旅立ち
今日も日が顔を出す前に起床した。
そしてベッドの上で丸くなって、少しの間泣いた。
階段を下り、今に向かうとダグラスが準備運動をしている。
昨日と同じ光景だ。
そして昨日と同じように領を一周する。
「アルマ」
「なんですか?」
「気にするのも悲しむのも良い。だが、囚われるなよ」
「分かってます。じゃないと前に進めませんから」
そんな会話を挟みつつ、朝のランニングは終了した。
「おかえり。ご飯できてるから」
「ありがとうございます。いただきます」
食卓に会話は無かった。
ダグラスも、スミシーも、俺も、三人とも昨日の出来事に気持ちの整理ができていないのだろう。
あるいは、一人足りないことが原因かもしれない。
朝食を済ませたら訓練に戻る。
ダグラスとの戦闘訓練だ。筋トレや素振りや回避訓練などが行われた。
その中の回避訓練で発見があった。
「アルマ。その回避はどこで身に着けた」
ダグラスの剣を避ける。それだけの訓練。
俺は本気ではないにしろ、ダグラスの剣を全て避けきった。
それを不思議に思ったのか、剣を肩に担いだダグラスは質問してきた。
「自分でもよく分かんないけど、なんとなく避け方が分かるんです」
「ふむ、アルマのパッシブスキルは何だったか」
「実用的なのは『戦闘能力向上』ですかね」
ダグラスは合点がいったような顔をした。
「なるほど。避け方が上手いのはそれが理由か。そのスキルが発動した時、何か起こらなかったか?例えば、力が湧いてきたり、視界が光ったり」
俺は心当たりがあった。
視界が青く光る現象。あれは戦闘能力が向上した合図だったのだ。
「その顔は思い当たることがあるんだな。それはいつ起こった?それが分かれば強くなるための道筋が明確になる」
俺は頭の中の記憶を漁った。
青く光ったのは、スキルが発動したのはいつだったか。
鑑定の時に分かったこのスキルの概要と照らし合わせて考える。
その答えはすぐに出た。
「俺が忘れがたい経験をした時です」
エルがいなくなった時、両親が亡くなった時、俺の視界は青くなった。
その答えが分かったとき、喜びより失意の方が大きかった。
「そうか。ならば地道に鍛錬する他ないな」
そうして再び訓練に戻るも、俺はスキルのことを考えていた。
俺がこれからスキルによって強くなるためには、昨日や一昨日のような経験をしなくてはいけないのだ。
そう考えるだけで、深い暗闇に飲み込まれるような心地がした。
昼になり、昼食をとると、次はスミシーとの訓練だ。
その日は風魔法の訓練だった。
初級魔法を習得できた。その後、中級に挑むもその日のうちには習得できなかった。
夜は訓練はない。夕飯を食べ、各々が自由に過ごす。もっとも会話は生まれなかったが。
俺は寝るまでの間、自主的に訓練をしていた。その日教わったことをなぞるようにした。
そんな日々がずっと続いた。
ある日は雨が降り、ある日は強い風が吹き、ある日は雪が降った。
そんな日々が訓練と共に経過していった。
* * * * *
そして十年後。
十五歳になった俺はダグラスと相対していた。
俺とダグラス。家の庭で向かい合う二人の間に静寂が流れる。
俺は剣を中断に構え、ダグラスは肩に大剣を担いでいた。
「始めっ!」
離れたところで見守るスミシーによって静寂は崩れ去り、金属がぶつかり合う音がその場に響いた。
初手でダグラスの重い一撃が飛んでくる。剣でいなしつつ、後ろに下がるも、ダグラスの猛攻は止まない。
最初の一手で俺は防戦一方になってしまった。
ダグラスの攻撃を避けながら好機を伺う。
後退しながら攻撃を避け続けた。
しかし、気づけば後ろは勝負の範囲外。ここを越えてしまうと俺の敗北になる。
それに気づいた俺は一瞬、注意が散漫になる。
それを見逃さなかったダグラスは横薙ぎを放って来た。
食らえば俺の体を容易に圧砕するであろう一振り。俺を含むその場の誰もが勝負が決したと思った時。
俺は間一髪、大剣の下に潜り込みその一刀を逃れる。
潜り込む際にしゃがみ込んだ体勢から加速し、剣を振り抜くダグラスとの距離を詰める。
俺は下からダグラスの首に向けて剣を向けた。
「そこまで!」
スミシーの一声で勝負は決した。
この勝負は俺の勝利で終わった。
「勝ったと思ったんだがな。あそこで避けられるとは」
「負けたと思った時が好機、ですよね」
いつかダグラスから教わった言葉。
それを覚えていた俺を、彼は満足げに眺める。
「アルマ君、やるじゃない」
「いや、ダグラスさん油断したでしょ。相手の命を取る瞬間まで油断するなって言ったのはあんたですよ」
ダグラスは油断した。
勝ったと思った、という発言がその証拠だ。
そして、ダグラスは本気ではなかった。
本気であったならば、絶対に油断などしない。一部の隙も見せない。
「バレたか。」
「そりゃ気づきますよ。そもそも初手で勝負決めれたでしょ」
初手の一撃でいなすことが不可能な攻撃もできたはずだ。
最初から手加減されてたわけだ。
「すまんすまん。とはいえ、ここまで出来たら上等だ。認めてやる」
「そうなると、寂しくなるわね」
「すぐ帰ってきますよ、二人で」
二人で、そう付け加えると二人の顔は微笑みを浮かべた。
この勝負は俺が旅立つことを決める勝負だった。
そしてそれに勝った俺は、今日でこのサンタナ領を旅立つ。
だから、次にここに来るときは二人で、だ。
*
「格好も、荷物も、剣もよし!じゃあもう出ます」
家で身支度をし、荷物を持った俺は二人に声をかけた。
「せっかちね。少しくらいゆっくりしてもいいのに」
「はっはっは!男ならすぐにでも旅立ちたいものだ。そういう性分なんだ」
三人でサンタナ領の出口に向かう。
ダグラスとスミシーはこれまでの思い出を語っている。
俺もその会話に相槌を打ちながら歩いた。
そして出口に着いた。
ここから一歩踏み出せば外の世界。一人で領の外に出るのは初めてだ。
「アルマ君」
「何ですか?」
「アルマ君のすべきことはなんだ?」
ダグラスは真剣な様子だ。
俺はその問いに答える。
「エルと二人でここに帰ってくること。そして、魔物を殺すことです」
「そうか」
ダグラスは少し悲しげな顔をしている。別れに対するものではなく、それとはまた別の悲しみを感じている。
「アルマ君、これ」
「スミシーさん、これって」
「あなたのお母さんの首飾りよ。宝石は駄目になってたから外したけど・・・」
母の首飾り。宝石が無くなった今では質素な物になっている。
「ありがとうございます!」
「宝石の代わりと言ってはなんだけど、その首飾りに状態異常耐性を付与しておいたわ」
本当にありがたい。
この首飾りはより一層大事なものになった。
「じゃあ、行ってきます」
「ああ、気をつけてな」
「行ってらっしゃい」
俺は領の外へと踏み出した。
異世界で冒険者の一歩を踏み出したのだ。
第一部!完!
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