写実主義・浪漫主義と自然主義の間のミッシングリンク山田美妙~
(犬という知恵のかたまりはもちろんニャアと鳴く獣でもわかる話)
写実主義や浪漫主義は社会とか個人とか人格の形成の話をするけれども、そもそも人格みたいなものがあるという前提で話をされても弱い者たちにとってはつらい。自己責任の否定。
社会的テーマを扱う欧米文学の自然主義は、写実主義から発展したと言います。、
私小説ともよばれる日本文学の自然主義は、浪漫主義から発展したと言われます。
後の自然主義の解説で話すべきことを前もって話します。
日本文学の写実主義・浪漫主義と自然主義の間には断絶があります。
そのミッシング・リングと目される作家が山田美妙です。
断絶。
社会テーマを意識する写実主義の登場人物は、社会のあちらこちらを眺めながら、自分の目的を決めていきます。ヨコの関係での【人格】と言えるやもしれません。
私的テーマを意識する浪漫主義の登場人物は、過去や未来を想いつつ、現在に自分の目的としていることは正しいのかどうか悩みます。タテの関係での【人格】と言えるやもしれません。
社会資料の提供を謳う自然主義の場合、すでに普遍的な【人格】を持ち合わせている観察者がいて、変なひとを眺めてレポートするのです。【人格】は最初からあって当然です。
つまり、写実主義・浪漫主義が【人格】について悩むところがあるのですが、自然主義は【人格】はあって当然ということになるのです。
両者の中間に存在するとされる山田美妙という作家は、「こちらには【人格】なんて立派なものは最初からない」と悲鳴をあげていくスタンスなのですよ。
十代で新聞小説『武蔵野』でデビュー。
詩人系の美少年。
女として見ても余裕で美少女で通る。
pixivの方に置いている小説『明治十四年の政変・前夜祭』で主人公として取り上げました。
いつも無力感におそわれていて傷つきやすくナイーブ。
ただ破滅の日を待ち焦がれる。
そういう人間が多く実在していることを明らかにしたのは山田美妙の功績だと思います。
男装美少女凌辱小説『いちご姫』とか。
女装美青年探偵活劇小説『女装の探偵』とか。
色々とありますが、学生の受験対策としては山田美妙の代表作は『武蔵野』と覚えておいた方が無難です。
山田美妙の小説を読むと、明治時代に大人たちが「女学生は小説を読むな」と言っていたという話も「そうやねえ・・・」という気分に襲われますよ。
R-18。
しかしながら、山田美妙の小説は、当時の女学生の間で大流行しました。
社会から強い抑圧を受けている層には、山田美妙の「こちらには【人格】なんて立派なものは最初からない」という悲鳴は、強い共感をうんだのです。
山田美妙の独自の技法として言われるのは、【無人称】と呼ばれるテクニックです。
自由間接話法。
例文をお見せします。
(A)
男は少女の制服に手をかけた。征服してやる。ビンタを叩き込み脱がせた。
「待て」
救いの御子が現れた。
(B)
男は少女の制服に手をかけた。酷いことをしている。やってしまってもいいのか? この機会を逃せば二度とない。ビンタを叩き込み脱がせた。
「待て」
救いの御子が現れた。
(C)
男は少女の制服に手をかけた。誰か彼女を助けてあげて! ビンタを叩き込み脱がせた。
「待て」
救いの御子が現れた。
AからCまで以下の部分が違います。
━━征服してやる━━
登場人物の視点からの自由間接話法です。やると決めたらやる。写実主義。
━━酷いことをしている。やってしまってもいいのか? この機会を逃せば二度とない━━
登場人物の視点からの自由間接話法です。やると決めているのに悩む。浪漫主義。
━━誰か彼女を助けてあげて!━━
登場人物でも神としての作者でもない何者かの視点の自由間接話法です。これが山田美妙の無人称です。
「この作品がどこに流れて行くのか責任を取りたくない・・・」
そういう作者の心の弱さが伝わってきますね?
自己責任なし
他責のみ。
自己責任をうるさくいう近代が見落としがちなものを拾う点で、山田美妙作品には文学的な価値があります。
栗本薫の提唱したJUNE耽美小説がその後継者にあたるのかなと個人的に思います。
社会を見渡すというヨコの問題で【人格】を考えた写実主義。
過去から未来の人格同一性というタテの問題で【人格】を考えた浪漫主義。
つまり、みんなで【人格】って何だろうなとやっている状況で、「私はそんな立派なものを持ち合わせていません!」という悲鳴があったのです。
その反動として、どこかから「持っていて当然だ」という罵声が飛ぶ。゛
でもって、【人格】は当為のものとして、実際に目撃した出来事を社会資料として記録する自然主義に向かうわけです。
・無人称と呼ばれる無責任な観客視点の三人称。
・決心するまで悩むのでもなく決心してから悩むのでもなく「決心すること自体が普通じゃないよ!」という悲鳴。
このあたりが山田美妙の技巧です。