答えは村に
さっきの狼が、神だと?それも封印されていたはずの?
そして俺たちは、その神に対する生贄にされただって?あの村の人間たちに?
コユキの口にした内容は、どうにもすぐに飲み込むことは出来なかった。
あまりにぶっ飛んでいる話だ。俺の襲撃犯説はあくまで仮定に過ぎないが、コユキの言っていることは仮定なんてものではなく妄想の域に達しているように思えてしまう。
だが、だからと言って否定することも難しい。
コユキの察知能力はずば抜けている。ヘイリム平野での戦争で、こいつは帝都軍に居たデカブツの気配を開戦前に感じ取っていたくらいだ。
そのコユキが、あの狼を自分と同質の神だと言った。これはそう簡単に見過ごしていいことじゃない。
それに、先ほどの狼が神だったというのなら、相対した際に感じた異質な存在感にも頷ける。
信じられなくても、信じるしかない。
あの狼は、神なのだろう。封印されていたはずの。
「俺たちが遭った男の人数と、村に来たという客の人数が合わないのも‥‥‥」
「一人が生贄にされたからだろうな」
「何のために生贄なんか用意する必要があるんだ」
「大方、あの獣が村の人間を襲わぬようにだろう。あの村の者たちは、これまでも村を訪れた旅人を供物に捧げてきたのだろうな」
「なら、デュオクスの言っていた封印はもう機能していないのか?」
「そうだとしても、ユウリの奴が新たに封印を施すだろう。デュオクスが命じたように‥‥‥」
そう言うと、コユキは空を睨みつけた。
頭上は絡み合った木々で覆われていたが、コユキの視線は確かに何かを捉えているようだった。
それから彼女は、何かを決意するかのように深く息を吸い込んだ。
しかし、僅かな逡巡の後、諦めたように吸い込んだ息を吐き戻した。
「兎にも角にも、あの村に戻らねば詳細は分からずじまいだ。急ぐぞ」
はぐらかすような、急かすような口調。
この森に入ってからというもの、こいつに対して感じていた違和感。それを無視するのも、さすがに限界だ。
「なあコユキ、お前は何か隠してるんじゃないか?」
「何を‥‥‥」
明らかな動揺の色に確信する。
こいつは何かを知っていて、隠している。
「まだ話していないことがあるなら、教えてくれ」
「い、いや‥‥‥しかし‥‥‥」
まっすぐにコユキを見つめると、俺の視線から逃れるように彼女は目を泳がせる。
森の静寂が、一層深まった気がした。
そよ風に葉っぱが擦れる音、枝か何かが折れるような音、そして俺とコユキの息遣いまでがはっきりと聞き取れた。
コユキは口を開いた。だが声は出てこない。再び口を閉じる。迷ったように視線を左右に泳がせてから、きっと口を引き結んで、また口を開いた。
「妾にもまだ分からぬのだ」
沈黙を破ったのはそんな言葉だ。
「分からない?」
「ここに来てから、妾は幾度となく既視感を覚えておる。だがそれが何かは分からぬ。だから知りたいのだ」
彼女の瞳が揺れていた。
まだ迷いはあるが、確かな本心から出た言葉だと、何となく分かった。
「それが分かれば、俺に教えてくれるか?」
コユキは深く頷いた。
「分かった。なら早く村に戻ろう」
答えがあの村にあるのなら。