愛憎
俺は手に持っていた剣を地面に落とした。
受け入れ難い現実を前に、全身が弛緩したのだ。
「おや、あれは死なずの者達ですか」
そんな呆然とする俺の後ろから声がした。
同じ馬車に乗っていた聖職者の男だ。
男は顎に手をやり、興味深そうにアンデッド達を眺めている。
そのアンデッド達はこちらに襲い掛かるそぶりも見せず、近辺を徘徊している。
「なぜここにいる」
「何か役に立つことがあるかと思いまして」
聖職者とは戦闘向きではないのではないか。
そんな疑問が浮かんだが、俺はそれを口にはしなかった。
むしろ、役に立ってもらおうと考えた。
「なら、俺の悩みを聞いてくれよ。そういうの慣れてるだろ?」
「ええ、役職柄そういったものには慣れています。しかし、
このような場所ですることなのでしょうか?」
もっともな質問だ。
だが、この場だからこそしなければならない。
「俺にはな、世界で一番愛してる人たちがいたんだ。その人っていうのが両親なんだが」
「ふむ」
男は平坦な声で相槌を打った。
「二人は俺の秘密を知っても、俺を子供だと言ってくれたんだ。赤の他人が聞けば気味悪く思うような秘密だぜ?俺はそんな懐の深い両親が大好きだった。でも、そんな二人は死んでしまった」
そう、死んだのだ。
だから二度と会うことは叶わないはずだった。
「そんな両親がさ・・・・あの魔物の群れの中にいるんだよ。・・・俺はどうすればいい?」
縋るように、声を震わせた。
多分、どうするかは俺が一人で決めなければいけないこと。決して人に委ねるものではない。
それでも、俺は踏みとどまってしまう。悩んでしまう。
だから誰かの言葉が欲しいと、そう思った。
「それは私が決めることではない・・・というのは言うまでもないようですね」
俺を一瞥した男はそう言った。
「ではひとつ。貴方は貴方がしたいようにすればいい。そこに『愛』があるのなら、世界中が貴方を非難しても私だけは称賛しましょう」
男が浮かべた表情は、何よりも温かく、そして優しかった。
その言葉に俺は地面に落ちた剣を拾い上げ、鞘に収めた。
そして変わり果てた両親に向き直る。
「お父さん、お母さん。俺そんな二人でも会えて嬉しいよ。見ててくれ、きっとエルを取り返してみせる。そして俺たちが過ごしたサンタナ領に帰るんだ」
視界の隅に男が見える。
その表情は読み取れないが、どこか落胆したように見えた。
そんな男を傍目に俺は続けて口にした。
「『メガヒューラ』」
言いながらアンデッド達に手のひらを向ける。
手のひらから荒ぶる風が放たれた。
俺は全ての魔力を振り絞り、そこにいたアンデッド達を切り刻んだ。
やがて俺の魔力は底をつき、立つのがやっとという状態になる。
先ほどまでは立っていたアンデッド達は切り刻まれ、塵に等しくなっていた。
「・・・貴方・・・何故?」
疲労困憊の俺に男が話しかけてきた。
俺は膝に手をつき、男の質問に答えた。
「俺は姿が変わっても両親を愛してる。そして両親をかたどった偽物を俺は殺した。それだけだ」
あれは間違いなく俺の両親だった。同時にそうではなかったとも言える。
だから俺はアンデッドとなった両親をせめて全力で葬った。
愛してるから同じ姿の偽物は愛しい、そして憎い。
酷い矛盾だが確かに俺はそう思った。
男は恍惚とした表情を浮かべた後、俺を馬車まで運んでくれた。




