偽物から本物に
「アルー!」
そう言って、騎士団の本部を歩いていた俺に突進してきたのはエルリアル・フォートレスだ。
彼女は師団長として団員から一目置かれ、『施しの魔術師』として民衆の人気を得ている。だが、それは当たり前のことだ。その訳は、彼女は可憐にして魔法の天才であるからに他ならない。
そんな世の視線を集める彼女の腹心である俺こそがアルマ・エンブリットだ。
「やあ、エルリアル。王城ではなく本部にいるなんて、珍しいじゃないか」
「今日は早めに会議が終わったんだ。だから遊びに行こう?いいでしょ?」
エルリアルは上目遣いで俺の顔を覗き込んだ。
可愛らしい。今すぐにでも抱きしめたい。そしてそのまま二人で甘い蜜のような時間を・・・。
だが、まだダメだ。
俺には騎士団ですべき仕事がある。それが終えるまで勝手な行動は慎むよう言われている。
俺の中の優先順位でエルリアルは限りなく一番に近い。しかし命令に背くことは出来ない。奴は気に食わない爺さんだが、その命に背こうものなら即刻墓の中だ。いや、あるいは再利用されるやもしれんが。
とにかく、死にたくない一心で俺は仕事に取り組まねばならない。エルリアルとより親密になるのはその後だ。
「はぁー、エルリアル、ダメだろ?会議がないなら溜まった仕事を片付けなくちゃ」
「でも・・・・・はい、分かった」
「ほら、僕も手伝うから」
俺はさりげなくエルリアルの肩に手を回し、彼女の執務室へと足を向けた。
* * * * *
執務室の扉を開けると、彼女の机の上には大量の書類が溜まっていた。
普段から溜まりがちではあるが、それでも今置かれている書類の量は異常だ。近いうちに建都記念祭があることが理由だろう。
膨大な仕事の山にエルリアルはあからさまに気を落としていたが、仕事に取り掛かった。
そして、仕事の半分を片付けた頃、南にあった太陽は東に傾いていた。
「あと半分だ、頑張ろう」
疲れたのか、机に突っ伏す彼女に俺は激励した。
しかし、うなだれる彼女も魅力的だ。机に押し付けられた彼女の胸が欲を煽る。ああ、彼女が俺のものになる日が楽しみで仕方ない。
「ねえ、アル」
すると、突っ伏したままエルリアルが話しかけてきた。
「どうしたんだい?」
「この前ギルドのあたりで暴れてた男の人、覚えてる?」
それはおそらく本物のことだろう。
だが、彼女にとってあの男はなんでもない、ただの他人だ。それをどうして話題に上げたのか、俺には分からなかった。
「ああ、もちろん。僕を偽物だなんだって言ってたからね。忘れるはずがないよ」
「あたしね、あの人にエルって呼ばれた時、なんだか懐かしい感じがした。胸の奥がキュッてなって、なんだか切なかった」
突っ伏していた体をゆっくりと起こした彼女の瞳は揺れていた。揺れる瞳のわけを俺は知る由もなく、彼女自身も理解できていない様子だった。
俺は苛立ちを覚えた。
あの男は未だに彼女の中にある。それも彼女の深い部分にあの男の存在は強く根付いている。
それが恨めしかった。
記憶を改竄しても、それでもなお忘れられないだと?ふざけるな。既に彼女は俺のものになりかけている。それを思い出などというくだらないもので掻き消されてたまるものか。
しかし、そんな荒ぶる感情を彼女の前で出せるはずもない。
俺は深く呼吸し、自分を落ち着かせる。
「なら僕も呼ぼうか?エルリアルではなくて、エルって」
エルリアルは頷くことも、首を振ることもしなかった。
彼女は迷いの中にいるようだった。
だが、俺は焦らない。
彼女の中のアルマという存在を、俺に塗り替えてみせる。
徐々に、徐々に俺が偽物から本物になればいい。それだけのことだ。




