救出の手立て
目を覚ますと、枕元に見慣れない顔があった。
「起きたようだな」
どうやら先に起きていたコユキが俺のベッドに潜り込んだらしい。俺が目を覚ましたのを確認すると、コユキはベッドから出た。
「さて、今日は何をするのだ?」
コユキは元気が有り余っているかのような様子だ。
昨日もあんなにうるさかったというのに、どこからそんな元気が湧いてくるのか。
俺は起き上がり、身支度をしながらコユキの質問に答えた。
「今日はクレシオを探す。お前は・・・知らないか」
「うむ、すまんな」
昨日ここの地理には詳しくないと言っていたからな。予想はしていた。
しょうがない、いろいろと聞き回ってみるか。
まずはこの宿の受付にでも聞いてみよう。
身支度を整えた俺とコユキは部屋を出て受付に向かった。
受付の前まで行くと、そこには茶髪の男がいた。その男は受付の前にいるだけで、受付に用があるわけではないらしい。
それを確認した俺は男に目もくれず受付に話しかけた。
「すまない、ちょっといいか」
「はい、なんでしょう?」
「クレシオ、というのは男を知らないか?」
俺がそれを口にすると、受付は驚いたように目を見開いた。そして、その視線を俺の横にいた男へ向けた。
俺もその視線を追うように顔を動かすと、男の顔が目の前にあった。互いの息づかいが聞こえてくるほど近くに。
俺は言葉を失った。
「君はやはり素晴らしい」
未だ喉元から言葉が出てこないが、男の発した言葉に俺は聞き覚えがあった。
あれは確か、エルが連れ去られた時。クレシオが俺を見て言い放った言葉だ。
それを思い返すと同時に、目の前にある顔と、記憶にあるクレシオの顔が重なった。
「お前・・・クレシオ・ダズロックか?」
ようやく口にした言葉に、男は満足そうに頷いた。
「お前ら、いつまでそうしておるのだ?」
超至近距離で言葉を交わす俺たちに、コユキが呆れたように声をかけた。
* * * * *
クレシオと思わぬ再会を果たした俺は、クレシオの誘いで奴の家を訪れた。
「君たち、まだ朝を済ませていないだろう?質素だが、よければ食べるといい」
目の前のクレシオは、記憶にある姿とは違っていた。
昔会った時は清潔感のある容姿だったが、今はそれが無い。おそらく痛んだ髪のせいだろう。彼の長い髪にはツヤがなく、大量の枝毛が出来ている。
「ほら、ないよりはマシだろう」
「ああ、ありがとう・・・」
クレシオはパンと牛乳をテーブルに置いた。
コユキはパンに手を伸ばし、小さな口を大きく開けて食べ始めた。
こうして見てると、ただの子供だな。こいつといい、デュオクスといい、案外神というのは人間と相違ないのかもしれない。
「デュオクス様に呼ばれた時は焦ってしまったよ」
クレシオは俺の向かい側に座ると、そう言った。
「呼ばれた?」
「ああ。君と会うために宿屋に向かえ、と言われた」
デュオクスが手回ししていたのか。道理で都合よく宿屋にいたわけだ。
「ぷは。お前たちは親しげだな。古い付き合いなのか?」
パンをいつの間にか食べ終えたコユキは、牛乳を飲み干した後、質問してきた。
俺はその質問に眉を顰める。
今の俺にとってクレシオが持つ情報は極めて重要だ。しかし、俺の中でクレシオという男はエルを連れ去った男に他ならない。
「親しくはない。むしろ因縁がある」
敵とまではいかなくとも、好ましいやつとも思わない。
そんな意を込めた俺の言葉にクレシオは不敵な笑みを浮かべる。
その場に険悪な空気が流れた。
そんな空気を払うように、クレシオは手を叩き会話を始める。
「さて、君が私に聞きたいことは何かな?」
クレシオはとってつけたような笑顔を浮かべた。
俺が聞きたいことはエルについて。
