幕間 『馬車に揺られて』
「アルマ見ろ!獣達の群れだ!まるでゴミのようだ!」
どこかで聞いたセリフをコユキは大層楽しそうに口にした。目を潰されないよう気をつけてほしいものだ。
帝都までの道のりもようやく半分。
当初はコユキが駄々をこねると思われたが、そんな暇は無かった。むしろ、移りゆく景色に気分を高揚させるばかり。
普段の俺ならそんなハイテンションのコユキに冷めた態度をとるところだが、今回は別。長旅ということで昂っていた。
今も鹿のような動物が群れを成して走り去って行くのを見て、興奮している。
「すげえ!なんだあれ!」
動物達が馬車とは逆方向に駆け抜けて行く。
彼らが地を踏む振動が地面を通り、馬車に伝わり、それに乗る俺たちを揺らす。
異世界に来てから一度も、いや前の世界でもこんな光景を目にしたことはない。
いい経験をした。
動物達の群れはやがて小さくなり、見えなくなった。
大きな足音がなくなったおかげで、やけに静かに思える。
草木を揺らす風の音だけが聞こえる馬車の上で、俺たちは感嘆のため息を出した。
「今日は凄かったなぁ。今までで一番かもしれない」
「そうか?妾は湖のほとりを走っていた時の景色が気に入ったのう。アレと比べると今日の光景も霞んでしまう」
「そんなこと言いながらすげえはしゃいでたぞ、お前」
そんな他愛も無いやりとりをする。
様々な景色を見て言葉を交わす。
それが習慣になりつつあった。目が引き寄せられるかのような絶景を前にした。鼻をつまむほどよ悪臭が漂う場所もあった。その全てを見るたびにこうして感想を言い合う。
この時間はとても平凡で、そしてたまらなく好きだ。
なんとなくギルダの言葉を思い出した。
その先のこと。復讐を成し遂げた、もしくは復習できなくなった時のこと。
あの時はその二つしか思い浮かばなかった。
でも、復讐を忘れる、というケースもあるのでは無いだろうか。こんな風に平凡に、平穏に生きる道が。
そこまで考えて鼻で笑う。
そんな事は出来るはずがない。
俺がこの馬車に乗っている理由は、親を利用した死霊術師に対する復讐だ。そんな男が復讐を忘れられるわけがない。
「日が沈むな」
そんなコユキの言葉に、俺の思考は掻き消された。
気づけば空が赤く染まり、風も冷たくなりつつあった。
想像以上に旅の時間が過ぎるのは早い。
この馬車に乗ってきた時間は、確かに一ヶ月と半分程度。積み重ねてきた一日は、変わらず一日だ。
だが、今思い返すと全てが一瞬の出来事のように感じる。
「旅の終わりも近いのか」
そんな言葉が漏れた。
星が輝き始めた空を見て、少しノスタルジックになったのかもしれない。
「今日はこの辺で野宿か」
「そうであろうな」
そんな会話の数分後、馬車は止まった。
焚き火を囲み、食事を摂る。
あとは寝るだけとなった。
明日も旅が続くのだ。
途中で魔物の襲撃にあった時、寝不足で戦えないとなれば笑い話だ。早く寝なければならない。
だが、俺は眠れずにいた。
日中の続きで、旅がどうのとか復習がどうのとか。いろいろ考えてしまった。普段なら俺が寝る前までやかましいコユキですら、寝ているというのに。
「寝る前に考え事するのはダメだな。頭が冴えて寝れない」
独り言を夜の闇に向け、言い放つ。
旅は終わる、復讐は終わらない。
そんな事は分かっている。
分かっているけど、分かりきっていることを考えてしまう。
なんとなく、自分が死んだ後のことを延々と考えるあの感覚に似てる。
「・・アルマ・・・・起きとったのか・・・」
少し離れたところで寝ていたコユキが起きてきた。
眠そうに目をこすりながら、俺の隣に座った。
「悪い。起こしたか?」
「・・・・そうだな。・・起こされた」
眠いせいか、レスポンスが遅い。
そして少しの間の静寂。
俺は交わす言葉が見つからず、コユキはとにかく眠いのだろう。俺を気にせず寝ればいいのに。
「アルマよ・・・」
そんな束の間の静寂はコユキの声によって破られた。
「妾には・・・・兄がおるのだ」
初耳だ。
コユキの両親のことは少し耳にしたことがあるが、兄がいるとは知らなかった。
「兄はよく妾を撫でてくれた・・・。妾もそれが好きで好きで仕方なかった」
喋っているうちに眠気が覚めたのか、スムーズに話し始める。
「お前が妾を撫でた時、同じものを感じた。優しくて、そしていつかどこかに行ってしまうかのような・・・」
どこか悲しそうな様子でコユキは続ける。
「だから妾はお前が気に入ったのかもしれぬ。兄と同じ撫で方をする・・・お前が」
「お前の兄さんは今どこに?」
「・・・・・」
返事はない。
代わりに俺の方に寄りかかってきた。か細い寝息が耳に入る。
このタイミングで寝るか普通。
なんだか含みのある言い方だったな。遠くに行ってしまいそうだとか。
コユキの兄さん、同じく神なのだろうか。
ダメだ。また考え事してる。
思考を振り切るように頭を振る。そして俺はコユキを抱え、元いた場所に戻した。
コユキが兄のことを話したのは眠かったからか、それともこの星空がそうさせたのか。
この先、途切れた話の続きを聞くことが出来るのだろうか。
なんとなく、この旅の終わりが来ないでほしいとそう思った。




