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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

堕落した勇者の始末を女神に依頼されたが捨て駒にされたので裏切りました

作者: ウエス 端

 僕の名前はタチバナ 晴人ハルト。とある中古車買取販売業の会社にて整備工場で働いている36歳の男だ。


 世間で言うところのブラック企業だが、それでもお客様のため、そして自分の成績を上げるために身を粉にして働いてきた。みんなが嫌がることも積極的に引き受けて会社に多少でも貢献している自負もある。


 だが、給料は低いままだし、休日も少なく長時間の激務のせいか、結婚もできないままこの年齢になってしまった。でも、実際にキツいノルマをクリアしてたくさん給料をもらってる上司や同僚もいるし、僕の努力が足りないんだろうな。


 しかし、ある時、経営者の指示で会社ぐるみの不正行為を行っていたことが明らかとなった。僕はそんな指示を受けてなかったし、やってないんだけどね。だからノルマをクリア出来なかったのかも。


 そしてマスコミに報道され世間からバッシングを受ける中、工場長から呼び出しを受けた。工場長室にいくと、そこには工場長を始め管理職や他の作業員たち、合わせて十数人がいた。


 その中央で席に座っている工場長がおもむろに話し出す。


「橘、ここに来てもらったのはだな、例の不祥事の件について、お前に頼みがある」


「何でしょうか。僕に出来ることといっても、日々の業務をこれまで以上に頑張るくらいしか……」


「まずはこれにサインしてくれ」


 差し出されたのは、何も書かれていないが、右下にサイン欄だけあるA4用紙だった。


「これ、何ですか。一体何のために……」


「いいから書け! ……私たちもみんな書いてる。この工場を維持するために必要なんだ」


 この工場が無くなると無職となってしまう。すぐに転職先が見つかるかわからないし、結局言われるままにサインしてしまった。


「助かったぞ、橘。これで問題は解決した。ちなみにこの書類は、お前の『遺書』だ」


「どういうことですか! 僕が死ぬということですか? そんなつもりはありません!」


 いきなりの暴言に対し強く言い返したが、みんなニヤニヤ笑って聞き流され、逆にさらなる暴言を畳み掛けてきた。


「この工場での不正行為は、全てお前がヤッたことになるんだよ! お前の社内端末を使ってその『遺書』に、責任を感じて死んで詫びるって書いといてやるからよォ〜」


「おれたちは家族がいるが、お前は独身だからダメージ少ないだろ? 助けると思って黙って罪をかぶれや」


「お前が死ねば、み〜んな丸く収まるんだよ!」


「そんな酷い! みんなが嫌がる仕事も引き受けたりして頑張ってきたのに!」


「プッ、ノルマもクリアできない無能な真面目野郎に雑用押し付けただけなのに、アホだろコイツ」


「最後に、工場の存続につながる超重要な仕事任されて良かったじゃねえか、ギャハハハ!」


 なんてことだ、今までこんな腐ったヤツらのいう事聞いて仕事してたのか。自分のバカさ加減に腹が立ってしょうがない。


「よし、つまみ出せ」


 工場長がそう言うと、周りのヤツらが僕の身体を抱え込んで室外に出され、エレベーターに運ばれた。その行き先は屋上だ!


 僕は必死に抵抗したが、多勢に無勢でどうにもできない。そしてとうとう屋上から落とされてしまった……!


 気がつくと、真っ暗闇の中にポツンと立っていた。そして前から光り輝く数名の男女の姿が近づいてきて、その中の女性が話しかけてきた。


「突然で混乱していると思いますが、橘 晴人、あなたはもう死んでいます。今度は新たな生を受けて転生することになります」


 やっぱり死んだのか。ショックが大きすぎてそれ以上の言葉が入ってこない。


「ですが、余りに不憫なあなたを、特別に若い頃の肉体に戻して異世界転移させてあげようと思います。但し、条件があるのですが。あ、申し遅れましたが、私達はその異世界の神です」


「そうですか、やり直せるんですか。で、条件は何でしょうか」


「実は、転移先の世界では、かつて暴虐の限りを尽くした魔王がいたのです。神は地上に直接手を下せませんし、やむなく一人の異世界転移者にユニークなチートスキルを与え、勇者としたのです」


「それと僕となんの関係が……」


「もう少し待ってください。で、その勇者は期待通りに魔王を倒したのですが、今度はその力に溺れ堕落した勇者が暴君となってしまいました」


「まさか……今度は僕にその勇者を倒せと言うんじゃないですよね」


「そのまさかです。あなたは……晴人は前世において、ブラック企業勤めにも関わらず真面目に業務をこなし続けました。そんな晴人を見込んでお願いしているのです。勇者を倒したあとも堕落せずにいてくれるだろうと」


