二人のアルマ・エンブリット
観客はざわめいた。観客だけではない、試合を見届ける騎士たちも困惑した。
それは、闘技大会に乱入者がいたから、そしてその乱入者が堂々と試合の舞台に上がってきたからだ。
そして、その事態に最も動揺したのは他でもない、師団長補佐のアルマ・エンブリットだった。
「お前・・・こんなことをしてタダで済むと思ってんのか?」
潰された喉から何とか声を絞り出すような声で乱入者に声をかける。それは驚愕と困惑によるものだろうか。
「ここに立ってる時点でタダで済ませようなんて思ってない」
対して、乱入者は平然としている。
その様子から、決して気が触れているわけではないことが分かる。
乱入者は自らをアルマ・エンブリットと名乗った。
どちらが偽物で、どちらが本物かなど、団員や民衆には一目瞭然だった。
「おい!アルマァ!やっちまえ!偽物なんかひねり潰せ!」
「どうやって忍び込んだか知らねえが、相手が悪かったな!そこに立ってるのはエルリアル様の腹心!お前に勝ち目はねえよ!」
困惑していた観客だったが、徐々にその状況を飲み込み、やがて乱入者をアルマが懲らしめる展開を望み始めた。
客のヤジに名前が上がったエルリアルという者は、騎士団でも随一の実力の持ち主。そんな彼女の補佐を務める男が弱いはずがない、そう思うのは至極当然のこと。
しかし、観客たちは知らない。
自分達がアルマだと信じてやまない男は全くの偽物で、乱入者こそが本物であることを。そして、偽物にはその立場に見合うほどの実力がないことを。
二人のアルマは試合の舞台で言葉を交わすことなく、睨み合う。
だが、その沈黙を本物が破った。
「随分と期待されてるんだな」
嘲笑うようなその声に僅かに苛立ちを覚えるも、それを抑えて偽物は言葉を返す。
「師団長補佐の座は伊達じゃない。お前には絶対に辿り着けない地位だ」
観客や審判に聞こえないように声を出す。偽物の演じるアルマ・エンブリットとは誠実で謙虚な男、今の彼はそれとはかけ離れた口調だったからだ。
偽物からすれば、戦うことはしたくない。
ここで戦闘が始まってしまえば、自分が醜態を晒すことは火を見るより明らか。
ならば最善は戦わずやり過ごすこと。騎士団のうちの誰かがこの場を抑えるまでこうしていることこそ最善だった。
「それにここに集まった観客からの期待だけじゃない。他でもないエルリアルからも期待されてる」
偽物は口調を変え、自分が思うアルマ・エンブリットを演じながら発言した。
「だから君の好きにはさせない」
そう口にすると、観客たちは沸き上がった。
興奮した観客の中から、一際大きな声が上がる。
「俺!あいつにギルドの前で痛めつけられたんだ!やれー!やっちまえアルマァ!」
それは本物の手によって懲らしめられたチンピラの声だった。
その言葉の内容が観客に怒りの波紋を起こし、場内は一層騒然とし、本物は完全にアウェーとなった。
しかし、当の本人の顔は平然を崩すどころか笑みを浮かべた。
「そうか、エルに期待されてるならそれに応えないとな」
そう言って本物は剣を抜く。
顔に浮かべていた笑みを鎮め、真剣な表情を浮かべる。そこにあるのは殺意にも似た鋭い敵意だった。
偽物は悟った。戦闘は避けられない。
だが、そのことに対する不安は無くなった。
なぜなら本物の背後にある控え場所からその男が顔を見せたからだ。男が姿を見せたのと同時に観客の声は止む。
「すまんな、この大会を邪魔するのであればそれ相応の覚悟をしてもらおうか」
その声は騎士団長のギルダ・グレースのものだった。彼は疑うまでもなく騎士団一の実力者。彼に任せてさえおけば自分の安全は確保される。
ギルダはその手にクレイモアを握り、臨戦体制に入る。
本物は偽物に向けていた剣先を背後のギルダへと向ける。ギルダを退けねば偽物を叩く事は出来ないと直感したのだろう。
偽物はその顔に余裕の笑みを浮かべ、その様子を傍観することを決めた。
「やっちまえー!」
そして痺れを切らした一人の観客のヤジを合図に、戦いの火蓋は切られた。




