帝都初調査
人が忙しなく動き出し、まるで帝都に命が吹き込まれたかのように騒がしい朝。営みのため、あるいは営みを始める準備のため道は人がひしめき合っていた。
「墓地の場所は分かりますか?」
「ここまで来てなんだが、分からん。すまん」
「いえ、アルマさんが来たのは昨日ですから無理もないです。これ、地図です」
手渡されたのは手書きの地図。魔道具屋、もといグレイ家から墓地までの道が記されたものだ。
「簡単な物ですみません」
「いや、地図が簡単に越したことはないだろ。よく書いたな」
ノアが言った簡単な物、というのは粗末な、とかの意味合いを含むのだろう。だが渡された地図はそのままの意味、見やすく簡単な物に仕上がっていた。
それに地図を見る限り、墓地に行くためには結構歩くことになりそうだ。本当によく書いたものだ。これはありがたく頂いておこう。
「アルマさん」
ノア作の地図の出来に感心していると、地図の作者が口を開いた。
「僕、アルマさんの、いえ正確にはアルマさんの父君の言葉でしたね。ともかくあの言葉を聞いて以降、何というか肩の荷が降りたような気がしたんです」
半年ほど前だろうか。
ノアと初めて会い、決闘を申し込まれた日。俺は父のありがたい言葉をノアに教えた。才能が無くともその道を進むと決めた彼にとって、せめてもの励みになればと。いつか挫けた時にその背中を軽くでいいから押してくれる言葉になればと、そう思ったが故の行動だ。
そしてその思いはどうやらノアに伝わっているらしい。なんだか、得体の知れない喜びが込み上げてくる。
「ありがとうございました」
往来で深々と頭を下げるノア。
感謝されるのは全然良いが、ここでは人の目につくからやめて欲しい。
「な、なあノア。そんな頭下げなくても・・・」
「いえ!礼儀としてこうすべきと思ったんです」
そういやこいつ、人の話聞かないタイプだったな。
数秒した後、ようやくノアは頭を上げた。
「では、僕はこの辺で」
「ああ。それじゃ」
俺たちはそこで各々の役割を果たすべく、別れた。
人の波を掻き分けながら進む。
さて、俺の仕事は墓地の調査。
ノアが言うには手がかり一つでも上々とのこと。それは裏を返せば手がかりが無いことも考えられる、無いことの方が可能性が高いという事だ。
だが、せめて手柄は立てておきたい。でないと帝都まで来ている意味が無い、ような気がする。いや、役立ちたいというのがでかいかもしれない。
とは言っても、四六時中墓地に居続けては完全に不審者。おまわりさんを呼ばれゲームオーバーは想像に難く無い。
となると、目撃された時間が知りたい。昨夜聞かされた話は朝だの昼だのと大雑把な時間帯だった。出来ればもっと詳しい時間を聞きたいところ。
俺は勢いよく振り返った。
そして肩を落とした。
もしかしたらノアの姿が見えて、あわよくばノアに時間について聞こうと思ったが・・・。
既にノアの姿は見えなかった。探そうにも、こうも人が多くては無理に等しいだろうな。
大人しく、俺は墓地に足を向けた。
* * * * *
墓地に着くと、そこには沢山の墓石があった。
よく手入れされて花が供えられているものもあれば、何年も放置され苔生したものまである。
「人の墓を眺めるのは、なんだか気分が悪いな」
俺は役目のためにここに来ている。だがこうして墓地の入り口で佇み、その様子を監視し続けるというのは悪事を働いているような、そんな後ろめたい感覚になる。
ここに眠る人たちに失礼な気がしてならない。
いや、と首を振る。
確かに俺の行為は誉められたことでは無いのかも知れない。他ならぬ俺自身がこの行為に対し、僅かながら嫌悪感を抱いているのは紛れもない事実だ。
だが、真に死者を冒涜しているのは死霊術師だ。未だ表舞台に姿を見せず、影で命を弄ぶ外道に罰を与える。それは死者への相応の礼儀と言えないだろうか。
もう一度、首を振った。
死霊術師を討つ、それは確かに礼儀と言えるかも知れない。だがこうして墓地を監視する事は、やはり誉められたことではない。
死霊術師を引き合いに出し、自らの行為を肯定しようとした。それは間違っている。
「どうか、俺の行為を許してくれ」
誰一人いない墓地に向け、俺は言い放った。
「それは一体どういう事でしょうか」
虚に向かって投げた言葉。返事など返ってこないはずが、その考えを裏切るように声が聞こえた。
背後から聞こえたその声に、俺は振り返る。そこに居たのは白髪の老人。白いローブに身を包んだ、どこか神聖さにも似た雰囲気を纏っている。
「すみません。こうして墓地を眺めているのが申し訳なく思えたので、その懺悔みたいなものです」
「なるほど。してどうしてここに?」
さて、どうやって切り抜けたものか。
「知り合いの見舞いに来たのですが、ダメですね。手入れされているものの中には無かったですし。長く手入れされていないものは名前を読むことも難しいので」
お手上げ、と肩をすくめる。
我ながらうまく誤魔化したものだ。そう思うと同時に故人に対し、心の中で深く謝罪した。
「それはお気の毒ですね」
「失礼ですが、貴方は?」
俺は老人に質問をした。
「私はこちらの墓地の管理人です。ここは教会が所有する墓地なのです」
そう言って指差した先には、教会があった。
俺の様子を気にしていたのはそういう事だったか。
「では、私はこれで」
そう言って老人は去っていった。
ともかく、ここに居続けるのは人の目にとまるな。というか既にとまった。盛大に見つかってしまった。
「おい・・・」
これからいかにして情報を探るかを考えていた時、またも背後から声をかけられた。今度は老人の声ではない。背筋が凍るような冷徹な声。
先ほどの老人の背中は既に見えない。仮に、ここで戦闘が始まっても危害が及ばないことを確認した後、振り返る。
そこに居たのは軍服で身を包み、軍刀を手にした男。その顔の上半分は無く、その傷を隠すかのように軍帽を被っている。
その姿を視認した瞬間、微かな金属音が耳に入る。聞き慣れた剣を抜く音。
軍刀はその刀身に陽の光を宿し、俺の眼前に迫った。




