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山縣有朋は愛されたい  作者: 親交の日


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旅順港雷撃戦

 






 ――――――




 聖断が下り、日本はロシアと戦争状態に突入した。佐世保に集結していた連合艦隊は揃って出撃。そのうち第一、第二艦隊は旅順を目指した。


 第三艦隊の主力である鞍馬型巡洋艦四隻も同じように佐世保を出たものの、艦首を北へ向ける。同時刻、宇品から第五師団を乗せた輸送船団が出発しており、その護衛と上陸支援のためだった。関門海峡で合流すると仁川に向かう。同港には日本艦の阿武隈がいたが、軍事行動開始の知らせを領事館から受け取り出港。第三艦隊主力に合流した。


 港内を徒に刺激しないよう輸送船と必要最低限の護衛のみを入港させる。とはいえ師団単位の人員が上陸してくる様子に、仁川にいた各国の将兵は白目を剥いた。そんななか、第三艦隊司令長官の片岡七郎中将はロシア艦ワリヤーグと砲艦コレーエツに対して明日までに港を出るよう警告した。さもなくば港内で攻撃する、と。他国の船にもとばっちりを避けるために退避することを求めた。


 ロシア艦は警告を受けて抜錨。港外へ退避を始める……が、外には日本艦隊が待ち受けていた。


「露払いといこうか」


 片岡はそう言って砲撃を命じる。多勢に無勢であり、またロシア側は急なことで艦内に混乱があった。日本から滅多撃ちに遭う一方、ロシア側は命中弾すら出せないままに艦が大破。港に引き返した。


 満身創痍のワリヤーグは自沈。コレーエツは爆破された。最初はワリヤーグも爆破処分しようとしていたのだが、イギリスより周りに被害が出る可能性があるから止めろと言われ自沈に留めている。なお、ロシアの商船もこれに倣って自沈した。


 一方、旅順に向かった連合艦隊本隊は旅順の近くまで進出。司令長官の東郷平八郎中将は麾下の駆逐隊を分離した。彼らの目的は遼東半島にいるロシア艦隊に奇襲すること。五個駆逐隊が旅順、大連へと向かった。うち、大連の二個駆逐隊は空振りに終わったが、旅順に向かった三個駆逐隊は首尾よく敵艦に遭遇した。


「各艦、距離の維持に努めよ!」


 旅順夜襲組のうち、第五駆逐隊を率いる鈴木貫太郎中佐は何度もそう口にする。これに部下の兵士たちは揃って苦笑した。


「司令には散々扱かれましたから」


「今なら目隠ししても一糸乱れず動ける自信があります」


 鈴木は水雷艇の艇長として海軍軍人としてのキャリアをスタートさせた。生粋の水雷屋であり、その扱いについては一家言持っている。雷撃にあたっては高速で肉薄すべきだと考え、それを浸透させるために凄まじい訓練を施したので部下からは「鬼の貫太郎」略して「鬼貫」などと呼ばれていた。


 厳しい上官ではあったが、部下からは慕われている。鈴木の着任以来、第五駆逐隊の練度はメキメキと向上していた。今や海軍部内において練度一番と認識され、旅順奇襲においても第三駆逐隊を大連に回し、第五駆逐隊が旅順に投入されるに至っている。


 とはいえ、鈴木を司令にするのはいささか異例であった。鈴木の中佐昇進は去年の秋。日露関係が緊迫して臨戦体制を整えるなか、ドイツに駐在していた鈴木を駆逐隊の司令に据えるための昇進でもあった。本人は後輩よりも席次が下であることに不満であったが、山本権兵衛より「是非ともその知見を駆逐隊で発揮してもらいたい」と口説かれて受けた。席次のことは忘れることにしたようである。


 この人事は山本の肝煎りで実現したものだ。駆逐隊司令のひとりは鈴木以外にない、と。陸軍ほどではないが、海軍もかなり自由闊達な組織になっていた。各々のアイデアが上申されて上の目に留まる。鈴木の場合も水雷戦術に関する上申が山本の目に留まった。結果、昇進直後に隊司令を任されるという人事になったのである。


 山本は山縣に重用されたが、これと見込んだ人物を引き立てて任せるという手法に感銘を受けていた。それを彼なりに実践した結果が鈴木の抜擢であった。日露開戦劈頭、早速その効果が問われていた。


