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はたして俺の異世界転生は不幸なのだろうか。  作者: はすろい
六章 帝都ガラニス 
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失くした日記

 私には将来を約束した、とまでは行かないが恋仲になりかけていた女性がいた。彼女はよく笑う感情豊かな女性だった。そして同時に病弱な女性だった。

 そして私の家は診療所で、父親は町医者だった。


 彼女と知り合う前の、幼い頃の私は医者になる事を拒んだ。人体を知り、技術を知り、病を知るなどという面倒な事をしたくは無かった。

 そんな事なら治癒魔法を習得した方が早いと思った。彼女と知り合い、彼女の貧弱な体を治そうと誓った時だってそう思っていた。


 もちろんその事をそのまま父親に告げた。どうして治癒魔法を使わないのか、と。

 だが幼い私は知らなかった。そんな知らない私に父親は教えてくれた。治癒魔法は誰でも使える訳ではないと言われた時はがっかりしたものだ。

 加えてもう一つ。治癒魔法は人を治す事ができる。ただしそれは怪我とかそういった外的な損傷を治すだけであり、先天的な持って生まれた性質まで治すことはできない。つまり彼女の病弱な体を治すことはできないと言うことだ。


 だから私は父親の教鞭を受けて、町医者となる事を志した。そして私が医者になれた暁には、彼女と恋仲になると約束をしたのだ。


 その約束を胸に邁進し続け、ついに父親から医者として認められた。それから一週間後、約束を果たす日が来ようとしていた。



 しかしその日は結局来なかった。



 何のことはない、彼女は病にかかっていたのだ。道を歩いていたその時、突発的な病状の悪化に見舞われた。その場で胸を抑えたまま蹲り、そして私と父親の診療所へ運ばれてきた時にはか細くなった息を引き取っていた。


 運ばれてきた彼女を見て判明した。彼女は魔力欠乏症だったのだ。魔力を蓄積する能力に欠陥を抱えるという病。それが悪化した結果、彼女の肉体から生命力とも呼ぶべき魔力が失われた。

 最後には死に至った。


「残念だったな」

「気を病むなよ」


 私と彼女の関係を知っていた者は、私にこう言った。

 私を慰めるようなその言葉を私に投げかけた。


 違うだろ。



「お前のせいだ」

 


 きっと奴らはそう言いたかったのだ。

 道端で病に苦しむ女性を前に、手を伸ばす事を尻込みし続けた奴らは、彼女が虫の息となるその時まで手を伸ばさなかった。あと少しでも診療所に運ばれるのが早ければ、彼女の命は救えたかも知れないのだ。

 その事実から目を背け、彼女と深い関係であり医者である私に責任を負わせようとした。誰も自分のせいで人が死んだなどとは思いたくないからだ。


 だから。


 だからなんだ?


 だから医者である私たちのせいか?


 責任のありかに苛むならば手を差し伸べることができただろうが。


 それをしなかったお前達に情けをかけられる筋合いはない。



 それからだ。

 人を信じなくなったのは。

 私が医療というものに置いていた信頼が揺らいだのは。

 そして死霊術というものに目をつけたのは。


 死霊術は素晴らしかった。

 治癒魔法とは違い死霊術は万人が使用することが可能で、治癒魔法に匹敵するほど強力だった。それに自分だけの傀儡を作成できる。既に人間に対して不信感を抱いていた私には僥倖だった。


 万人に扱うことが可能で、そして治癒魔法に匹敵する。


 その点が禁忌とされた所以なのだろう。

 誰しもが死を超越することができる。それ即ち生の価値を汚すということだ。


 上等だ。

 価値を汚してでも、私には取り戻したいものがある。


 そう、取り戻したいのだ。彼女を。


 そう考えなくては壊れてしまいそうだった。

 彼女の死体を前に茫然自失としたことが脳裏に焼き付いて仕方なかった。


 そして私は死霊術を研究し始めた。

 私の友人に神父が居た。そいつの教会に特殊な仕掛けを施して、私の研究場所を作った。


 長いことうまく行かなかった。

 魔法陣の上に現れるのは毒々しい色の肉塊ばかり。

 およそ人とは呼ばない何かを生み出す日々が続いた。


 父が死んだ。


 何年、何十年経ったか分からない。

 だが、ようやく死霊術の一端を理解できた。

 というのも肉塊が動く死体になったのだ。生み出されては崩れ落ちる、脆いものだったがそれでも大きな進展だ。


 それからすぐに、その脆さは消えた。

 動く死体、歩行する屍が完成したのだ。


 形になり始めたそれを見て、私は思った。

 私は死んではならない。

 私が死んでしまっては、私の研究の価値が失われてしまう。それは彼女の命の価値が失われるのと同義だ。

 私は確固たる決意を、死んではならないという意志が芽生えたのだ。


 神父が死んだ。


 私の研究場所は失われた。

 帝都に居てしまえば、いずれ私が禁忌に触れていることが露呈する。

 よって私は王都へと場所を移した。


 それからまた数年して、私の死霊術は進展した。

 死体達は生前よりも強くなったのだ。『記憶改竄』の小僧の手を借りて、騎士団からせしめた死体を利用してようやく先へ進んだのだ。


 だが、協力していた小僧は騎士団に捕らえられた。

 そしてまた居場所を追われた私は、帝都に戻る事を決意した。


 帝都に戻った私が最初に手をつけたのは旧友であり、協力していた神父を蘇らせることだった。


 蘇らせて初めて気づいた。知能が備わっていたのだ。


 ここまでくるために、一体何十年かけたのだろう。

 死霊術の研究を始めた時から、随分と老けてしまった。

 だが、ようやくだ。

 ようやく、ようやく・・・・・なんだ?


 私はどうして死霊術の極地を目指したのだ?

 膨大な記憶と知識の土台には、確かに起点となる何かがあったのだ。

 それは何だ?


 私の胸には沸々と煮えたぎるように、死んではならないという思いがあったのだ。


 そうだ、死んではならないのだ。


 私の知識が、価値が失われることはあってはならない。


 死とは恐るべき事象なのだ。


 だから私は死んではならない。


* * * * *


「どうしてこんな事をした?」


 俺は死霊術師に質問を投げかけた。

 しかし、俯いた男はその返答をする様子はない。


「私は死にたくはないのだ・・・」


 その言葉は冷静さを帯びていた。


「仕方ない・・・。賭けではあるが、見せてやろう・・」


 冷静さは徐々に失われ、熱意とも呼ぶべき感情が死霊術師の口から溢れ出る。


「私の研究の極地・・・秘術を!!!」


 死霊術師の全身が光を帯びる。

 何かがおかしい。何かマズイ。


 そう考えた俺たちは同時に駆け出した。

 言うまでもなく、一番に死霊術師の元へ辿り着いたのはユウリだった。

 笑みを浮かべた死霊術師の体を、ユウリは容赦なく切り捨てた。


 死霊術師は倒れた。

 俺の手で、ではなくユウリの手で。

 

 結局、俺には手に余る案件だったのかも知れない。

 だが我ながら意外だ。言ってしまえばユウリに復讐を横取りされたようなものなのに、怒りは湧いてこない。

 もしかするとこれが正解だったのかもしれない。私怨で動いた俺ではなく、ノアやユウリのような男が手を下すことが最適解だったのかもしれない。


 俺の死霊術師に対する復讐心が冷めていくのを感じながらそんな事を思った。

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