「評価していただけるのは有り難いですが、僕には真面目以外に何の取り柄もありません。どうやってその勇者を倒すのですか」


「心配いりません。晴人にも強力なユニークスキルを授けます。しかも、それは勇者のチートスキルを無力化出来るものなのです」


「そもそも、そのチートスキルってどういうものなのですか?」


「一度でも顔を見たことがある相手なら、思うだけでいつでも即座に必ず死に至らしめる、という能力です。これで勇者はわずか1週間で魔王を倒し、その配下を壊滅状態にしました」


 そんな無茶苦茶な能力を持ってるヤツなんてどうやって倒せと言うんだ! 会社でも無理なことを要求されることはあったが、これはそんなレベルの話じゃない。


「強力な魔王を倒すにはこれくらいのチート能力がないと難しかったのです。しかし、顔を絶対に見られないようにすれば問題ありません。そこで晴人には『全身を透明に出来る』スキルを授けます」


 女の神はそう言うと僕の前に手をかざして何やら呟き、僕の身体を光らせたが、それはすぐに収まった。


「これで晴人はスキルを身に着けました」


「でもそれで相手に近づけたところで、僕には攻撃手段がありませんよ」


「心配は不要です。本当はダメなのですが、内緒で特別に2つ目のスキルを貸し出します。攻撃出来るタイミングで授けますので、それで勇者を仕留めてください」


「いや、やっぱり怖くて自信無いし、酷いヤツとはいえ人間を仕留めるなんて」


 ここで大きなため息が聞こえた。そんなに酷いことを言ってないと思うんだけどな。


「わかりました。それでは仕留めた暁には、晴人を陥れた連中に何らの罰が当たるように、あちらの神にお願いしておきますね。これも特別ですよ」


「まあそれなら……でももう少し詳しい内容を教えていただきたい」


「詳細はまた後ほど。とりあえず、もう転移させますね!」


 そんな適当な! しかし有無を言わさずに転移は行われ、気がつくと僕は新しい世界のどこかの都市に立っていた。通りの窓に映る自分を見ると……確かに20歳前後に若くなってる。それにこの世界の知識が頭に直接叩き込まれていた。


 ここは、元々は剣と魔法がメインのファンタジー世界なのだが、今やその半分以上を勇者が支配しており、そのチート能力で支配下の民を恐怖により支配し続けているという。つまり、全ての民の顔を見ているということか、それはそれですごいな。


 そして僕が今いる都市は支配領域に接している国境地帯だ。ここから領内に侵入し、勇者を仕留めなければならない。


 仕留めるといっても正面からは無理なので、透明状態のまま不意打ちするしかない。なお、透明化スキルは性能が高く、裸にならなくても身につけているものまで透明になる。


 厳重に警戒されている国境の門を難なく突破し、頭の中にある地図を頼りに帝都に向かう。途中のあちこちで食べ物を少々失敬したが、民を救うためにはやむを得ない。


 しかし、ここの民たちの様子は思ってたのと違うな。一見すると普通の日常生活を送っている。


 恐怖で支配されて死んだような目で怯えて暮らしている状況を想像してたんだけど。もしかしたら、恐怖に慣れてしまってマヒしちゃってるんだろうか。


 三日三晩ほとんど休まずに歩き続け、ようやく勇者の居城にたどり着いた。この中に潜入し、まずはヤツの居所を突き止める。


 女の神からは潜入後は逐一報告するように頭の中に指令が入っていたのでポイントになる場所毎に連絡を入れる。方法は、神を思い浮かべて心の中で呟くだけだ。


 あちこち探した末にようやく居室を突き止めた。20メートル四方の、暴虐の王にしてはあまり大きくない部屋だ。


 扉は開け放たれており、簡単に侵入できた。おまけに側近らしき連中もいない。中にいるのは、中央奥に一段高く設けられた玉座のような椅子に足を組んで座る一人の男だけだ。年齢は、僕より少し年上くらいだろうか。


 神に男の顔の特徴を伝えると、勇者で間違いないとの答えが頭に入ってきた。


 勇者は警戒する様子もなく、なにやらディスプレイみたいなものを眺めている。椅子のすぐ横まで近づいたが、こちらには全く気づいていないようだ。やるなら今しかない。


 神よ、すぐにもう一つのスキルを与えてほしい……そう願ったが、いつまでたっても身体が光らない。光ったと同時に攻撃を仕掛けないといけないのに何やってるんだ。


「もういいか、お前のトロ臭い攻撃に付き合ってられん」


 突然勇者が声をかけてきた。やばい、バレてしまった!