 旅順夜襲組は存在を隠すために灯火管制を敷いている。遠くから見つかりにくい赤色灯を用い、単縦陣を敷いて行動していた。そのときである。


「っ! 敵駆逐艦!」


 見張り員が哨戒中のロシア駆逐艦を発見した。バレないように駆逐隊は赤色灯すらも消灯。残る灯りといえば月光くらいのものである。


「いよいよですな……」


「うむ。っと、そうだ。鷹岡一等兵曹を呼んでこい。それと――」


「発射管の点検ですよね?」


「そうだ」


 鈴木の指示は夜戦に備えてのものだ。鷹岡一等兵曹は見張り員のひとり。ただ、夜戦に備えて起床時刻をズラし、なおかつ昼間は暗い部屋に閉じこもって暗闇に目を慣らしていた。


 鷹岡一等兵曹はベテランの見張り員で、名字に「鷹」と入っているので鳥類のタカと本名の五郎から「鷹目の五郎」なんてあだ名がついていた。恐ろしいイメージだが本人は至って温厚である。ただ悲しいかな、見張り員の常(ジッと物を見るので目つきが悪い)で初対面の人からは怖がられ、しばしば警察に悪党ではないかと取り調べを受けるなど不遇であった。


 そして発射管の点検は鈴木が口を酸っぱくして言っていることだ。これは彼が日清戦争に参加した際、部下が発射管の不調で魚雷が発射できなかったことを悔いて自決したことに起因している。


 自分が点検を指示するから、諸君らは何ら責任を感じる必要はない。


 自決した兵士は戦史に特記される活躍を見せるほどの人材で、そのような有為の人を失くすのは惜しいとこう言っていた。着任から三ヶ月と経っていないがこの信条は隊全体に行き渡り、日頃から――特に魚雷を使う前には念入りに――点検を行うことが染みついている。


「右舷から駆逐艦ッ!」


「敵か!?」


「いえ、味方の暁です!」


 敵かと身構えた空気が弛緩する。だが、続いてこのままでは衝突します! という声に別の意味で緊張が走った。


「艦長!」


「取舵!」


 鈴木の声に前後して艦長から取舵の命令が出る。駆逐艦の機敏性が発揮されて指示からほんの少し経てば艦首が左へ向く。飛び乗れそうな距離まで僚艦が接近するも衝突には至らなかった。


「どこを航行してるんだ馬鹿野郎ッ!」


「すまん!」


 鈴木の喝に詫びが入る。作戦後にも改めて謝られ、こういうことがないようにと鈴木は司令部に夜間航行の訓練を具申するのだがそれは別の話。


 辛くも衝突を回避した鈴木の乗る旗艦夕立。鈴木はすぐさま後続艦を確認する。


「大丈夫です、村雨以下三隻とも続いてます!」


 見張りの鷹岡からそんな声が返ってきた。アナログな目視での見張りだが馬鹿にはできない。初期ならば地形もあってレーダー装備の船よりも発見が早かったなんてこともある。


 第一、第二駆逐隊は無灯火航行に悪戦苦闘していたが、鈴木の第五駆逐隊は整然と隊列を維持していた。


 いよいよ各艦は旅順港内に突入する。一分が五分にも十分にも引き延ばされたような極度の緊張状態にあった。やがて、


「敵艦です! 左舷前方、敵戦艦!」


 やはり発見したのは鷹岡。よし、と鈴木は気合を入れる。


「先ず魚雷を発射する。命中してから発砲開始だ。……外すなよ?」


「任せてください!」


 頼もしい部下の声に頷き、鈴木は命令する。


「左舷魚雷戦用意! 目標、敵戦艦」


「発射準備よし!」


「撃てッ!」


 艦長が引き継ぎ、夜の海に魚雷が躍り出る。夕立以下の駆逐艦には右舷と左舷に単装の発射管が一基ずつ搭載されていた。夕立が撃ったのを見た後続艦もそれに続き、最初に目撃したロシア戦艦に四本の魚雷が放たれる。