しかし、デュオクスの話から推測するとエルの身に起こっていることの元凶は偽物だ。とすれば、偽物について聞くのがいいだろう。
「今、王都騎士団には俺の名を騙る偽物がいる。そいつについて聞きたい。奴の目的は何だ?」
「目的ときたか。残念だがそれは分からない」
「なら、奴は何者だ?どうやってお前を騎士団から退団させた?」
俺の質問にクレシオの眼差しは真剣なものになった。
上がっていた彼の口角は下がり、声も低くなる。
「では、彼が騎士団に入団したばかりの頃から話そうか」
クレシオはそう言って話し始めた。
奴が入団した頃、クレシオはまだ魔法部隊の隊長として騎士団の中核を担っていた。
奴は入団したその日から俺の名を騙っていたらしく、それを不審に思ったクレシオは奴の情報を探った。しかしながらそれは不発に終わる。偽物の経歴について書かれた書類などは一切見つからなかったらしい。
だが、おかしな点があった。部隊にはエルがいる。俺と幼馴染の彼女が何の反応も示さないのは明らかに不自然だ。
そう思いエルに話を聞いたが、結果は、
「アルはアルですよ?」
冗談で言っているのではない、本気で言っていた。
ここでクレシオはある仮説を立てた。偽物のアルマには精神操作、もしくは記憶を改竄するというスキルがあるのではないかと。それを用いて騎士団に取り入ってるのではないかと。
ここで俺の中に疑問が浮かんだ。
「待てよ、なら何でお前には何の変化もないんだ」
他の連中が既にいいようにされている中で、こいつだけが正気だったことが不自然だ。
だが、クレシオはこの質問に即座に答えた。
「私はパッシブスキルによって魔法による状態異常等は受け付けないからね。私に効かなかったのは無理もない」
しかし、気づいた頃には遅かった。
騎士団に所属するほとんどが偽物の駒となった。騎士団長も傀儡の一人となり、結果的にクレシオは退団を余儀なくされたという。
俺はそれを聞いて苛立ちを覚えた。
「何でバカ正直に退団したんだ」
「阿呆か、アルマ。この男以外の者たちはお前の偽物の手駒、いわば敵。そんな場所におっても、袋のネズミというやつよ」
「だとしても、騎士団は何をしている!そんな簡単に丸め込まれるような連中が・・・」
「お前は敵が自らの拠点に忍び込んでくると、四六時中気を張っていられるのか?まして単身で来ると予測できるのか?」
感情に任せ口にした言葉を、黙って聞いていたコユキに否定される。
しかし、俺の中の苛立ちは収まらなかった。
こいつにはエルを連れ去った責任があるのではないのか?エルを入団させたものとして、彼女一人くらいを助け出す義務があるのではないのか?
胸の内に苛立ちが増えていく。
歯を強く噛み締め、眉間に皺を寄せる俺に、クレシオから言葉が飛んできた。
「君の考えは至極真っ当だ。本当なら君と会った時に言うべきだった。遅れてしまったが、すまない。私はエルリアル・フォートレスを守れなかった」
頭を下げるクレシオに俺は歯がゆい思いをした。
こいつに謝られてしまっては、俺の感情は行き場を無くす。俺はクレシオの謝る姿にすら苛立ちを覚えた。
しかし、同時に自分を不甲斐なく思った。
クレシオは頭を下げている。なのに俺がいつまでもこいつを責め続けるのは違う。そう思った。
俺は深く呼吸をし、苛立ちを落ち着かせた。
全ては過ぎたこと。クレシオがどうすることも出来なかったように、俺も何も出来なかった。
なら、これから何とかするしかない。
「俺はエルを元に戻したい。その手立てがあったら教えてくれ」
俺の言葉にクレシオは再び笑みを浮かべた。まるで悪巧みをする子供のような、そんな笑みだった。




