幕間 『あの日の二人』
― 約二年前 ―
先日、領主様が我が家を訪ねてきた。
何事かと思ったら、息子のアルマについて話したいことがある、と言ってきた。
息子が何かしてしまったのだろうか。
だが、その不安は一瞬にして懐疑心へと切り替わった。
その懐疑心の矛先は自分の息子、アルマに向かった。
領主様から聞かされたのは、数日の間サンタナ領に滞在していた旅人と、アルマから教えられた食事の合図が一致していたことだった。
その旅人は召喚者であったらしく、元はこの世界の人間ではない。
そんな旅人と息子から教えられた言葉が同じだった。
この時、脳裏に浮かんだのは転生という言葉だ。
どこかで聞いたことがある。こことは違う世界で死んだ者がこの世界で新たに生を受けるという話。
息子が転生した者で、その旅人と同じ場所から来たのかもしれない、と思うのは至極当然の帰結だろう。
そう思った俺は、帰ってきたアルマに事情を聴こうと思った。
しかし、一連の流れを説明すると、アルマは逃げるように家を飛び出した。
逃げるということは後ろめたいことがあるのではないか。
息子に対する懐疑心は強くなっていくばかり。
俺は自分の息子が得体のしれない者に見えて仕方がなかった。
息子を追いかけて、話を聞かなければ。
だが、本当にそうなのか?本当に俺の息子なのか?
ここで追いかけて何か変わるのか?
心を侵食していく黒い感情が足を踏み出すことをためらわせていた。
「何をしてるの!早く追いかけなくちゃだめでしょう!」
ためらっていた俺にそう発破をかけたのは妻のアンナだった。
「だけど、アルマは本当に俺たちの子供なのか?本当は違うんじゃ・・」
「私たちがあの子を信じてあげなくてどうするの!」
俺だって疑いたくはない。
それに我が子を疑う行為の愚かしさなんてよくわかってる。
だけど。理屈ではそう分かっていても、心の深い部分であの子のことを疑ってしまう。
それに、こんな気持ちでアルマと一緒にいてもあの子に失礼じゃないか?
だったら追いかけない方が・・・・・。
そんな最悪な思考が頭を駆け巡った時、アンナが俺に声をかける。
「私はアルマを自分の子だと確信してる。私がお腹を痛めて産んだのは間違いなくあの子だもの。あの子がどうあれ、私の子であることには変わりない。」
「・・・・・」
「じゃあ、あなたは?あなたはどうなの?あなたがこれまで楽しそうに会話していたのは、あなたが自慢に思っていた子はあの子じゃないの?」
俺が楽しそうに話してた相手。
俺が自慢に思っていた子。
心にかかっていた疑いの雲が晴れ、そこには一つの絶対的な答えがあった。
そうだ、それは間違いなくあの子だ。
アルマに対して失礼だとか、追いかけない方が良いだとか。そんなのは自分自身に対する言い訳だ。最低な自分を肯定するための言い訳に過ぎない。
「すまない。俺が間違っていた。あの子は俺たちの子だ。そのことに疑いようなんてなかった」
先ほどまで眉間にしわを寄せて怒っていたアンナは、その顔に笑みを浮かべる。
俺がしなければならないこと。
それは、アルマを追いかけること。
アルマに謝ること。
そしてアルマと一緒に生きることだ。
今度は絶対に疑わない。
意を決した俺はアルマを追いかけるために家を飛び出した。