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新(珍)発明

 






 ――――――




 日清戦争から数年が経ち、戦争の後処理も済んだ。ひと段落したところで振り返りをしようとなり、戦史の編纂が進んでいる。文書化には時間を要するが、とりあえず陸軍は以下の戦訓を導いた。


 補給大事(生産面も含めて体制強化)


 機関銃を備えた敵陣地攻略法を編み出す


 大きなところはこの二点であり、陸軍部内で盛んに研究されている。史実の日本は清国やロシアという強大すぎる相手にどう戦うか、川上や田村怡与造など優秀な人材に丸投げしていた。いい点でもあるがとんでもない労力であり、全ての生命力をそこに注ぎ込んだかのように川上は日清戦後、田村は日露戦争前、児玉源太郎は日露戦後に死亡している。


 ただ、現世は私が彼らをブレーンとして使うことで消耗を抑制。そのおかげか最も寿命が近いはずの川上は元気に仕事に邁進している。将来は高級将校が夢のドリームチームになるかもしれない。


 閑話休題。


 参謀本部などでは川上たちが盛んに研究しており、それらの有効性を滝ヶ原の部隊が確かめている。現代の富士教導団よろしく他所なら中堅以上のベテラン揃いであり、彼らが有効性を検証して上へフィードバック。効果的か否かを判断するとともに、アイデアをブラッシュアップしていた。こうして育った人材が人事異動で各部隊に散ってノウハウを共有していくのだ。


 補給については別に組織があり、各方面隊に鉄道敷設隊(史実の鉄道連隊のようなもの)を設置して戦地でのインフラ建設を担うことになっている。普段は訓練の傍らで各地の鉄道建設に従事したり、運転士を企業に貸し出したりしていた。無償ではなく有償だが企業からはとても喜ばれている。こうやって僅かばかりではあるが金を生み出していた。少しは軍拡の足しにもなる。


 ところでこの鉄道敷設隊であるが、兵士には人気で配属となると大喜びされていた。理由は運転士になれば就職に困らないから。鉄路は国の援助を受けつつもの凄い勢いで伸びており、太平洋側の幹線(青森-仙台-東京-名古屋-大阪-広島-下関)は開通。海を挟んで北海道は函館-小樽-札幌-旭川、九州は門司-博多-熊本が完成しており、交通の大動脈は一応の完成を見ている。


 これに伴って鉄道事業に従事する人間の需要も拡大しているが、運転技術という特級の技能を持った人間は重宝されるのは想像に難くない。実際、軍も鉄道事業者とのパイプは持っているし、現役期間を終えた者を紹介することにもなっている。各社からは是非自分のところへ、と熱烈なアピールが行われていた。


 一般に徴兵は嫌がられるが、鉄道敷設隊に入って選抜を潜り抜ければ鉄道会社に就職できる、みたいな宣伝をしたおかげで同調圧力のみに依らない前向きな者も増えている。それでなくとも運転士はほぼ後方任務なので危険が少ないという理由もあった。その分、名誉も伴わないわけだが詳しい話は割愛する。


 そんな棲み分けもあり、富士演習場で有効性を検討するのは主に戦術面である。まず機関銃を多用した防御陣地を想定し、これに効果的な打撃を与える方法を模索していた。今日はその成果を披露してくれることになっている。まあ立見が道楽将軍というあだ名を奉られるだけあって注目度はかなり低いのだが。


「まず想定陣地の説明から」


 観覧席(?)に案内されるとそこには大きな机がドンとあり、その上に陣地の描かれた図面が置かれていた。棒で指し示しながら解説されていく。


 武器の配置は歩兵が籠もる塹壕に機関銃の銃座がポツポツと。後方には砲兵陣地があるという想定だ(実際には造営されていない)。


「なかなか硬そうだな」


「はい。防御想定では部隊に全滅判定が出ました」


 日本軍は五割ほどの損耗を全滅判定の基準としていたが、諸々の実験の結果から推計すると部隊がその値に達すると判断された。もちろんそれは何の援護もなしに突撃を敢行した場合の想定である。そんな大損害をどう軽減するか、というのが関係者の関心事となっていた。


