窮地に訪れるのは
ノアの顔から困惑が消えない。より詳しい説明をすべきなのは分かっているが・・・。
「お前が理解できないのは分かるが、一から百まで説明する暇はない」
ここは必要最低限の事を伝えておこう。
「言い出しっぺは俺だ。だから傷を負う役目は俺が担う。お前には俺が死なないよう、適度に攻撃を引きつけてほしい」
「適度に、と言われても・・・」
「よし!行くぞ!」
「ちょっ!!」
ノアには悪いが、これ以上うだうだやっていてはいけない。思い切り地面を蹴り、ノアを突き放す。
「フッ!!」
短く息が漏れる。胸の奥に満ちた気合いとは裏腹に、やはり剣はヌールの体に到達することは無く固定された。
ヌールは笑みを崩さず、俺の腹部に拳を打ち込んだ。耐え難い衝撃に喉が鳴る。思わず苦痛に顔を歪めてしまう。
苦しむ俺を意に介さず、笑顔のまま拳を打ち続ける。
顔面に打ち込まれた打撃から、じわじわと痛みが広がる。
両腕に入った打撃が、一瞬手の感覚を忘れさせる。
脇腹に打ち込まれた拳の先で、骨がみしみしと軋む音がする。
口に迫り上がってくる血の味が、さらに表情を歪ませた。
その場で耐えることもままならず、無様に吹っ飛ばされてしまう。地面に伸びる俺をヌールは変わらず笑顔で見下ろした。
「決死の覚悟ですね。素晴らしい」
「死ぬつもり・・は毛頭ない・・・」
笑う膝を抑えて立ち上がる。
正直言って泣き出したいくらい痛いが、ここは取り繕っておこう。
「傷つく事を厭わない。その行為の先にある『愛』がどう実を結ぶのかをこの目で見届けたい」
「そんなんじゃないさ。今してる事に愛なんて無い」
俺の言葉に、ヌールはさらに口角を上げた。それにつられて、漏れる笑い声も大きくなる。
「いえいえ!貴方は信頼という名の『愛』の下に行動している!」
「信頼は信頼だろ。愛って言いたいだけじゃないのか?」
笑い声はそこで途切れた。俺を見下ろすのは冷え切った目。それは違うと告げる、射抜くような鋭い視線。
「欲望は『愛』から生ずる。『愛』は欲望から生じず」
「何が言いたい?」
「全てのものが『愛』から芽生える訳ではない、という事です。さあ、これ以上の言葉は不要でしょう」
二人の間にあった距離が瞬きよりも早く詰められる。
再び打ち込まれる拳に軋んでいた骨が、嫌な音を立てて折れたのが分かる。
いい感じにダメージが蓄積してる。あいつもそろそろ気づいていい頃合いだ。
そんな考えが頭をよぎった瞬間、顎に拳が打ち込まれようとしてるのが視界に入った。
妙にゆっくりと感じられるその時間が、これを喰らってはマズイと予感させる。
「アルマさん!!」
「邪魔です!!」
俺の指示通り、ノアが攻撃を散らしてくれた。
ただ、ノアが受けたダメージも甚大だ。
俺の方も肋骨が何本か折れてる。咳き込む度に血が込み上げる。体の何処かを動かすだけで、節々に痛みが広がる。
後一発でも喰らったら、この二度目の生に終わりを告げる事になってしまう。
「窮地・・・だな」
瞬間、一筋の光が走った。
この地下に繋がる階段から、コユキが作った氷の壁を突き破り、そして俺たちのところまで。
光は張り詰め始めた重苦しい空気を切り裂いて、俺たちの不安を晴らした。
そこにあったのは窮地に訪れたヒーロー、英雄の姿。
「今回は遅すぎだ、ユウリ」
「お前は無理をしすぎだ、アルマ」




