初めての喧嘩
最初は両親を失くしたことの悲しみだけだった。
しかし、それが魔物に対する怨恨に変わるのにさほど時間はかからなかった。
だから復讐すると誓った。
ダグラスは復讐を勧めなかった。両親の死を忘れてしまうかもしれないと言っていた。
だが、そんなことは絶対に無い。二人の死を忘れては俺は俺でなくなる。
だからこそ、確固たる意志を持って、俺は復讐するのだ。
ダグラスと共にエルの家へと戻り、夕飯を済ませた俺は寝室に向かった。
寝室に入って間もなく、エルが入ってきた。
彼女は風呂から上がったばかりなのか、顔がほんのり赤く、金色の髪には水滴がついている。
「お風呂、入らないの?」
「分かった」
一言そう言って、部屋を出ようとすると、エルに袖を引かれる。
「今、パパが入ってるから」
「うん」
俺とエルの間に冷ややかな空気が流れる。
今の俺は誰かと喋りたい気分ではないため、言葉を口にすることはない。
しかし、エルは違う様子だ。彼女は何か言わんとしている。
そしてようやく口を開いた。
「パパが上がるまで、話そうよ」
俺は無言で頷いた。
そしてまた、彼女は言葉を探し始めた。
俺はただ、そんなエルを眺めていた。
「パパから聞いたよ。アルが明日から訓練するって」
「うん。」
「やっぱり、魔物が許せないからだよね」
彼女の声はいつものハツラツとしたものではなく、沈んだものだった。
「あたし・・・何か力になれないかな?」
おずおずと、まさにそんな様子で尋ねてくる。
彼女はおそらく、俺のことを案じてくれている。
だが、それに応えることはできない。
「これは俺がしなくちゃいけない。だからエルに迷惑はかけないよ」
その言葉に、エルはうつむいてしまった。
俺は心に巣食う黒い感情を極力出さないようにしたが、僅かに語気が強かったかもしれない。
だが、俺が復讐するとなって彼女が傷つくようなことは避けたい。
これは俺がすべきことだ。
エルの肩が小刻みに震え出した。
泣かせてしまっただろうか。それでも突き放せるならそれでいい。
すると彼女は勢いよく顔を上げる。
「アルの意地っ張り!」
突然の大声に肩が跳ね上がる。
そんな俺を気にせず、彼女はそのまま続ける。
「あたし、アルの力になりたいって言ってるの!なのにそれをいらないなんて!ひどいよ!頼ってよ!あたしを信じてよ!」
「さっきも言ったけど、俺だけでしなきゃいけないことなんだ。エルを巻き込めない」
エルの勢いに気圧されながらも話す。
しかし、エルは止まらない。
「アルがしなくちゃいけないって何!?それにあたしを巻き込みたくないってどういうこと!?結局、かっこつけてるだけでしょ!?」
エルから立て続けに怒号が飛んでくる。
その怒号の内容は俺の気に触れた。
「かっこつけてなんかない!エルのことが心配で言ってるんだ!」
「アルがあたしのこと心配するみたいに、あたしもアルが心配なの!」
「俺の両親の仇だ!俺がすべきことなんだ!エルは無関係だろ!」
「また俺のすべきことって!エルのパパとママに頼まれたの!?」
そこからは堂々巡りの口喧嘩だった。
エルは俺の力になりたいの一点張り。俺もエルを巻き込みたくない、俺のすべきことだ、と言い続けた。
口喧嘩を聞きつけたダグラスとスミシーに仲介され、エルはダグラスに連れていかれた。
「アルの意地っ張り!分からず屋!」
そう言って部屋から出て行った。
スミシーは俺のことを見つめている。
「ごめんね、エルが。」
「いえ、俺も言いすぎました。」
すぐに頭を冷やし、我が身を省みる。
俺の魔物に対する感情は収まらない。
しかし、カッとなってしまったとはいえ、彼女に対する態度は大人げなかったと思う。
彼女の心配する気持ちに対して、無関係と突き放してしまった。
だが、エルにも非があると思う。
復讐を両親に頼まれたのか、かっこつけてるだけだ、とか。
俺の決意を馬鹿にされた気がしてならなかった。
ああ、だめだ。自分を正当化してしまう。彼女に対する苛立ちが蘇ってきた。
風呂に入ったら今日はもう寝よう。寝たら冷静になるだろう。
そして、明日謝ろう。彼女に非があるように、俺にも非がある。
それは、復讐以前にしなければいけないことだ。