 今から行われるのは歩兵突撃を援護する火力支援のデモ。先ほどの陣地を攻撃するものとし、そこに砲弾の雨を降らせるのだ。陣地内にはカカシや模擬兵器が置かれており、損壊具合を見てどれくらいの有効性があるのかを判断する。


「はじめてくれ」


「はっ。『こちら司令部。射撃を開始せよ』」


 私が促すと通信手が電話をとって離れた陣地に連絡をとった。それからしばらく経つとゴゴゴ……と大気を切り裂く音がする。ややあって標的である陣地周辺に砲弾が降り注いだ。


「おー。なかなか正確だな」


「訓練の賜物です」


 双眼鏡で着弾の様子を眺め、爆裂音がひと段落したところで砲撃の技量を褒める。隊長の田村は誇らし気にそう返した。部隊指揮官として自部隊の練度を褒められるのは嬉しいよね。


 その後も断続的に砲弾が降り注ぐ。壮観だな〜と双眼鏡越しに眺めていたのだが、しばらく経ってから怒涛の着弾があった。


「うおっ!?」


 突然のことで驚くが仕方ないと思う。これまでの砲撃が小雨だとすれば、今回のこれはゲリラ豪雨。ドドドッ! と凄まじい勢いで爆裂音がしたのだ。びっくりしてしまう。


 特徴的なのはもうひとつ。音だ。これまでは聞き慣れた(?)砲弾が大気を切り裂くゴゴゴ……という音だったのが、ブォーンという珍妙な音に変わっていた。


「凄いな。だがこれ、砲弾ではないな?」


「さすが閣下。ご慧眼です」


 そう煽てられるがわかりやすすぎてあまり嬉しくない。とはいえ正体は気になる。何なのか訊いてもはぐらかされた。後で見せてくれるらしい。楽しみである。


 デモ射撃は五分程度とさほど長くはない。貧乏世帯なので実戦に近い実弾射撃は滅多にできないのだ。圧縮された結果を引き延ばして効果を推定するのである。


 色々と結果を述べていたがはいはいと流す。そんなことよりも猛烈な弾幕を張った新兵器のことが知りたい。欲が抑えられてなかったのか、そんな私を周りが困った様子で見ていた。


「詳細については報告書を作成しますので、閣下にも目を通して頂きたく」


「ああ。よろしく頼む」


 機密ではあるがこの手の文書は軍務省や参謀本部を介して届けられている。そのルートで共有することになった。


「それでは砲兵陣地にご案内します」


「うむ」


 鷹揚に頷くがいつもよりちょっと急ぎ足。ただ距離があるということで自動車に乗って行くことになった。また尻を痛めつつ演習場を走ること数分。火砲がズラリと並ぶ陣地にやって来た。


「……軽砲ばかりだな」


「はい。研究の結果、火力支援においては軽砲のみで十分との結論に至りました」


 ただしここでいう「軽砲」にカテゴリされるものは通常のそれよりも多い。七五ミリ野砲は無論だが、それ以外にも新開発の兵器がここにカテゴライズされていた。


 そのひとつが擲弾筒。史実の八九式重擲弾筒に似たもので、実態としては軽迫撃砲に近い。史実の日露戦争でも応急的なものが開発されたが、現世では研究を重ねるなかで編み出されていた。三十一年式擲弾筒と呼称されている。


 いくら砲撃を叩き込んでも、それのみで敵陣を完全に潰すことはできない。これは秋季演習における射撃結果などを元にして明らかになっている。現代で人類最強兵器の核を使っても塹壕にいる歩兵はある程度生き残ると推定されているのだ。況や砲撃をや、である。


 だが、だから無理とは言ってられない。そうして知恵を絞った結果、邪魔な標的を確実に潰す手段として擲弾を使うことにした。持ち運び可能であるからどうにか接近して目標に擲弾を叩き込むというわけだ。