「右舷の魚雷はどうしますか?」


「命中したら別目標に。しなければ止めに撃ち込む」


 鈴木は短く答えた。後は乗員一同、固唾を飲んで見守る。そんなとき、


「敵艦発砲!」


 鷹岡の声。それよりも早く閃光が乗員の目に映る。


「誰かが見つかったな……」


 鈴木が独り言ちる。だがその瞳には闘志が映っていた。他の乗員も同じである。


 港内は一気に慌ただしくなった。前後してサーチライトが灯り、港内をあちこち照らして回る。そのうちの一条が夕立の姿を照らし出した。


「第三戦速!」


 ここで鈴木は隊を増速させる。航跡が目立たないよう低速で行動してきたが、見つかったならばその限りではない。ただ狭い港内での動きとなることと、逃げるときの足を残すために最大戦速ではなく第三とした。


 増速したことでサーチライトから逃れる。盲打ちした砲弾が夕立が通った後に着弾して水柱を立てた。僚艦も発砲しているようだが鈴木は魚雷の命中を待つ。視線は目標とした敵戦艦に固定されていた。そして、


「命中!」


 敵戦艦の艦腹に水柱が上がる。きっちり四本。全弾命中だ。乗員たちは喝采を上げる。


「よし、各砲撃ち方始め!」


 夕立は同時代の駆逐艦と比べて大型かつ重武装であった。排水量は五百トン。主砲は三インチ速射砲が単装二門、艦橋の前後に配置されている。さらに艦中央部には四七ミリ機砲四門が配置されていた。これらがサーチライトを照射している船に対して手当たり次第に撃ちまくる。周りは基本敵なので誤射なんて気にしない。


「鷹岡! 大きい船は見えるか!?」


 戦闘の喧騒のなか、鈴木は大声で信頼する見張り員に訊ねる。大物はいないかと。戦艦に四本魚雷を当てたので攻撃としては十分。ゆえに別目標を物色していた。鷹岡も声を張り上げて、


「左艦首、敵戦艦ッ!」


 と答える。艦長も心得たもので、鈴木が目標を指示する前に目標を件の敵戦艦とし、右舷魚雷戦用意と下令した。


「司令。転舵が必要となりますが、その後は如何いたしますか?」


「魚雷を撃ち尽くしたならば我々にできることはない。離脱する。ただし艦長。魚雷は――」


「なるべく接近して発射、ですな? わかっております。敵の顔が見れるまで近づいてやりましょう」


 夕立艦長も生粋の水雷屋だった。ギリギリまで接近して必殺の一撃を見舞ってやろうという心意気に溢れている。ある種、駆逐艦乗りの性といえた。


 ロシア艦隊は混乱していたがまだ理性が残っているらしい。周りは敵だと闇雲に撃つのではなく、サーチライトで艦影が映るとそちらに射撃している。夕立も何度かサーチライトに照らされ、その度に砲撃を受けていた。小さな船体は水柱が上がる度に翻弄される。そのとき、これまでとは違った衝撃と爆発が夕立艦上で起きた。


「被弾!」


 敵弾が命中したようだ。別の意味で艦が騒がしくなる。


「幸い、小さいのを貰ったようだな」


「デカいのなら一発で中破は確定ですからね」


 鈴木の言葉に、艦長は被害対策を指揮しながら応える。火災も起きておらず死者もなし。ただ、被弾に際しての弾片や破片で負傷者が出ていた。彼らを元気な者が肩を貸すなり担架なりで艦内に収容する。


 被害を受けつつも夕立は目標とした敵戦艦に接近。直前で回頭しつつ、最低限の距離を保って魚雷を発射した。後続艦もそれに倣う。またしても敵艦の土手っ腹に水柱が四本立つ。艦内の士気はますます上がった。


「よし、とんずらだ! 最大戦速! 撃ち方止め。敵に位置を知らせてやることはない」


「はっ。最大戦速! 撃ち方止めッ!」


 暗闇に発砲炎は目立つ。サーチライトに照らされずとも己の位置を暴露することになる。鈴木はそれを嫌い離脱に際しては発砲を禁じた。


 第五駆逐隊は全速離脱。全艦無事に脱出した。各艦とも数発ほど被弾しており負傷者も出ていたが死者はなし。魚雷を八本撃って全弾命中したのだから大戦果といえた。


 夜が明けると連合艦隊の主力が出張って旅順に接近。艦砲射撃を行い出てこいと挑発する。だがロシア艦隊はこれに乗らなかった。夜襲による混乱でそれどころではなかったのである。連合艦隊は一時間ほど粘ったが、ロシア艦隊に動きがなかったので監視を残して引き上げた。


