英雄
全身につけられた傷、左手は使用不能、それら全ての傷から流れる血液。
誰がどう見ても、今の俺は満身創痍。
そんな俺の前には、地面に伏す肉屋。
勝敗は決したのだろうか。
願わくば、倒れたまま立ち上がらないで欲しい
これ以上の戦闘は、俺には不可能だ。
「・・キャハ・・キャハハハハァ!!!」
俺の願いは届かず、うつ伏せになったまま、肉屋は肩を震わせて笑う。
その声は生気に満ちており、未だ戦闘は続いていることを示唆していた。
「久しぶりだ!こんなに楽しいのは!」
笑う膝を手で抑えて肉屋は立ち上がる。
その顔を、鼻と口から流れる血が赤黒く染めている。
「諦めろ・・。お前は・・・丸腰だろう?」
絶え絶えな息をしながら、なんとか声を出す。
それは、今の俺が肉屋に対してできる精一杯の虚勢だった。
だが肉屋は俺の言葉に不満がない顔をする。
「はあ!?まさか短剣を一本しか持ってねぇとでも思ってんのか!?」
そう言って肉屋は腰からもう一本の短剣を取り出す。
もちろんこの状況は想定していた。しかし、実際に直面すると、その絶望は色濃く心を染め上げる。
「さあ!もっとやろう!ここまでヤる気にさせたんだ!てめぇだけ気持ちよくなるなんざ、あっちゃいけねぇよなぁ!?」
肉屋は再び、俺に肉薄する。
しかし、俺にはそれに対処する術はもう無い。
全身が重力に逆らうことを拒否している。
両目が肉屋の動きを捉えることを忌避している。
心臓が血を送り出す動作をやめたがっている。
あぁ、今度こそ負けた。
これまでで最も研ぎ澄まされた肉屋の刃は、今度こそ俺の首を取ろうとした。
その瞬間、何者かが俺と肉屋の間へ割り込み、迫り来る凶刃を叩き落とした。
突如現れたそいつの顔を見た肉屋は、すかさず距離を取った。
「『英雄』・・・!」
まるで恨み言を吐くように声を出す肉屋。
いま『英雄』と称された者は、その口に笑みを浮かべて、返事をする。
「待たせて悪い、けど多めに見てくれ。ヒーローは遅れてやってくるのが相場だからな。」




