第一「同行者を探すひと」
国渡りの船の渡り賃は高額である。
空舞う船が発明されてから、国同士の行き来は活発化した。が、まだ空舞う船の維持費等含め、一般的なひとびとから見れば渡航費は高額だ。
そう、
「……足りないねえ」
「足りないですねえ」
困った顔をする受付の若い男性と僕。半分笑うしかない僕に、受付の男性が困った顔のまま。
「今はちょうど燃料の魔鉱石が不作でしてね。もうしばらくすれば以前くらいまで安くなると思うんですが」
「アンラッキーだなあ」
「運が悪かった……としか」
そう励まされながら空舞う船の停泊場から出た。空は曇りひとつない青さをたたえている。
「ツイてない」
小さな呟きは喧騒に消える。光芒の国への最短は空舞う船。国越えの移動を3回、陸路でするにはまだチカラも足りていない。
さて、どうしようか。
——
漣の国、商街、酒場にて。
「まさか魔鉱石の不作の影響がこんな部分にもあるなんてさ」
くだを巻く。そんな言い方が相応しいように、僕は酒分全く無しのミルクを傾けながらぐだぐだと言葉を連ねていた。
そうした面倒な客のかわし方もプロである酒場のマスターが僕を見て苦笑う。
「まあ、仕方ねえさ。世界的な魔鉱石不足は周知されてるもんだと思っていたが……」
「僕が世間知らずって?」
「有り体に言えばそうだな」
「反論できないけどねー」
世間知らずの自覚はある。なにぶん「世間」に対する感覚が他人とはずれて仕方のない環境で生きてきたのだ。仕方がない、はずだ。今後のことも考えて、「仕方がない」で済ませ続けるつもりもないが。
「しかし、なんで光芒の国に?」
「それこそ魔鉱石に興味があってね」
「ああ、あそこは魔鉱石の産地で有名だな」
洞窟国家、光芒の国。
魔鉱石の一大産地にして、国ごと魔鉱石で覆い尽くされた洞窟内に存在する「光なき光の国」。
魔鉱石研究者垂涎の国だ。以前から魔鉱学に興味があった僕にとっても垂涎である。
それに、
「やはり自らの目で見て確かめたいものじゃないか」
「学のあるひとの考えはわからんが、そういう感覚はわからなくはねえな」
ミルクをぐい、と飲み干し、おかわりをもらう。
と、
「あ」
マスターが小さく、なにかを思い出したように声をもらす。
少し考えるような時間。それが過ぎ去って。
「光芒の国への同行者を探している知り合いがいるな」
「本当かい!?」
「ああ」
マスターの話に声量大きく問えば、すらすらと彼が語る。
「多少……かなり……いや、めちゃくちゃに偏屈なやつだが、知恵というものにおいてあいつを凌駕したやつを見たことがない」
「へえ……!」
「偏屈故になかなか紹介し難いやつではある。だが、お前もなかなかに変なやつだからな。あいつも気にいるかもしれん」
ナチュラルに変だと言われたことに気づかない程度には、光芒の国への渡航と、その偏屈な同行者への興味に気を取られていた。
「もし興味があるなら話を通しておくが」
「頼んでもいいかな!」
「ははっ、活きのいいやつが来たと伝えておこう」
わくわくと心が踊るような気持ちだった。久方ぶりの感覚。故郷から離れ外遊に出たときのような、好奇心と開放感が合わさったような。そんな気持ちがした。
「その同行者、名前は聞いてもいいかな?」
「ああ、あいつは……なんだったかな」
「?」
「あいつは定期的に呼び名を変えるものだから」
不思議な顔をしたことを見抜いたマスターが言葉を添えながら思考を巡らせている。
と、
「ああ、そうだ。あいつは今」
「——シャーロック・ホームズ、だったかな」