act2 アイビー
大学の帰り道、今日は隣に黒瀬が居る。
一緒に帰るのは久々だった。
「歩、ありがとう一緒に帰ってくれて」
「何だよ急に水くせぇな。ってか帰る前にその腫らした眼どうにかしねぇとな」と僕の腫れた
眼をみて黒瀬は吹き出す。
「あっ、笑ったな!人が思い詰めて泣いて腫らした眼だって言うのに歩は〜!」
と黒瀬の肩をポカポカと叩くが黒瀬に腕を掴まれすぐに止められてしまう。
「悪かったって、元はと言えば透が話してくれなかったのも原因だが…まぁいいやとりあえず腹減ったし何か食って帰ろうぜー」
この日を境に一緒にいる時間が前よりももっと
多くなった。
僕は幸せだった、好きな人と同じ時間を共に過ごせる。
いつかは忘れてしまうかもしれないけど今はこうやって笑い合える事が本当に幸せだった。
講義が終わり次の講義へ行こうとした時の事だった
「歩、ちょっといい?」
ドア付近に長く綺麗な黒髪をなびかせた女性が立っていた。
どうやら黒瀬の彼女らしい。
「ん、凛か…ごめん透、先に次の講義向かっててくれるか?すぐ行くよ」
黒瀬は少し困った表情で彼女と歩いていった。
彼女の方もだいぶ思い詰めた顔をしていたから
別れ話でもするんじゃないかと第三者の僕の方がドキドキしていた。
もちろん黒瀬の事が好きだから彼女が居ることを報告された時はすごくショックだったが彼の嬉しそうな笑顔に僕は笑い返す事しか出来なかった。
「何で最近連絡もまともにくれないわけ?浮気してるんでしょ?」
女性の怒鳴り声が廊下に響く
「少し落ち着けよ浮気なんかしてねぇって」
女性の声に続き黒瀬の声が聞こえてくる。
どうやらさっき黒瀬が呼び出されたのはこれが用件みたいだ。
「じゃあなんで最近私と一緒に居てくれないの?避けてるの?」
「っ…それは」
「ほら、言葉に詰まった。何か隠してる。それは私にも言えない事なの?」
「ごめん…」
「はぁ…わかった。別れよう」
そう言って黒瀬の彼女は去っていった。
つい気になって近くで盗み聞きしてしまった…
黒瀬すまない…
「あ…透居たのか」
話が終わった透と鉢合わせた。
「あっ…いやたまたま?自販機行こうと思ってて、何にも聞いてないよ。」
「いーよ、嘘つかなくて。もう透の嘘は十分だよ。って事で今日から俺ぼっちなんで!透〜構ってくれよ〜」
少し寂しそうな黒瀬が僕に絡んでくる
「うわっくっついて来ないでよ〜」
嫌な素振りをしながらも、くっつかれるのは
ちょっとだけ、ちょっとだけ嬉しかった。
お昼の時間になり黒瀬と2人で食堂へ向かった。
「あ、黒瀬!凛と別れたんだって?なぁんであんないい女手放しちまったんだよ〜」
黒瀬の友達が言う。
「るっせーな、いいんだよ別に。」
「良くねぇだろ、最近付き合い悪いから凛浮気だと思ってたらしいじゃん。しかも理由言えねぇって言ったんだろ?これだからモテ男は困るねぇ…」
「だからうるせぇって言ってんだろ!!これは俺の問題だ。てめぇには関係ねぇよ。うせろ」
黒瀬がキレた。こんなにぶちギレてる黒瀬は初めてだった。
「なんだよ…そんな大きい声出さなくたっていいじゃんか…」
そう言いながら黒瀬の友達は逃げていった。
「歩…」
「わりぃな透、俺ちょっと頭冷やしてくるわ
先に飯食っててくれ」
そう言って黒瀬も食堂を出ていった。
僕は学食のカレーを食べながら黒瀬の彼女と
さっきの友達の言葉を思い出していた。
「最近連絡もくれない」、「一緒に居てくれない」、「浮気してるんじゃないか」
確かに最近の黒瀬は彼女と一緒に居なかった
その代わり隣に居たのは…
「そうか…僕だ」
黒瀬は僕と一緒にいた。彼女と一緒にいる時間を僕との時間に当てていた。
という事は…
「僕のせいだったんだ」
あまりのショックにスプーンを置く。
恐らく黒瀬は僕が1人になると弱くなる事を
分かってそばに居たのだろう。
だから帰りにどこか寄って帰ろうとか色々考えてくれていたんだ。
