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道楽将軍

 






 ――――――




 年が明けた。去年を振り返ると個人的には六十という節目の歳を迎え、家族や知人に祝ってもらったことが記憶に新しい。


 また政権交代が相次いだ結果、大命降下を受けて首相に就任した。完全に火消しの役回りであることを自覚し、身内からの批判を抑え込みつつ憲政党と連携して議会を乗り切る。懸案となっていた法案(地租増徴)も通したし頃合いを見て辞めてもいいところだが、天皇からのオーダーは長期政権なのでまだまだ頑張らないといけない。


 首相としての仕事があるものの、今日は忙しい合間を縫って横須賀へやって来た。ようやくまとまった時間がとれた(捻り出した)ので念願の艦隊視察にやってきたのだ。


 横須賀駅に降り立った私は迎えの馬車に乗って鎮守府へ向かう。車中では窓に張りついて海を見ていた。戦艦の姿を少しでも早く見たいからだ。子供のようなことをする私を見て同行する海軍士官が苦笑していた。同行していた山本権兵衛は、


「山縣閣下。あまりはしゃぐのは……」


 と言いにくそうにしながらもしっかり嗜められた。残念ながら戦艦の姿は見られず、無情にも馬車は鎮守府の中へ。その戦艦を見に行くのだから残念がる必要はないのだが、自分から見つけるのと見せられるのとは何か違うのだ(謎理論)。


 付き合いが長い山本は私の性格をよく知っている。普通なら鎮守府などにいるお偉いさんとの歓談などがあるのだが、そういうものを嫌う私の性格を考慮して極力省く日程が組まれていた。


「ようこそ横須賀へ」


「お待ちしておりました」


 鎮守府にいた人たちが出迎えてくれたが、そのうちのおじさん二人が前に出て言葉とともに敬礼する。二人とも紺色のジャケットに軍帽で、敬礼する袖口には太い金線。襟には金地に桜が二つ――中将を示す階級章がついていた(史実のこの時期にはない)。


 このおじさん二人は横須賀鎮守府司令長官の相浦紀道と第一艦隊司令長官の鮫島員規中将である。彼らに案内されて軍港へ。


「あれが戦艦伊勢と日向です」


「ほう……」


 やっと目にした新戦艦の姿に見惚れる。艦型は前衛芸術ですか? といわんばかりに乱雑なものも少なくないこの時代においてはよく整っていた。その姿は現代で記念艦となった三笠そっくりである。洗練された(たとえば大和型戦艦のような)美しさではないが、無骨なその姿もまた私の琴線に触れるものがあった。


 巨艦ゆえ沖合に錨泊しており、予め用意された内火艇に乗り込んでネームシップである伊勢に向かう。焼玉エンジンを搭載している内火艇はポンポンと軽快な音を立てながらほどほどの速度で接近する。その道中、相浦から簡単に諸元について説明を受けていた。


「伊勢型は全長一二五メートル、全幅二二メートル。武装は十二インチ四十口径連装砲二基四門、副砲に六インチ単装砲十二門のほか機砲を二四基搭載しております。装甲には新式のハーヴェイ・ニッケル鋼が用いられ、列強の従来艦より半分の厚さで同等の防御力を誇ります。最も厚い部分で356ミリ。速力は十八ノット。占めて排水量は一三〇〇〇トンほどです」


「素晴らしい。東洋一はいわずもがな、世界一の戦艦だ」


 私は手放しで称賛する。補足すると伊勢型戦艦は富士型戦艦の弱点や欠点をいくつか改良したものとなっていた。例えば主砲のバーベットが揚弾筒を内蔵したものになっており、砲塔がどこを向いていても給弾が可能となっている。また砲塔上部がスリット状となっているという弱点があったが、これも被弾の可能性が低い箇所へと移した。


 その他の変更点としては衝角と魚雷発射管を装備していないところ。衝角攻撃は試みないし、戦艦は魚雷を使わない。魚雷発射管のある場所の装甲が薄くなって弱点になるという理由もある。


 水雷戦は国内外で急速に整備されている巡洋艦以下の艦艇に丸投げし、戦艦は中距離以上の砲戦に専念する――というのが日本海軍の基本戦術だ。世界のトレンドから見れば異端児なので反対されそうだが、黄海海戦の結果があるのでむしろこうすべしと言っていたくらいだった。


 伊勢に乗艦すると案内役が艦長に移り、その案内で各所を巡る。内部もちょいちょい異なっているが、大きいのは中甲板の副砲群を仕切る装甲隔壁だろう。史実では三笠のみにあった設備で、被弾時の被害を限定する効果がある。これもハーヴェイ・ニッケル鋼を採用した恩恵だ。


