高輪会議
――――――
御前会議で開戦をも織り込んだ対露方針が確定した。元老は会議の後、天皇から直々に「よろしく」と言われる。私たちは精一杯努力します、と約束した。天皇はもう一度「頼むぞ」と言うと奥へと引っ込む。
では解散、と誰かが言ったわけでもないがそういう空気になる。そこへ大久保が声をかけた。
「此度の一件は国の一大事と陛下から仰せつけられた。これから各々で動かれる前に決起会を催したいと思うがいかがか?」
勧誘だが大先輩の大久保の誘いだ。断る馬鹿はいない。翌日、高輪の大久保邸に元老が大集合する。帝国ホテルから料理人を呼んで料理を作らせているとか。ただそれは後のお楽しみ。まずは本題を済ませる。
「山縣さん。此度の要は何と言っても貴方がた軍だ。改めて問うが見込みは?」
「戦力的にはほとんど問題ありません」
対露戦に備えた軍備はほぼ整っている。戦時体制への移行までに必要な物資の備蓄もなされていた。作戦計画もあり、諜報網から上がってくる情報を元に概ね月一ペースで修正して最適と思われる状態をキープしている。
問題は計画をその通りに実行できるかどうかだが、こればかりはやってみないとわからない。差し当たっては開戦劈頭、陸軍部隊を大陸へ送り込むための制海権を確保できるか。すなわちロシア艦隊をよくて撃滅、悪くても封じ込められるかが鍵となる。
「緒戦の構想をお話ししますと――」
海軍は連合艦隊を結成しXデーを待つ。タイミングは旅順にロシア艦隊が入ったときだ。情報を得ると第一、第二艦隊(佐世保待機)は旅順方面へ向かい旅順艦隊を押さえ込む。第三艦隊は主力となる鞍馬型装甲巡洋艦と司令部は佐世保に、その他は各地の鎮守府などの基地にあって有事となれば哨戒と船団護衛に従事する。
陸軍で先陣を切るのは広島の第五師団。西部方面隊の第四、第十師団(大阪、姫路)が後続して第一軍を成す。第一軍の当初目的は朝鮮半島に展開するロシア軍の排除。実力で同地における優位を確保する。
「なるほど」
「山縣さん。その船団護衛というのは?」
「戦争の帰趨を決める要素のひとつにロシア艦隊があります。旅順にいるものに注目が集まりますが、真に恐るべきはウラジオストクにいる艦隊です」
「しかし、浦塩の艦隊は巡洋艦三隻でしょう。第三艦隊を充てれば十分なのでは?」
たしかに数の上では同格の艦(鞍馬型)が四隻いる第三艦隊が有利。そのために第二艦隊に配備予定だった四隻を第三艦隊に組み入れたのだ。だが数的優位が必ずしも有利不利に帰結するわけではない。
「それは面と向かって戦う――すなわち決戦を行う場合ですね」
戦には正攻法と奇策とがある。ウラジオ艦隊は圧倒的劣勢であるから奇策をとると判断した。
「その奇策――名づけるなら通商破壊です」
輸送船舶を撃沈あるいは拿捕することで敵の物資輸送を阻害する戦法である。古くはイギリスがスペインに対して行った戦法だ。ロシアもそれをやってくる可能性があると告げると、元老たちは強く反応する。
「そんなことになれば帝国は……」
「干上がりますね」
まあ第二次世界大戦で日本がアメリカにやられたような徹底的なことはできない。脅威度は高いが巡洋艦三隻。できることには限界があるし。
とはいっても敵の跳梁跋扈は脅威。財界に関係の深い井上や、財政を託された松方などはどうするんだという目を向けてくる。捕捉撃滅できれば万々歳だが索敵するのが難しい。
普通に艦船で捜索する場合は圧倒的なコマ不足。第三艦隊には哨戒任務用に仮装巡洋艦(輸送船に武装を取りつけたもの)も編入予定だ。これら哨戒用の艦艇には三六式無線機の配備で押し出された三四式無線機を搭載する予定。
ただ、そのほとんどは船足が遅く下手をしたら使い捨てになる。貧乏国家日本であるから代わりはいくらでもある、というわけにはいかない。航空機もあるが視界外に出た途端に機上での通信手段がなくなるなど制約があった。固定目標以外にはあまり向かない。