 普通に使用した場合、曲射弾道を描くので弾は頭上から降ってくる。だから塹壕内から撃って敵の塹壕の中へ着弾させるなんて芸当も可能だ。まあ相応に難しいのだけれど。そんな装備を現代でいう分隊支援火器として一分隊につき一門を配る計画だ。


「そして今回、新たに投入したのがこちらです」


「……鉄棒の束?」


 素直な感想が漏れる。田村が指し示したのは文字通り鉄棒の束であった。何だこれと思っていると、


「我々はこれを噴進弾と呼んでおります」


 と言われて合点がいった。ロケット弾というわけだ。


「なるほど、弾がこいつに沿って飛び出て行くのか」


「ご明察です」


「噴進弾は単純に申しますと矢を大きくして鏃に信管をつけ箆に炸薬を詰め、矢羽の辺りに推進薬を仕込めば出来上がります。このように構造が単純ですから安価に量産できます」


「ほう」


 安いというのはコストの問題が常につきまとう軍にとって朗報だ。ただし欠点もあり、とにかく命中精度が悪い。導火線に点火して行ってらっしゃいした後は無誘導。風の影響もモロに受けるため、どこへ着弾するかを正確に測ることは難しい。その欠点をカバーするため大量に発射するという方法がとられた。結果がゲリラ豪雨みたいな弾雨だったわけである。なるほど、カチューシャもどきが正体ならあの弾雨にも納得がいく。


「直接の被害はさほどでもないだろうが、こいつが雨あられと撃ち込まれるのは恐怖だな」


「はい。心理的な衝撃はかなりのものだと思います」


 自分たちが撃たれる側に回るのは御免ですね、と本音が出る。いくら勇ましいことを言っていても怖いものは怖いのだ。本能的なものには逆らえない。


 話がひと段落したところで田村が昼食後、敵陣に対する突撃の演習に移りますと言った。立見率いる第三師団の将兵はこれを見学することになっている。だが、何はともあれまずは昼飯だ。


 海軍といえばカレーだが、陸軍といえば何だろう。思い浮かばない。というかそもそもここは演習場。大したものは出ないだろうと思っていたのだが、その期待(?)は裏切られる。


「お待たせしました」


 机の上に置かれたお盆にはメイン料理とご飯に味噌汁お新香。とても演習場とは思えない立派な定食だ。


「兵営自慢のポークカツレツです」


「いやこれどうやって作った?」


 もっともな疑問だろう。ここは演習場。兵営とは違うのだ。しかもちゃんと温かいので滝ヶ原から運んできたというわけでもなさそう。


「戦場では粗食になりがちですが、美味い飯を食いたいのも人情。そこで我が隊では炊爨車を試作してみました」


 日清戦争からしばらくして作ったものの、贅沢に走るなと怒られて封印していたらしい。ただ立見が師団長になって紹介するとこれはいい、と採用。以来、演習で高評価を得た部隊のご褒美としてカツレツをはじめとした人気メニューを提供しているらしい。そりゃ士気も上がるわ。


「それで、ここで紹介したのは全面採用してほしいということか?」


「はい」


 うーむ。気持ちはすごくわかるが実際問題として難しい。


 何故必要なのか?


 戦場でも豪華な食事がしたいから。


 私が予算担当ならまず通さないな。ふざけているのかと怒るだろう。戦場にいる身としてはよくわかるのだが……偉い人に現場の苦労はわからないんだよ。


「正直、難しいとは思う。ただ紹介はしておこう」


「ありがとうございます」


 なお、当然ながら正式導入は見送られた。そんなことに金を使う余裕はない、という身も蓋もない回答だった。これが導入されるのはしばらく経ってからとなる。


 思わぬ豪華な昼食を楽しむと午後の演習へ。敵陣地への肉薄突撃である。援護砲撃(実際の砲撃はなし)がなされるなか、兵士たちは銃に銃剣を装着。いつでも塹壕を飛び出せる体勢を取る。