それに病気が現在も進行している。
何かあった時に助けてくれようとでもしたのだろう。彼は本当に優しいから。
それにしても何で僕はすぐに気付けなかったんだろうか。
「あれ、食欲ねぇの」
後ろから黒瀬の手が伸びる、僕が置いたスプーンを手に取り僕のカレーを1口食べる。
「うまっ、でも米が少しカピってるな!おい透どんだけカレー放置したんだよそろそろ午後の講義だぞ」
戻ってきた黒瀬が隣の席に座る。
「僕の…せいだよね…」
下を向きながら僕は声を絞り出した。
「あ?何言ってんだ?」
「彼女さんと別れたの…僕のせいだよね、
僕が病気の事話したぐらいの時からいつもそばに居てくれたでしょ?もう、僕の事心配しなくて良いから…彼女さんに話して寄り戻してもら…」
僕が言い終わる前に黒瀬の言葉が重なる。
「俺が別れたのはお前のせいじゃない、
俺がお前と笑って居たかったからそうしただけ。お前が病気って知った時に、ガキの頃からずっとに一緒にいるお前に俺の事忘れて欲しくねぇなって思った。だから俺はお前と一緒に楽しい思い出作っていっぱい笑って、ぜってぇに俺の事忘れられなくしてやるって勝手に決めたんだよ。だからお前が気に病む必要はねぇよ。俺が勝手にやってる事だから」
彼の優しさに胸がいっぱいになる。
眼からこぼれそうになる涙を下唇を噛んで止める。
「だから透、お前は笑ってろ」
せっかく止めた涙がこの一言で台無しだ。
「うん、ありがとう…ありがとう歩」
眼から涙がぽつりとこぼれたが僕は黒瀬に笑ってみせた。
次の日僕は病院へ向かった。
待合室で待っているとこの間の子供がまた走り回っていた。
その子の親はまた「すいません、すいません」と謝りながら子供を注意している。
また僕の足元に飛行機のおもちゃが落ちる
それを拾い上げ子供に手渡す
「こんにちは、また会ったね」
「この間のにーちゃん!こんちは、拾ってくれてありがと!」
軽く言葉を交わす。
「飛行機のおもちゃかわいそうだから落とさないようにね!」
「はーい!またね!」
親元までかけて行く子供とそのそばで僕に会釈をする親に僕も軽く会釈をした。
しばらくして診察室へ呼ばれた。
「白川さん、どうですか?調子は」
「まぁまぁですかね。でも最近は少しは調子が良いです。」
「それは良かった、物忘れとかはどうです?」
「そうですね…この間、参考書同じのを買ってしまって、今家に3冊あります」と苦笑いしながら先生に打ち明けた。
「そうですか、お母様には話はしました?」
「いえ、話して無いです。」
「そうですか…なるべくご家族の方にはお話して下さいね。」
「はい、そういえば先生、僕が頭痛い、感情の起伏が激しいと言っただけでアルツハイマーと分かったってすごいですね。」
そう僕が言うと少し先生は不思議そうな顔をする。
「ん〜、白川さんに色々質問答えてもらったり簡単な短期記憶のテストだったりMRI撮ったりもしたしね」
「え?そんな検査しましたっけ?」
僕もそんな身に覚えの無いことを言われ首を傾げる。
「うん、検査確かにしてますよ。」
すっかり記憶から抜けていた。
今までこんなにど忘れする事なかったのに。
と自分で驚く。
「そうですか…すいません変な事言って!それじゃあ失礼します」
少し焦った素振りでドアを開け診察室を出た。
「あ、白川さん!お大事に!何かあったらすぐ来てくださいね!」
先生が少し大きめの声で言った。
自分ではあまり気付いてなかったけれど症状が出てた事を実感しびっくりする。
僕が最近忘れっぽかったりする事、黒瀬は気付いていたんだろうか…
この先の不安で押し潰されそうになる。
ピロンッ、カバンにしまっていたスマホが鳴る。
黒瀬からだった。
~おーい通院終わったか?大学で待ってんぞ~
黒瀬からのメールで少しだけ心が軽くなる。
~終わったよ、これから向かうね~
平和な日常が続きますように、そんな事を願いながら大学へ向かうのだった。
つづく