 今後の作戦を練るためにひとまず今回の襲撃による戦果の集計が行われる。鈴木は大型艦二隻撃破と報告し、連合艦隊司令部を驚かせた。他の駆逐隊も三隻に魚雷を命中させ、見かけた船に砲撃をしたらしい。もっとも十六発撃って三隻しかやれてないのはいささか寂しい気もする。相対的に第五駆逐隊の株が上がることとなった。


「とはいえ戦場でのことですからよく確認せねばなりません」


 ただ、司令部はあくまでも冷静だった。参謀の秋山真之はそう言って戦果確認をすべきと主張する。


「もっともな意見だがどうするんだ? 旅順に乗りつけてロシアに『お宅の船はどれだけやられましたか?』と訊くのか?」


 少し戯けた調子で茶化すのは同じく参謀の有馬良橘。その言い方に出席者からは笑いが漏れる。言われた秋山はムッとした様子だったが、すぐに違いますと言った。


「そんなことをしなくとも我々には便利なものがあるじゃないですか」


「そんなものあるか?」


「飛行機ですよ」


 海軍も飛行機を持っている。陸軍が養成していたパイロットを懇願の末、いくらか転属させてもらっていた。そいつを旅順上空に飛ばして戦果確認に使おうというのだ。航空偵察のアイデアは既に陸軍が散々に擦っており、何ら目新しいものではなかった。ただこれには重大な問題がある。


「どこから飛ばすつもりだ?」


 そう、発進地をどこにするのか。海軍が運用する飛行艇は偵察と哨戒が専らの任務とされており、陸軍のそれと比べて航続距離が長いことが特徴である。とはいえ最も近いところ――朝鮮半島から飛んでも帰ってくることはできない。一機も高価なので使い捨てにするわけにもいかなかった。


 しかし秋山はそこで思考を止めることなく柔軟な発想で問題をクリアする。彼は言った。


「ならば大連を占領してそこから飛ばしましょう」


 と。参謀たちはそんなことはできないと言ったが、秋山は恒久的な占領ではなく一時的なものならば可能だと反論した。飛行機が飛んで帰ってくるまでの数時間占領していればいい。それくらいなら陸戦隊で事足りる、と。


 さらに肝心の飛行艇はどこから持ってくるんだという問いには、飛龍丸を使うと答えた。飛龍丸とは水上機を搭載し、クレーンを使って上げ下ろしができる初歩的な水上機母艦だ。実験艦として倉屋が建造(既存の商船を改造)していたものを海軍が徴用していた。朝鮮半島での作戦展開に使えるかもと第五師団を運ぶ輸送船団に随行させていたが、それを使おうというのである。


「面白い、やってみよう」


 東郷はこれを承認し、仁川から飛龍丸を呼び寄せると護衛をつけて大連へと送り込んだ。護衛艦の陸戦隊が大連を一時占領。その間に飛龍丸は搭載する水上機を発進させた。偵察が終わるとすぐさま帰ってきて水上機を収容。用事が済むと日本軍は大連から引き上げた。現地の清国人やロシア人は何しに来たんだ? と日本軍の行動を訝しんだとか。


 外部から見ればよくわからないが、日本側の目的は果たされていた。航空偵察はばっちり。その結果、外港で擱座した戦艦二隻が確認された。後にこれらは戦艦ツェサーレヴィチとレトヴィザンであることが判明する。四本もの魚雷を受けてダメコンが間に合わず擱座したのだ。なお、両艦は奇しくも旅順艦隊が誇る十二インチ砲搭載艦であり、鈴木の戦功がさらに加算されるのだがそれは別の話。










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また、下の☆☆☆☆☆から、作品への評価もお願いいたします。面白ければ☆5つ、面白くなければ☆1つ。正直な感想で構いません。


何卒よろしくお願いいたします。




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― 新着の感想 ―
飛行機を使用した偵察はこの時代において画期的なことなので戦後は飛行機が各国で重要視され、相対的に飛行機やその使い方をつくった山縣の国際的な評価も上がりそうですね。
更新お疲れ様です。 旅順港襲撃は史実より成功、あとは上陸支援のためにちょっかいかけるくらいとして、難易度ルナティックな閉塞船はどうなるのか あと兵器や組織は大きく変わっているけど、人材は過労死枠除くと…
空母飛龍の戦い in 1904かな?
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