾。常に即応態勢をとらせておく。米軍ほどではないが、要請があれば三十分以内に爆弾をデリバリーできるだろう。
占領が安定すれば観測班を送り込み、観測射撃を以て港内の旅順艦隊に止めを刺す。確実に仕留めるために連合艦隊の戦艦から艦砲射撃をしてもらう。黄海海戦で損傷は受けているが軽微なため本土に送り返された艦はなく、簡単な整備をして舞い戻っていた。
港内への砲撃が始まれば、ロシア軍は高地の奪回に動く。そのとき、奇想天外な日本側の罠が発動することになる。
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