 艦内をあちこち巡るなかで当然ながら乗組員と出会う。特に水兵などは将官たちの団体に驚いていたが、そのど真ん中にいる私を見て誰こいつ? みたいな視線を向けてくる。陸軍の軍服を着ているから見慣れないのだろう。ただ、階級章を見てギョッとしていた。陸と海で星と桜という違いはあるが、元帥にはそれらが四つつくことに変わりはない。あの反応から初めて見たのではなかろうか。なお前年に小松宮彰仁親王、大山巌、西郷従道の三人が元帥に昇進した。ぼっちではなくなって嬉しかったりする。


 水兵たちの反応を楽しみながらも行程を消化してワクワク艦内ツアーは終了。最終目的地の長官公室に着き、そこで会食がてら海軍軍備について話し合う。メニューは当然(?)カレーだ。


「……ふむ。伊勢のライスカレーもいけるな」


 鮫島は我関せずといった感じでカレーを食べていた。まあこんな奴である。日清戦争目前にあった山本による海軍大リストラにかかればよかったのだが、不可にならない程度に能力があるので始末に負えない。できるのは無視すること。鮫島を放っておいて私(政府)、山本(軍政)、相浦(現場)の三者で話し合う。


「伊勢はまだ旗艦ではないのか?」


「はっ。何分初めてのことでして慎重を期しております」


 従来艦と比べると排水量が倍になっており、それだけ大きさが違えば勝手も違うそうだ。さらに初めての戦艦だから特に優秀な兵員を選抜して乗組員に宛てたという。


「閣下。船の戦力化には少しの時間が必要です」


 山本曰く、各種の操作に慣れるために多少の時間は見てほしいとのこと。別に急いでいるわけではないから構わない。ただ旗艦は一番でかい船という認識があり、伊勢ないし日向が旗艦だと思い込んでいただけだ(なお現在の第一艦隊旗艦は阿蘇)。


「現在、艦隊では伊勢型の戦力化を進めておりますが、今後はどうなるのでしょうか?」


「海軍費は継続事業として支出が続いている。既に英国にて戦艦、国内および仏国、独国を加えた四ヶ国で巡洋艦が建造中だ」


 山本は見込みについて話す。海軍拡張費はおよそ二・五億円(史実の六六艦隊は二億円)となっており、これを捻出するために涙ぐましい努力をしている。


 まず要塞建築など不必要な事業を凍結。費用圧縮のため主力艦の建造については英国政府と一括契約する代わりに大幅な値引きを勝ち取った。造船所のキャパや外交上の配慮から他国(独仏米)にも発注すべきとされたが主力艦は死守。二等巡洋艦の建造でお茶を濁した。


「既に巡洋艦二隻が英国で進水。三月には艤装を終えて回航される。他に二隻が建造中だ。戦艦も四隻が起工され、来年にももう二隻の建造が始まる」


 戦艦ならば建造開始からおよそ三年で竣工する。つまり主力艦は四年後に揃うということだ。そのタイムスケジュールで動くようにと申し合わせる。まあ一等巡洋艦は第二艦隊の領分なのだが、次の会議でそちらにも共有するということになった。


「閣下。巷では継続費を削減するなどという話も聞かれますが……」


 山本が心配しているのは会期末が迫り焦点となっている予算。先に述べられたようにこれは継続費として支出されているが、議会の一部でこの年度割りを減らそうという動きがあった。


「その点については大事ない。憲政党と話をつけた」


 そういう話があったことは事実だが、憲政党との間で行政整理を行うことにして話をつけた。元より軍拡に対しては容認する姿勢をとる政党だ。そう難しいことではない。


 さらに今後、憲政党からは文句をつけられないようにするため、民主党による事業仕分けの形式をとった行政整理を行うことにした。官僚からは反発もあったが、何度も何度も求められてきたことなので慣れたもの。仕方ねえなと資料作成に取りかかっていた。


「このところ列強の支那への進出が続いている。なかでも露国は新鋭艦をこちらへ送り込むとか。これに対抗する上で海軍に期待するところ大である」


 現在の国際情勢に照らせば海軍の増強は焦眉の急だ。軍はもちろん経費を削れと主張する議会も認識は同じであり、為政者全員が概ね同じ方向を向いていた。


「万全を期します」


 その場の海軍関係者を代表して山本がそう答え、私は強く頷いた。




 ――――――




 横須賀で戦艦を見学して満足した私は横須賀駅で山本と別れた。彼が帰京するために東へ向かったのに対して私は西へ。箱根をちょっと越えて御殿場にやって来た。


「お待ちしておりました」


「立見か。駅まで来るとは思わなかったぞ」


「閣下がお越しになるのですから、都合がつけばお迎えに上がるのは当然です」


 大した忠誠心である。戊辰戦争では敵味方で戦っていたなんて、今の兵士たちが聞いたら卒倒しそうだ。


 立見尚文は日清戦争の武功もあって陸軍中将に昇進していた。これに伴って新設師団の師団長にとの話もあったのだが、本人の希望と私の推薦によって第三師団長となる。


 彼が第三師団長を希望した理由は、日清戦争前に(東)富士演習場の近くに設けられた滝ヶ原廠舎に詰めていたから。同地に設けられた実験部隊の隊長を長らく務め、その活動に大きな関心を持っている。件の部隊に近いというのが希望の理由だった。実際、師団長になってから演習を名目に何度も同地に足を運んでいるらしい。今回も私の来訪に合わせて演習の日程を組み、偉い人が来るからと駅まで来たというわけだ。


