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山縣有朋は愛されたい  作者: 親交の日
長州騒乱
10/84

謀略の内訌

 






 ――――――




 開戦を申し合わせたその日の朝も、私は寒空の下で藩からの回答を待った。わずかでも戦いを回避できる可能性を信じて。しかし、その希望は叶わず。藩からの音沙汰はなし。


「……致し方ない」


 奇兵隊を鎮静部隊へ向かわせた。敵の数はおよそ千。対する味方は六百ほど。絶望する戦力差というわけではないが、寡兵であることに変わりはない。不安を感じながらも部隊に進撃を命じる。


 しかし、ここにきて二の足を踏む部隊が出る。なかには鎮静部隊へ投降しようとする部隊もあった。私は旗幟を鮮明にし、投降するならば退去を求めた。結果として一部の部隊が陣を退去して鎮静部隊に降った。それが影響してか、諸隊の半数以上――およそ四百名が日和見を決め込む。


「どうしますか、山縣さん」


「いっそ、関ヶ原のように鉄砲でも撃ち込んで――」


「放っておけ。既に賽は投げられた……」


 味方した南園隊の佐々木男也、八幡隊の赤川敬三が無理矢理にでも嗾けようとしたが、そんなことしても役には立たないから放っておくように言った。


 開戦の号砲を鳴らす勇者は中村芳之助。彼は私たち幹部が起草した『戦書』を鎮静部隊に渡す。内容は俗論派が行った正義派に対する粛清への非難。そして我々の敵は俗論派であって藩に対する敵意はなく、鎮静部隊に所属する俗論派の幹部・岡本吉之進を引き渡してほしいというものだ。


「どうだ? 動きはあったか?」


 戻ってきた中村に訊ねたが、彼は首を横に振る。


「いえ。先日のように我々の武装解除を求めるだけでした」


「そうか……」


 わかってはいたが、藩との激突は避けられないようだ。非常に残念だが、無視されたため鎮静部隊を攻撃することにする。敵陣に大砲が撃ち込まれたのを合図にして攻撃を開始した。


「奴ら、本当に攻めてきやがった!」


 きな臭い空気は漂っていたものの、諸隊もまた長州人。まさか攻撃を受けるとは思っておらず、鎮静部隊は混乱した。彼らは終始、戦闘に及び腰であった。これではとても戦にならない。鎮静部隊はこちらの五倍の兵力を有しながら、その日のうちに敗走した。


 私たちは戦闘により若干名の死傷者が出るも、ほぼ戦闘力を維持したまま彼らが陣取っていた絵堂を占領する。


「まだ敵は半数残っている。周辺の警戒を怠るな」


 逆襲を恐れて部隊に気を緩めないよう言い聞かせた。それが功を奏したのか、奇兵隊が警戒していた地点に敵が襲来。藩主の命に従わず、あまつさえ戦闘を始めるとは何事か、とこちらを詰りながら突撃してきたらしい。部隊はその指揮官を射殺。その部隊を撃破したとのことだ。


「これからどうしますか、山縣さん。初戦は勝ったが、まだ敵は多い」


「二百では心許ない。やはり他の隊を動かさねば……」


 佐々木、赤川が今後の動き方について相談に来た。二人が問題にしているのは数的不利。無傷の敵がまだ千おり、敗走した者も合流するだろうからその差は広がりはするが、縮まりはしない。


 高杉と合流するのもいいが、それでも差は歴然だ。二人が言うように、日和見している諸隊をも取り込む必要があるだろう。


「あ……」


「どうした?」


「何か思いついたか?」


「ああ。……とりあえず、他の隊を説得してみよう。きっと、協力してくれる」


 急に自信満々になった私を見て、二人は不思議そうにしていた。とはいえ、何か腹案があるわけでもなかったようで、任せるとのこと。ならばやってやろうじゃないか。


 その日の夜、私は日和見しているものも含めた諸隊の間に噂を流した。曰く、今回の合戦で射殺した敵将の懐から、正義派の処刑は俗論派が藩主の承認なく行ったものだということを示す書状が見つかった、と。


 効果は抜群だった。翌朝、早くから諸隊の幹部がぞろぞろとやってきて噂は本当なのかと訊ねてくる。私は百聞は一見に如かず、とその書状を彼らに見せた。すると、


「何ということだ」


「許せん!」


「我らは山縣殿に協力するぞ!」


「我々もだ!」


 という具合に彼らは激昂し、次々と協力を申し出てくる。かくして、日和見をしていた諸隊はすべてこちら側についた。







 ……まあ、書状は偽物なんですけどね。


 そんな書状が都合よくあるわけがない。戦場に持ってくる理由もないのだから。冷静に考えればわかりそうなものだが、内容が内容だけに受け手は冷静さを欠いていた。ゆえに本当だと信じてしまったのだ。