なかなか難しい課題だが、一応の対策は考えてある。
「これを防ぐべく、敵の活動範囲を限定するようにします」
幸いというべきか、ロシアが根拠地とするウラジオストクは日本海に面している。日本海は対馬、津軽、宗谷、間宮という四つの海峡を経て太平洋にアクセスすることになるが、ここを封鎖できればウラジオ艦隊の行動範囲を日本海に局限することができた。
このとき重要になってくるのが樺太だ。島の南北に宗谷海峡と間宮海峡がある。こちらから日本海への出入りを監視するにあたって北海道(宗谷、津軽海峡)と並ぶ要衝だった。よってここを早期に占領したいが、冬場は流氷があり船の航行が難しいので春を待って進出する。
また、北陸以西に物を運ぶ場合、不経済ではあるが太平洋周りの迂回ルートや鉄道輸送へ切り替えることも推奨。どうしてもという船があれば汽船なら二線級の巡洋艦、それ以外なら駆逐艦以下の艦艇が護衛につく。もちろん一隻ずつ手当てしていたのではキリがないので船団を組んでの移動となる。
「日本海が危険であることに変わりないぞ?」
「戦をしているのである程度は仕方がないです。ただ軍としては早期にウラジオ艦隊を捕捉、撃破したいと思っています」
樺太作戦の実施や船団の情報を上手いことロシア側に漏らせば敵艦隊を誘引する餌にもできるはずだ。各地の港には海軍航空隊を進出させて哨戒飛行させる計画もある。通信手段はないものの、ここにいたという情報だけでも艦隊をどこに置いておくかを決める助けになるからだ。
ちなみにこれらの飛行機は所属する基地に帰るのではなく、基地ならどこでも寄って補給が受けられるドイツ式に運用する。哨戒に振り向けられる飛行機はわずかで、それをやりくりするにはこうするしかない。それに初期段階のためかなりデリケートで、運用は天候にかなり左右される。飛行中もヤバいと思ったら引き返すようにさせているのでこういう運用になった。
こうしてウラジオ艦隊を日本海に、旅順艦隊を旅順に封じ込めた上で、安全な太平洋ルートから大陸に軍を送り込む。その先は遼東半島。派遣されるのは九州と四国を管轄する南部方面隊。これで第二軍を形成する。
第二軍の目的は旅順半島の分断。旅順要塞のロシア軍を抑え込みつつ同地における拠点を構築することだ。その後、東部方面隊の師団が送られてくるのでこれらを敵情に応じて振り分ける形で再編成して第二軍と第三軍を編成する。前者は北上して第一軍との合流を目指し、後者は南下して旅順要塞の攻略を目指す。
史実では当初、旅順要塞は攻略せず放置する方針だった。陸軍的には一部隊を半島南部に置いておけばロシア軍を抑え込めると考えていたのである。ところが海軍が旅順艦隊の封じ込めに失敗。さらにはバルチック艦隊が来るという話になって攻略の必要性が生じた。面倒なのは「手出し不要」と大見得切っていた海軍の面子もあって、要塞攻略は陸軍が勝手にやったこと、という処理をしたことだ。急に浮上したタスクゆえにいかんせん準備不足。その後、乃木の第三軍が要塞攻略に悪戦苦闘したことは語るまでもないだろう。
官僚制によるセクショナリズムが悪い方向に働いた事例だが現世では違う。陸海軍はあるものの上は統合されており、養成期間も一年ながら共通の課程が設けられている。結果として多少なりとも身内意識を植えつけることになり、困ったときには正直に話すという組織文化が生まれていた。さらに私が要塞攻略に熱心だったこともあり、旅順要塞については陸海軍が合同で攻略にあたることになった。
「近衛師団と北部方面隊はどうするんだ?」
「前線に出します。ただ国内の師団がいなくなるのと、樺太作戦には北部方面隊から臨時編成した部隊を投入するので派遣は遅らせますが」
戦域も狭いのであまり大軍を送っても意味がない。満州に出て戦線が広がったところで第四軍が編成される予定だ。
「承知した。後は軍の奮戦に期待しよう」
続いて財政。こちらは松方と井上の領分だ。二人は内国債を基本としていると説明したが、私はそれでは足りないと言った。