 人は彼を「道楽将軍」と呼んでいるとか。富士でわけわからんことをやっている好き者と思われているらしい。私がなぜ彼を重用しているのかわからん、と言われていることを風の噂で聞いた。……後で泣いて感謝することになるから後悔しろよと思っているが口にはしない。


 さて、立見に気を取られていたが他にも出迎えで注目すべき人物が二人。


「長岡と田村もご苦労」


 長岡外史と田村怡与造である。長岡は立見の後任という形で実験部隊を引き継ぎ、富士演習場にて新戦術の開発にあたっていた。田村は川上にその見識を買われて重用されている人物だ。参謀本部陸軍部第一部長(作戦を担う部署)として川上の右腕となって働いていた。


 わざわざ悪いね、と出迎えの労を労っていると、長岡がニヤニヤしながら近寄ってきた。


「閣下。演習場まではこちらで移動しませんか?」


 と言いながら彼が指し示す先には見覚えのあるものが鎮座していた。


「自動貨車か」


「はい。これは便利ですね」


 新しいもの好きの長岡らしい提案だ。部下に聞けば、着任してからこれを気に入り乗り回しているそう。よほど気に入ったようだ。


 こうして私は車で移動することに。最初はワクワクしていたのだがすぐに後悔する。


 尻が痛い。


 駅から演習場までの道はよく整備されている。とはいえアスファルトや石畳というわけではないのでやはりガタガタ。サスペンションはあるものの衝撃を完全に吸収してくれるわけでもない。よって走行中は小さくピョンピョンと跳ね、ガンガンと尻をぶつけることに。ソファーのようなクッション性のあるものがあるわけでもないため、衝撃がダイレクトに伝わり身体を蝕んだ。


 そして演習場の中へ入ると地獄レベルがアップ。不整地面なのでガッタガタのゴットゴト。前後左右へ激しく揺られる。だんだん気持ち悪く……って、立見がオエってなった。出す寸前で踏み止まったのは幸いである。


「乗用車ではないにせよ要改善だな……」


 降りた後の率直な感想だ。ちょっと辛すぎる。私を含め乗っていた人間はお尻をさすさすと触っていた。痛いよね、とてもわかる。


 そんな私たちとは逆に長岡はとても元気だった。環境は違わないはずなのになぜだ。慣れか? 慣れなのか?


 疑問は尽きないが、そんな思考は吹っ飛ぶ。ゴソゴソと草をかき分ける音がした。それもひとつや二つではない。何事かと見れば、演習場にいる部隊が整列していた。


「閣下。訓示をお願い致します」


 立見に促される。それで周りをよく見れば兵士たちの隊列の前に運動会で校長先生が立っていそうな台が置かれていた。あそこに立って何か喋れということらしい。軍隊生活をしているとこういう機会は多いので慣れたもの。戸惑わずスタスタと台を登った。


「総理の山縣だ! 諸君の技量を目にすることを楽しみにしている。存分にやるように。以上!」


 言うことを言ってさっさと降りる。やたらと話が長い人がいるがああいうのはやめてほしい。誰も真面目に聞いていないから。


 え、終わり? みたいな空気にはなったが終わりは終わり。それに将校たちはともかく、兵士たちは長ったらしい話を聞かなくて済んだと徐々に喜色を浮かべる。付き合いの長い立見たちも苦笑していた。


「演習に戻れ」


 最終的に立見の号令で第三師団の将兵は演習を再開。一方の私は射撃場にて研究の成果を説明される。


「話はわかるが実際に見てみたいものだな」


 いけるのではと思ったが、この目で見たいというのが男の子。そんな私の性格をわかっている立見たちは準備万端だった。


「そう仰られると思い用意しております」


 こうしてプチ実演が始まった。










「面白かった」


「続きが気になる」


と思ったら、ブックマークをお願いします。


また、下の☆☆☆☆☆から、作品への評価もお願いいたします。面白ければ☆5つ、面白くなければ☆1つ。正直な感想で構いません。


何卒よろしくお願いいたします。




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― 新着の感想 ―
山縣の訓示は短くて眠くならないので兵士達からの評判は良さそうですね。それとこの世界の山本権兵衛は山縣閥に入っているのですか?
転生知識で日英同盟を知っているから対英の備えは無視して一括大型契約で値引きしているのか⋯ この山縣は日清戦争編で焚火囲んでたり今回の話でも時間作って演習にくる現場主義だし、縦深攻撃やそれを実現するため…
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