嵐の後の快晴
「ぷはー。満腹満腹」
コユキは満足気に腹をさすった。
王都には既に月の頼りない光が落ち、注視しなければ二歩先の地面も見えないほど薄暗くなっていた。
「お前、よく食うな」
「これでも神だからの。人間のお前達より必要な食事が多いのは当たり前であろう?」
何気ない質問に、思ったよりしっかりとした答えが返って来た。
「まあ、人間一人食えばしばらくは持つのだがな・・・」
「おいおい、怖いこと言うなよ。まさか、神都にいた時食ってたんじゃないだろうな」
「まさか。神の冗談というやつよ、人間のアルマには難しかったか?」
神だからどこまでが本気かわからないのだが。
こういった冗談は控えて欲しいものだ。
「ところで、この者たちはどこへ向かっているのだ?」
道の真ん中を歩く人の列は、隅を歩く俺たちとは逆方向へと向かっていた。まるでその先に何か特別なものがあるかのように。
「さあ、俺が知るわけもないだろ」
「おっと、そいつはいけねえ。この先に行ったらきっとすげえもんが見えるぜ?」
俺の背後にあった露天の店主がコユキの質問に答えた。
どうやら人の波はすげえもんに向かっているようだ。
「本当か!?よし、行くぞアルマよ!」
「ここに来てからお前に連れ回されてばっかだ」
俺のか細い愚痴はコユキの耳に届くことなく霧散した。
約二時間ほど歩いただろうか。
人の波を掻き分けながら牛歩の歩みで辿り着いた先は、高台だった。
その高台にも人の大群があるのを見る限り、まだすげえもんとやらはお披露目されていないらしい。
「待つか?」
「そうだな。迂闊に動いてしまえば妾達の場所はなくなるな」
コユキと共にこの場所でしばらく待つことを決めた。
「しかし、このままでは前が見えんのう」
次に出る言葉がなんとなく予測出来る。
文句を言ったところできっと押し通されてしまうだろう。
ならば先に行動するまで。
俺はコユキをおんぶした。
「うむ。苦しゅうないぞ」
いきなりおんぶされ、少しは慌てふためくかと思ったが違った。さすが神は肝が据わっておられる。
「のう、アルマよ」
すると、明るかったコユキの声音が低く真剣なものになった。
「なんだ?」
「なぜ、エルリアルとやらの元へ向かうのをやめた?」
「クレシオが任せろって言ったからだ。そもそも、お前が俺にそう言っただろ」
「確かにそうだ。だが、神都でのお前なら何がなんでもエルの元へ向かいたがったはず。なぜ妾の言葉に従った?」
「神都での俺って、そんな変わってないだろ」
「いや、変わった。お前の決意は、確かに変わっている。いや、綻んでいる」
俺の耳元でコユキが発言する。その言葉を俺の耳は否が応でも拾い上げ、理解しようとする。
そして考える。どうしてエルの元に向かわなかったのか、その理由を。
いや考えるまでもない。そんなものは分かってる。
「怖くなった」
そう、怖くなった。
ニエ村から王都には来て、エルと再会した。しかし、彼女は俺を覚えていなかった。
もちろん、その原因を倒したことは理解している。それは間違いなく俺がやったことだ。
だが、やはり怖かった。
俺が何かを求めるたび、大事に思うたびに俺の手からこぼれ落ちる。
両親も、エルも、エルとの再会も。
また俺が望んでしまえば、俺はまた失うのではないか。
その思いが俺の中に芽生えた。
だから、俺の足はエルの方へと向かわなかった。
「怖かったんだ」
俺は繰り返した。
そして、吐き出した言葉が震えていたことに気づいた。
目頭が熱くなる。
どれだけ強くなろうと、根本は変わらない。弱いままだ。
突然、頭の上に手が置かれる。
コユキの小さな、冷たい手だ。
「案ずるな。お前はただ会えば良い。それでダメだったならば、また妾が手伝おう」
コユキは俺の頭を撫でた。
「かけがえのない者がどうしようもないほど大切だという事は妾も知っておるからの」
「・・・ああ」
「その涙はエルリアルとやらに会うまでにとっておけ」
「・・・・・ああ」
すると、俺たちなどお構いなしに周りの人々はざわめき始めた。
次の瞬間、轟音と共に夜空に大輪の花が咲いた。
俺の世界と同じ仕組みなのか、それとも魔法によるものなのかは分からない。
しかし、花火は俺とコユキを照らし出した。
* * * * *
祭は終わり、クレシオや騎士団から何の連絡も来ないまま迎えた次の日。
早朝の宿に、俺たちを呼ぶ声が響いた。
その声に応じると、エルが目覚めたとの連絡。
俺は急いで身支度を済ませた。
コユキは起きる気配を見せなかったので、書き置きを残し宿を出た。
エルは騎士団本部の医務室にいるらしい。
騎士団本部の廊下を歩きながら、俺は考えた。
まず第一声。何を話そう。
エルが居なくなった後の話?それとも俺がここにくるまでの話?
いや、まずは挨拶だろうな。
しかし、十年ぶりに会うとなると距離感が分からないな。
普通に、久しぶりでいいのか?
いや、覚えてる?、から入るか?ダメだ、この入り方は不吉だ。
よし、普通に久しぶり。それでいこう。
「こちらになります」
気づくと、目的の部屋にたどり着いたようだ。
部屋の前にはクレシオが立っていた。何も言うことなく、俺の方を見て笑みを浮かべる。
一度深呼吸し、心を落ち着かせる。
そして、扉を開けた。
「久しぶり!」
と、そこには誰もいない。
どういうことだ?嘘を言われたのか?
途端に俺はバランスを崩し、床に転んだ。
頭をさすりながら、転んだ拍子に閉じた目を開けるとそこには笑顔があった。
「エル・・・」
エルが笑っていた。俺を見て満面の笑みを浮かべていた。
「アル、そうじゃないでしょ?」
俺の体の上に乗ったエルは、俺に向かってそう告げる。
俺は一瞬困惑したが、すぐに言うべき言葉を思いついた。
しかし、それは俺が言うよりかは、エルが言うべき言葉だ。
「それはエルが言うべきじゃないか?」
そう口にすると、エルはハッとした。
「ごめんごめん。じゃあアル、ただいま!」
「エル・・・。おかえり」
気づけば緊張も、とっておいた涙もなかった。
残ったのは笑い声だけだった。