 すぐに扉に向かって逃げようとしたが、勇者が指を鳴らすとたちまち自分の身体が見えてしまった。状態解除魔法か? コイツ、スキルだけでなく魔法も高レベルなのかよ!


 万事休す、もうおしまいだ。顔を見られたら、どんな殺され方をするんだろうか。


「お前、どうせ女神にそそのかされてここに来たんだろ? オレを殺す代償に何を望んだんだ?」


「いや、別に……」


 そう言いかけた時に、上から黒い影がすごい速さで落ちてきた。


 ガキッ!!


 激しい金属音が男の頭上で発生した。見ると、フルフェイスの仮面を被った男が突き刺そうとした小刀を勇者が指だけで受け止めている。


 勇者はもう片方の腕を少し上げて指を動かし始めた。すると男の仮面は歪んだが顔からは外れなかった。


 男は小刀から手を離し一旦間合いを取って、すぐに姿がパッと消えてしまった。


「瞬間移動スキルか。さあて、次は何処から湧いてくるのかな」


 勇者はそう呟くと、椅子に座りながらまたディスプレイを眺めだした。その隙を逃さず、さっきの男が背後に現れた。手には拳銃を構えており、すぐに弾丸を発射した。これで勇者も終わりだ!


 バン! ガシャーン!


 が、弾丸は椅子を貫通せず跳ね返り、男はもんどり打って倒れてしまった。


「ムダムダ。オレが錬金術で作った超合金が仕込まれた椅子はそんな弾丸じゃ通じねえよ」


 勇者はそう言いながら立ち上がり、男の方に向かって歩く。男は慌てて銃を構えるが、それより速く勇者の手が仮面にかかり、力ずくで破ってしまった。


 そして顔を見られた男は、直後に断末魔を上げながら全身から血を噴き出し息絶えた。


 僕もああやって死ぬのか。恐怖でもはや言葉も出ず身体が動かない。


「お前、どうやら女神に捨て駒にされたようだな。あのフルフェイス男がオレの前に瞬間移動するための座標を特定するために」


 ああ、僕はまたしても他人に利用された挙げ句捨て駒にされたのか。自暴自棄になった僕は、これまでの経緯を全て話した。どうせ死ぬならこれまでの鬱憤を吐き出してからにしてやる。


「なるほどな。だがお前はオレを殺せないから始末する価値もない。かと言ってここから出れば、お前は用済みとして女神たちからの刺客に消されるだろう」


 そんな……もう、自分で人生にケリをつけるしかないのか。


「そこでどうだ、オレの配下になるというのは。オレも女神たちの尻拭いをさせられた。つまり利用されたもの同士だ。それにお前のスキルは使い方次第でとても有用だ」


 僕に選択肢は無いが、こんな恐ろしい男の側にいるのは躊躇する。そんな心の内を見透かしたかのように提案を持ちかけてきた。


「お前が配下につく契約を交わせば、その代償にお前の望みを叶えてやろう。ほら、ここに映っているヤツらに復讐するという望みを」


 勇者がずっと眺めていたディスプレイを見ると、僕を陥れた工場長とその仲間たちが映っていて、会話が聞こえてきた。


「イヤぁ〜、うまくいきましたね、工場長! 全て橘個人に責任を擦り付けて工場は存続を許されました」


「アイツはクソ真面目なだけで全くわしの……いや工場の業績に貢献しとらんかったからな。バカとハサミは使いようだ」


「工場長ワル過ぎッスよ、ギャハハハ!」


 ワナワナと怒りが込み上げて来るのを感じる。僕は勇者に向かって確認をした。


「あなたの配下になれば、本当に望みを叶えてくれるのですね」


「本当だとも。なんなら、早速叶えてやろうか」


 勇者はそう言いながら指をクイッと下に向かって曲げた。すると次の瞬間には工場に隕石がピンポイントで落ちて爆発する様子がディスプレイに映し出された。


 なんと、ディスプレイ越しで、しかも異世界の人間でも顔を見ればスキル発動できるのか。呆気ない幕切れにしばし呆然としたが、僕は勇者に向かって誓いの言葉を述べた。


「橘 晴人です。これからはあなたの配下として精一杯の力を尽くします」


「オレはリュウト、よろしくな」


 僕の願いは叶えられた。もう元の世界に未練はない。これからはこの世界で好きなように生きていこうと決めた。


 そしていずれは女神たちにひと泡吹かせてやる。それが僕の生きる目標となったのだ。それを果たす話は、また別の物語。

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