破竹の勢い
――――――
高杉が戻ってきたことで、諸隊の士気はまさしく天を突かんまでに上がった。これがカリスマというものか、と私は圧倒される。
「高杉さん……」
「山縣。よくやったな」
褒められて力が抜けた。へたり込みはしなかったが、気持ち的にはかなり楽になる。
高杉に言われて自分で何かをやってみようと思った。意見を通すため、自らの思い描く未来を実現するには力がいる。それを手に入れるために、自分から行動しようと。
彼の後援もあって奇兵隊の軍監となり、赤禰に代わって部隊の実権を握る。背後に高杉の影を見ていた者も多かっただろうが、下関戦争を経ると私に付き従う者も増えてきた。高杉には及ばないものの、多少のカリスマ性は身についたのだろう。
とはいえ、中身が一般庶民である私にとっては重い負担であった。自らの選択次第で付き従う者たちの未来も変わるのだ。プレッシャーは半端ない。鎮静部隊を前にしてからは本当に胃が痛かった。
「そういえば赤禰さんは?」
形式的な要素が強いとはいえ、奇兵隊の隊長は赤禰である。しばらくは軍監として裏方に回ろう――そう思っていたのだが、高杉からは意外な結果を教えられた。
「失踪!?」
「ふん。あの腰抜けは伊藤を訪ねて藩への帰順を説いていたよ。嫌味を込めてな」
融和路線に傾倒した赤禰だったが、総本山ともいえる高杉たちの下でも大演説をぶつけたようだ。しかも、話のなかで散々にリーダーの高杉を批判したのだそう。これに怒り狂った諸隊の隊士は赤禰の探索を始めた。見つけ出してリンチしようとしていたのだろう。危険を察知した赤禰は逃走して行方知れずとなったそうだ。
つまり……
「だから奇兵隊はお前に任せる」
ポン、といい笑顔で肩を叩かれた。そういうことらしい。……また胃が痛くなってきた。
「そういえば俊輔(伊藤博文)は?」
「馬関に残っている隊士の世話をしている」
要するに居残りのようだ。ちなみに後日、五卿が九州へ行くのを俊輔が阻止しなかったことで、高杉の機嫌は悪くなった。別行動していたので後で愚痴られただけだったのは幸いである。
閑話休題。
高杉の合流を歓迎した私たちはすぐさま幹部による会議を開く。今後の方針を決めるためだ。そして、その席で音頭をとったのはやはりというべきか、合流したばかりの高杉だった。
「先ほどの戦いは見事だった。この機を逃す手はない。すぐに追撃をかけよう」
彼はその席で鎮静部隊の追撃を提案する。
「「「おおっ!」」」
幹部たちからはどよめきが上がった。その多くは肯定的なものだ。
「まさしく好機!」
「一気に打ち払ってくれる」
「鎮静部隊、何するものぞ!」
幹部たちは口々に言って士気を上げる。高杉の言葉ひとつで人が動いていた。しかし、カリスマ性のある人にはいそうですかと従うのが正しいとは限らない。私は臆すことなく待ったをかけた。
「我らは寡兵。徒に仕掛けるのは愚策かと」
と言うが、賛同は得られない。幹部たちからは、下関で夷狄に勇ましく立ち向かった山縣殿らしくない、などと言われた。高杉からも、
「寡兵だからこそ追撃をかけ、奇策を以て敵を制するのだ」
と言い返される。結果、多数の支持を集めた高杉の案に従い、撤退していった鎮静部隊の陣地へ夜襲をしかけることになった。
高杉は遊撃隊を率いて街道を、私は奇兵隊と御盾隊を率いて間道を進撃する。そして十六日の夜、
「かかれ!」
「突撃!」
鎮静部隊が屯していた赤村という場所を夜陰に紛れて襲撃。思わぬ奇襲を受けた敵は潰乱し、這々の体で逃げていった。
「敵は明木へ逃れました。本隊と合流するものと思われます」
偵察に出ていた者が報告を上げる。これを聞いた高杉は、
「追撃するぞ。次は本隊だ!」
と言った。勝った勢いそのままにというのは理想的だが、やはりここで私は待ったをかける。
「この前からの連戦で隊は疲れています。対する相手は未だ戦っておらず、意気軒昂。ここは一度休むべきかと」
精神論がまったくダメというつもりはないが、万能というわけでもない。きちんとした休養は大切だ。といっても、このままであれば前のように押し切られてしまう。だから私はこう言う。
「もしどうしても戦うというのなら、私が先鋒を務めましょう」
もちろん、真面目にやる気はない。何かと理由をつけて進軍を遅らせるつもりだ。「宰相殿の空弁当」作戦である。
今度は絶対に譲らない、という気合を感じたのか高杉は瞑目した後、
「わかった」
と進撃停止に同意した。それから、隊員たちに本格的な休息をとらせようということになり、それならばと山口へ向かった。かの地は井上をトップとする鴻城軍が編成されている。休息のみならず、仲間と合流するという意味でもうってつけの場所だった。
「高杉さん、山縣さん。相談があるのだが……」
合流したその日に井上が私たちの許を訪ねてきた。来訪の目的はもしもの場合の対応策について。
「もし、もしもだ。もし、俗論派が藩主を奉じて鎮圧に来た場合、自分は馬上でこの度の不始末を詫びて切腹しようと思うがどうか?」
この質問に、私たちは揃って呆れ顔をした。たしかに藩主に出てこられると厄介だが、そんなことを考えていたら反乱同然の行為などできない。彼の問いは何を今さら、というものだった。
「井上さん。私たちはこれこそが義である――そう思って起ったのです。誰が来ようがやることは変わらない。それでももし、藩主を奉じる敵が気がかりならば、私たちも洞春公(毛利元就)の霊牌を奉じることとしましょう」
藩主のさらに御先祖様が味方ならば文句あるまい、というなかなかの暴論である。だが、それくらいの気持ちでないとやってられない。もっと凄いのは高杉で、
「ことここに至って戦とは関係ない議論をするのは大馬鹿者だ」
とバッサリ切り捨てた。その上で、
「もし藩主が出てきたならば、周りの兵を打ち倒してこちらへ迎え入れればいい」
などと脳筋な答えを出している。しかし、なぜか井上はそれにハッとした顔となり、
「それもそうですね」
納得してしまう。馬鹿しかいないのかここは。
首脳陣は新たに加わった井上も含め、こうなったら徹底的にやるという決意を固める。そして一般の隊員も自信を深めていた。
「この荷は馬関へ届けるのですね」
「ああ。よろしく頼む」
「こちらをお使いください」
「おおっ。ありがたい」
「我々も加えてください!」
「もちろん大歓迎だ」
馬関や山口などの住民は諸隊に対して極めて好意的で、積極的に支援してくれた。物資輸送のための人夫に無償で志願し、地主や商人など金がある人は金銭や兵糧を寄付してくれる。さらに、諸隊へ入隊を希望する者も殺到するという具合であった。
「ここは思い切って高杉さんを擁して独自の評定所を作ろうではないか」
そんな声が上がり、あれよあれよという間に会議所が設置される。山口に高杉を首班とする独自政府が出来上がるような格好になった。
諸隊は戦えば連戦連勝。さらに住民の支持も受けている。戦乱の下で人間は勝ち馬に乗りたがるもので、今まで俗論派に属していた各地の代官は挙って正義派へと鞍替えした。残るは萩のみとなり、形勢は一気に正義派へと傾いたのであった。
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