正体
「お前、何を・・・・・・」
村長が死んだ。突如、地面から飛び出した氷に貫かれて。
氷を生み出したのは、言うまでもなくコユキだ。
今、こいつは人間を殺したのだ。
相手は何の力も持たない者だ。
村長の所業は忌むべきものだった。
殺されても文句は言えないような奴だった。
それなのに、何だこの感覚は。
釈然としない。
コユキがただの人間を殺した事実が、喉元につっかえる。
「あまり、快い感覚ではないな」
コユキが呟いた。
彼女が振り向くと、その顔には諦念めいた笑みが浮かんでいた。
「アルマよ、約束したな」
「な、何をだ」
言葉がうまく出てこない。
コユキにまっすぐ見つめられると、思わず目を背けたくなる。
そんな俺の動揺を感じ取ったのか、コユキは切なそうに目を細めた。
「分かったことがあれば教える、と。この村長の話を聞いて、分かったのだ。あの獣と、妾のことが」
そうだった。
そういえば、この村を目指す道中でそんな事を話していた。その後の出来事が衝撃的で忘れてしまっていた。
「じゃあ、教えてくれ」
こくりと頷いたコユキは、視線を地に落として小さく深呼吸をした。
それから瞳に強い意志を湛えて、顔を上げた。
「まず、あの獣は封印されていたものだ」
「ああ」
それはこの村に来る前にも話していたことだ。
俺たちが何に巻き込まれたのかについてコユキが立てた仮定のなかで、まさに同じことが語られていた。
あの狼は封印されていた神かも知れない、と。
「デュオクスは、人々に力を与えて悪神を封じたと言っておった。力を得た人々は悪神とそのしもべの住まう地を襲撃し、そしてその地をそのまま封印したのだ」
つまり、とコユキは言葉を継いだ。
「この村に来る前、妾たちが訪れた洞窟の奥には、かつて悪神たちが生きておったのだ」
はて、と思う。
デュオクスは悪神が封印される過程を、そこまで詳細に語っていただろうか。
コユキの口ぶりはまるでその場を見てきたような、いやその当時を経験したようなものだ。
コユキは続ける。
「だが、力を与えられた人間たちは悪神の眷属すべてを封じることができたわけではない。そのなかには逃げ延びた者も居た。おそらく、二匹ほどな」
「二匹だと?」
彼女は自重気味に笑う。
「ああ。その二匹は兄妹のように育った。夢を語るときも、逃げる時も一緒だった」
「兄妹、だって?」
「追っ手から逃れようとした二匹だったが、神から力を与えられた人間からそう簡単に逃れられるわけはない。窮地に立たされた兄は、その身を犠牲にしてでも妹を逃すと決めたのだ。妹もその場に残る事を望んだが、そんな望みを聞き入れなかった。結局、兄が時間を稼ぐ間、妹はひたすら逃げることとなった」
コユキは、空を見上げた。
「逃げた後のことは分からん。ゆえに、ここから先は想像だが、兄は理性を失うまで戦い続けたのだろう。でなければ、あのような下賎な獣に身を落とすなど考えられん。妾の知る兄は慈悲深かったからのう」
点と点が線で繋がるような感覚が、頭の中に広がっていく。
それは霧が晴れるような心地よい感覚だったが、同時に拒みたくなるほど残酷だった。
なぜなら、コユキの言っていることは。
それはつまり。
「あの獣は、妾の兄の成れの果てだ」
つまり・・・・・・
「そして妾は、悪神のしもべ、ということになるな」
つまり、そういうことだ。