 とはいえ、結果よければすべてよし。私は上手くいったことに安堵した。その後、諸隊の幹部と今後の行動を協議する。


「物資などを調達しなければ」


「我らは数の上で劣勢。絵堂は守りに向かぬ地形ゆえ、放棄して南へ」


「南となると大田か。となると(大田)街道と間道(川上口)を押さえねばな」


 ということとなり、諸隊は揃って大田へと移動。街道に八幡、膺懲隊を置き、周辺に南園、御盾隊を配した。川上口は狭いため奇兵隊のみで、これらの街道が交わる大田の役場へ本陣を置く。


 この間に藩から使者がやってきたが、暴走した諸隊を鎮圧せよとか寝ぼけたことを言うので追い返している。


 それとは別に、鎮静部隊に対してはさっさと帰って藩主に私たちの正義の行動を伝えろ、という書状を送った。藩主に伝えろ、とは言っているものの、帰るときは私たちが通る本道ではなく脇道を使え、なんて書いてあるので挑発だ。彼らは怒り狂ってこちらへ向かってきているという。


 また、補給を確保するために部隊の一部を小郡へと派遣したのだが、こちらは思わぬ収穫があった。地元の人間が賛同して志願者が現れた上に金銭や食糧、人夫などを提供してくれたのだ。


 この話は士気を上げるため、諸隊へと大々的に伝えた。そうして人々に支持されている、自分たちの行動は正しい、と思わせるのだ。


 部隊を移動させて配置を決め、もらった情報を少しばかり誇張しつつ味方に流す――とまあ、なかなかに忙しかった。時間を作って高杉に報告は出したものの、その内容は鎮静部隊と交戦して勝った、というだけの非常に簡単なものである。もう少し落ち着けばしっかりとした報告を上げるつもりだ。


 そうこうしているうちに、怒り狂った鎮静部隊がやってきた。十日のことである。彼らは最初、本道を攻めた。最も守りの厚い場所だ。しかし、そんなことは敵もわかっているらしく、本格的な攻勢は間道である川上口で行われた。


「報告! 多数の敵にお味方は押されております」


 なんて報告が入ったのも束の間、川上口の味方は圧力に耐えかねて退却を始めたという。


「それではこちらに雪崩れ込んで来るではないか!」


 後ろの味方は本陣なのに撤退すると有り得ないだろ! とその場で絶叫したくなるが何とか堪える。喚いていても仕方がない。今はやれることをやるのだ。部隊の大半を間道の出口に置いて死守を命じる。私自身は残りを率いて道横の藪に潜んだ。


 しばらくして、まずは逃げてくる味方が現れる。それに続いて追撃してきた敵が現れた。


「今だ! 撃てーっ!」


 そこへ横の竹藪から銃撃を浴びせる。完全な奇襲に敵は慌てた。いくらかは姿を現した私たちに攻撃しようとする。


「よし、突撃!」


 そこへ、間髪入れずに湯浅祥之助が部隊を突っ込ませる。それも私がいる場所からは反対側から。二度目の奇襲に混乱した敵はこちらに圧倒され、慌てて撤退していった。


 その後、前線を再び川上口へと押し上げたところでその日の戦いは終わる。川上口の守備隊に今度は撤退するな、と厳命して私も本陣へと帰還した。


 翌日。川上口はまたしても激しく攻め立てられたが、今度は撤退禁止と言っていた効果か下がることなく死守した。前線が進まないため、敵は早々に諦めている。


 損害を回復しているのか、その日からしばらくは襲撃はなかった。おかげで落ち着くことができる。そこで嬉しい報告があった。味方がさらに増えたのだ。


 補給を確保するために小郡へ向かわせた部隊。その一部はさらに山口へと向かわせたそうだ。高杉の決起を知った者は挙兵の準備をしており、二百名が新たに参加する。


 さらに井上聞多が山口における諸隊の旗頭となった。彼は負傷のために療養していたのだが、正義派ということで藩の監視下に置かれていた。その奪還を高杉は山口の吉富藤兵衛に依頼。諸隊が決起し山口に来たことを奇貨として奪還を実行、成功させた。


 山口にはまた、決起を支持する人々が集結しつつある。農民を武装させると一揆になってしまうため、これらを組み込んだ山口の部隊は鴻城軍と称したそうだ。


 この話も大田の諸隊の士気を上げるための材料としてきっちり活用。大々的に宣伝している。


 三日後の十四日。敵は目標を変えて街道側を攻めてきた。もっとも、こちらの防御にあてている戦力は川上口の比ではない。またしても撃退に成功した。


 人々の支持と、相次ぐ勝利に諸隊の士気は高揚する。そして、それをさらに高めたのが、


「見事だった!」


 圧倒的カリスマを持つ男、高杉晋作の合流であった。










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― 新着の感想 ―
[一言] いよいよ内戦が本格的に始まりましたね。結局のところこの後の戊辰も含めて明治の元勲の強さは本物の死地をくぐり抜けて来てることなんですよね。そりゃ頭でっかちの若い政治家や軍人がかなわないですよ。…
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