「突撃にーっ……かかれッ!」


 指揮官の号令を受け弾かれたように飛び出して行く兵士たち。このままだとただ走って終わりになってしまうが、そこはちゃんと工夫してある。途中に標識があり、そこで兵士たちは足を止めたり地面に伏せる。敵の反撃に遭って足止めされていたり、鉄条網などの障害物があったりするという想定だ。


「中隊長戦死! 三三、三九、四七、七三、九十番戦死……」


 そこでついて行った運営将校のひとりが紙を見ながら戦死だ負傷だと物騒なことを言う。彼らはここまでで部隊がどれくらい被害を受けたのかを発表する役割を担っていた。将兵には事前に番号が割り振られており、戦死や重傷とされれば行動不可とされる。死者は自力で離脱するが、負傷者は無事な者によって後送されなければならないというルールになっていた。


 なお、被害については統裁官たちによりダイスロールで決められている。紙を読み上げているのはそのためだ。間が生まれてしまうが、現代のバトラーみたいな便利装置がないゆえの原始的な方法だった(もちろん忖度は御法度)。


「軽傷者は重傷者を連れて後退!」


 指揮官は素早く判断を下す。命令を受けて兵士たちは動き出すが、戦場は待ってくれない。


「三番に敵機関銃あり」


「擲弾準備!」


 運営から機関銃の存在が告げられる。木製の模擬銃と藁人形があり、これを倒さなければ前進できないルールだ。指揮官は直ちに擲弾による攻撃を命じる。機関銃を相手に身体を暴露して射撃戦をするわけにもいかないから妥当な判断だ。


 さすがに一発では仕留められず二、三度撃って目標を撃破。前進を阻んでいた存在が排除されたことで前進が可能となる。伏せていた兵士たちは一斉に立ち上がってダッシュ。敵陣へ踊り込んだところで終了だ。


「いかがですか閣下?」


「いいと思う。実際にはもっと多くの困難があるだろうが……演習としては十分だろう」


 演習には満足していた。これ以上となると本当の戦闘くらいしかない。想定としては十分だと思うからこれを教範に仕上げるよう指示する。ただし不断の改善は行うようにとも言い添えておく。


 教本の制作は急ぎ行われ、どうにか冬の入営までには間に合った。人事異動で実験部隊から各師団にかなりの人材を送り込み、訓練を徹底させて新時代の戦術を浸透させる。


 以上で用事は終了。あとは帰京するだけだ。お尻が痛くなる車に乗るのは憂鬱だが移動速度は速い。駅までしばらくの我慢だと思っていると、


「申し訳ありません。自動車が壊れたようです」


 立見が謝罪してくる。不整地面を走ったせいでどこかが壊れてしまったらしい。普段から頻発していて、私の来訪前に十分整備はしたらしいのだがその甲斐なく故障してしまった。


「こいつの改良も進めなければな」


 信頼性が低いことはわかっていたので特に責めず、歩いて演習場を出た。老人だが足腰はしっかりしている。これくらいなんてことはない。外では代わりの人力車が待機しており、これに乗って駅まで向かう。待機していた汽車に乗り込んで東京へ帰った。










「面白かった」


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また、下の☆☆☆☆☆から、作品への評価もお願いいたします。面白ければ☆5つ、面白くなければ☆1つ。正直な感想で構いません。


何卒よろしくお願いいたします。




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― 新着の感想 ―
これ鉄道は狭軌か標準軌かどっちなんだろう 狭軌だと原敬が我田引鉄したり軍事輸送で揉めたりしそうw
温かいメシ、綺麗な飲み水 戦場では中々供給出来ないからこそ、出来れば兵士の士気は上がるのだ 史実旅順攻略戦の前哨戦の前哨戦であった金州城攻略戦では大雨によりフヤケた乾パン(現在の一口サイズのものでは…
ところでこの炊爨車は九七式炊事自動車みたいな自走式なのかそれとも陸自の野外炊具みたいな牽引式のどっちなんですかね?それだけでもかなり値段が変わってきそうだけど。 それと屋外での火といえばG.I. ポケ…
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