「開戦となれば帝国の全身全霊をかけた大戦となります。単純に動員する師団数でも前回の倍。艦隊に至っては倍でも足りないくらいです」
「軍はどれほどの戦費を見込んでいるのか?」
「概算ですが、およそ二十億円です」
「「なっ!?」」
国家予算の五倍にもなる要求。二人だけでなく同席していた政治畑の元老たちは大なり小なり驚きを露わにする。日清戦争でも三倍ほどの戦費を要したが、今回はそれ以上であった。
動員する人間の増加、北は樺太から南は台湾、そして大陸にわたる広大な戦域、要求される物資の生産など、戦費が膨らむ要因は数多ある。装備や弾薬の調達にあたっては費用削減に努めたものの限界があった。それらをざっくりとだが理由を示してこうなったと説明する。
この想定は史実通り、日本軍がおよそ一年半かけて奉天に到達するものと仮定したときの話だ。当初、軍部の計画は一年ほどとかなり楽天的なものだったので、ロシアはそう甘くないぞと修正させた。
むむむ、と唸る財務畑の二人。やがて、
「山縣さんは以前から費用節減に熱心だった。貴方がそう仰るならば何とかして見せましょう」
「よろしく頼みます」
金がなければ戦えない。軍の燃料ともいえる金を調達してくる彼らに恃むところ大である。もちろん軍として協力できることはやるつもりだ。外国債を募集するにあたって早めに戦果を出すとか、その宣伝をするとか。戦争を始めたらこっちのものだが、だからといって好き放題はできなかった。
以後も懸案事項などが元老たちの間で話し合われ、大体の方針が共有される。実施するのは桂たち内閣の人間で、あちらもあちらで考えはあるだろうから擦り合わせの過程で更なる変更もあるだろうけど。
そしてやることが終わってお待ちかねの食事。真面目な話が終わったので砕けた空気が漂っている。
「ところで山縣さんは開戦となれば戦場へ行かれるのか?」
「そのつもりでいます」
派兵計画はあるが、司令部の人事はほぼ白紙だ。方面隊司令部をそのまま使う手もあるが、薩長の派閥均衡人事に調整する可能性が高いだろう。現地軍の作戦指導については大本営からという手もあるが、一々本土まで指示を仰いでいたら目まぐるしく変わる戦場には対応できない。なので各軍の上に総司令部を設ける計画だ。その司令官候補は二人。私か大山か。これを決めてから下の人事を決める。
史実通りならば大山が総司令官で、私が参謀総長に収まるところ。だが私は史実から編制を変え、装備を変えた。あらゆるところに介入しており、その真価が問われる戦争を本土から傍観しているのはあり得ない。結果がどうなろうと改変した責任はとるべきだ。
「小助、戦地へ行くのか?」
「ああ」
日清戦争のときに本土に呼び戻されて文句を言っているので陛下も文句は言わないだろう。しかしどうも俊輔は反対らしい。
「国家の一大事。桂くんと原くんと話をできる小助がいないと困るぞ」
「井上さんがいるだろうに」
桂は私に加え、財政規律を掲げていることから井上にも接近していた。井上は原を重用した過去もある。最近は財政政策の違いなどから少し関係がぎくしゃくしているようだが話ができないわけではない。本人同士でもチャンネルはあるし、私がいなくともその辺のコミュニケーションはちゃんととれる状態だ。属人性を極力排除してきた結果だと自負している。
俊輔は食い下がっていたが、この件に関しては大久保が肩を持ってくれた。曰く、かつては薩摩武士。武人として志半ばで離任する口惜しさはわかる、と。そう言われては俊輔も引き下がるしかなかった。
会議で決まったことは天皇にも報告。よろしい、と了解を得た。軍部でも私が総司令官ということに決まり、内々にこれを基礎とした人事が検討される。私の隷下に入る者たちなので、派閥も考慮しつつ人選が進められた。
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