偽物の目的
「ね、ねえ。ちょっとまずいんじゃ・・・」
「これ、乱入どころの騒ぎじゃないだろ」
俺の背後で繰り広げられるコユキとギルダの戦闘を見たためか、観客席からはそんな不安の声が聞こえる。
俺もチラと後ろを見てみるが、そこにはギルダの猛攻をひらりと交わし続けるコユキの姿があった。
コユキは回避以外の行動をするつもりがないらしく、攻撃をする素振りを見せない。
しかし、騎士団長であるギルダを手玉に取るようにするコユキは民衆の目にどう映ったのか。おそらく、ギルダに匹敵する強者として映ったに違いない。そしてそれは紛れもない事実だ。
「お、おい。今のうちに・・・」
「あ、ああ。ここを出よう」
「皆さん、落ち着いて。闘技場から避難する方は私に続いてください」
動揺の波が広がる観衆に対し、数人の騎士が避難指示を出している。
まずいな。
避難となれば、一般人と共に騎士たちも闘技場を出ることとなるだろう。そうすると全ての騎士団員を留めておくことが出来ない。
そんな一抹の不安が浮かんだが、それも次の瞬間には消え去った。
闘技場を囲むように氷の壁が現れたのだ。
再度、背後を確認するとコユキが地面に手をついていた。
その様子から察するに、これはコユキによるものだろう。加えてコユキと相対していたギルダは唖然としている。
すると、俺の視線に気付いたのかコユキがこちらに距離を詰めた。
ギルダはコユキの次の行動を警戒し、剣を構えたまま不動を貫いている。
「これが出来るなら話し合いの段階で言ってくれ」
「仮に言ったとして、お前やクレシオは同意したか?」
俺は一考した。
闘技場を囲うほど大きな壁を作ると言われたとして、そこで頷く事は出来ただろうか。
非常に有効な手段である事は認めるが、事を荒立てるのはあまりしたくはない。
つまり、仮に知っていたとしても最終手段として取っておくことになっただろう。
とはならない。
クレシオはどうか知らんが、少なくとも俺はその場で賛同した。
「若干納得しそうになったが、そう簡単に丸め込まれてたまるか。お前、言うの忘れてただけだろ」
「・・・すまん」
コユキは申し訳なさそうに謝った。
「まあいい。お前が助けてくれなきゃギルダにやられてた。それでチャラだ」
事実、あそこで助けてもらわなきゃ俺の頭は割れてたかもしれない。それを考えれば、まあ許せないこともない。
「本当か?」
「ああ、本当だよ」
「そうか。ではもう少し遊んでくるかの!」
コユキは嬉しそうにした後、再びギルダに接近し、戦闘を再開した。
俺も背後を気にするのをやめ、偽物へと向き直った。
「悪かったな。時間をとっちまって」
「チッ!やられてればよかったものを」
偽物は既に取り繕うことを諦め、完全に素で会話する。
だが、場は騒然となっていることから、俺たちの話はおそらく誰も聞いていないだろう。
「どうした?何突っ立ってんだ?やれよ」
偽物は手を広げ、俺を斬ってみろと言わんばかりの態度を取る。
俺はそれを気に留めず、偽物に話しかけた。
「お前の目的はなんだ。それを聞かせろ」
まだ魔法陣が完成したという報告をクレシオから受けていないと言うのもあったが、純粋に気になった。
騎士団に入る目的とエルに近づいた目的が、今この瞬間ですら不明のままだ。
俺の質問を聞いた偽物は、その口を歪めた。
「そりゃもちろん・・・エルリアルだ!彼女の全てが欲しいと思った!彼女の髪も、彼女の唇も、彼女の胸も、彼女の手も、彼女の脚も、その才能も!その全てが欲しくてたまらなかった!彼女の整った顔と、あの天真爛漫な性格を俺の思うがままにしたい!」
偽物は興奮と共に捲し立てる。
恍惚とした表情を浮かべる偽物に、俺は嫌悪感を抱いた。
「見たところ彼女はまだ清らかだ。誰にも汚されていない。それを俺自身の手で汚すことを考えると・・・あぁ堪らない!!!」
俺の嫌悪感など気にもせず、偽物は言葉を続ける。
俺は今にも切り掛かりたい衝動に駆られた。
その時だ。
「アルマ君、準備はできた!」
クレシアの声がした。
観客席から声を張り上げるクレシオを偽物は一瞥する。
「クレシオ?なぜあいつがここにいる。お前ら、何をするつもりだ」
「言っただろ、次に俺がここに来た時が、お前の化けの皮が剥がれる時だと」
その言葉に偽物はハッとするも、既に遅い。
気づけば辺りは光に包まれ、騎士たちは頭を抑えていた。
やがて光が収まると同時に騎士たちも倒れる。
「お、お前!何をした!」
「お前がエルをどう思おうが勝手だ。だが、お前はやり方を間違えた」
自らの欲を満たすためにエルの記憶を改竄した。
サンタナ領で重ねた俺とエルの思い出を踏みにじったのだ。
俺の心は怒りで埋め尽くされ、その感情のままに切り掛かった。
初めて見た時からずっと思っていたことだ。こいつに戦闘における実力はない。
俺にこいつを倒すことは造作もないことだ。
渾身の一振りを偽物へと繰り出す。
それを見た偽物は慌てながらも叫んだ。
「来い!短剣使い!」
その言葉と共に、何者かが俺と偽物の間に割って入る。
何者かは砂塵と共に現れ、俺の剣を防いだ。
俺がその何者かと鍔迫り合いを繰り広げるうち、砂塵は消え、その顔が明らかになった。
そこにあったのは中性的で整った顔立ち。
忘れもしない、ニエ村で命のやり取りを繰り広げた人物。
「ディール・・・!?」
虚な目をしたディールがそこに立っていた。
その後ろから顔を覗かせる偽物は笑みを浮かべていた。




