表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
はたして俺の異世界転生は不幸なのだろうか。  作者: はすろい
八章 聖都ガレルス
140/148

杞憂

 息が上がる。脚が重くなる。

 景色が、目が回るほどの速度で流れていく。

 輪郭を失う景色の中で、唯一前を走るコユキの背中だけはくっきりしていた。


 一体、コユキは何を思っているのだろう。

 先刻の衰弱した二人の言葉の一体何が、コユキをああして走らせているのだろう。


 疲労が蓄積する只中で、その疑問ばかりが脳内を巡った。


 どれだけの距離を走ったのか、どれだけの時間を走っていたのか。

 それすら曖昧になりながら、俺はがむしゃらにコユキの背中に食いついていた。


 するとやがて、前を走るコユキが足を止めた。

 それまでの尋常ならざる速度の慣性を全て殺し、ぴたりと立ち止まった。

 彼女に合わせて足を止めると、その瞬間、疲労が全身にのしかかった。

 膝に手を着きながら、コユキと、コユキが見つめるその先の景色を目に入れた。


「ここは・・・?」


 そこは集落だった。ニエ村と同じくなんてことない、ただの村だった。

 住人がそこここを歩き回っており、近くにいた者の数人は俺とコユキを見ていた。


「あの、大丈夫ですか?」


 俺たちに気付いた村人の一人が、そう声をかけてきた。

 俺はその言葉に答えることは無く、憮然として立ち尽くすコユキに目を向けた。


「おい、コユキ。ここがどうかしたのか?」

「ここは、分からん。普通の村であることには間違いないのだが、何か・・・」


 釈然としない、含みのある言葉だった。

 未だにコユキがここまで走ってきた理由が分からない。

 いや、彼女の言葉通り、彼女自身も理解できていないのだろう。

 正体の分からない予感に引き寄せられて、ここに足を向けたのだ。


「おい、お客さんだ。歓迎しようじゃないか」


 俺に問いかけてきた村人の一人が、他の村人にそう呼びかけた。

 その村人は、困惑の淵に立つ俺とコユキを、あれよあれよという間に宴の席に着かせた。





「何が起きてるんだ、これ」


 俺は隣に座るコユキに尋ねた。


「はて、一体の何の宴なのかのう」


 コユキはもまた、この唐突な展開に頭が追い付いていないようだった。


 目に付くのは、豪奢な御馳走と、酒と、騒ぐ村人。

 高揚するその場とは対照的に、俺とコユキは冷静だった。


「お前、何で急に走ったりしたんだ」

「少し、思い当たる節があってな」

「思い当たる節?なんなんだ、それは」

「・・・いや、思い違いならそれでいいのだ。だが、少し様子を見たい。ここには、何かがあるような気がしてならんのだ」


 何かとは一体何なのか。

 皆目見当もつかない。

 それにしても、こういう宴は久しぶりだ。魔物の襲撃に遭っていたニエ村を救った時も、こんな風に宴が開かれたものだ。確か、その時にユウナと親しくなったのだ。

 物思いに耽っていると、村人の一人が声をかけてきた。


「ほらほら、お客さん。宴は楽しまないと駄目でしょ?」


 片手に酒を煽りながら、仄かに赤くなった顔で言う。


「いやぁ、にしても珍しいこともあるもんだな」

「珍しいこと?」

「ええ。昨日の今日で、二度もお客さんが来るとは」

「二度?」


 まさか、さっきの二人のことだろうか。

 だとするならば、あの二人は逃げ出す前はこの村に居たのだろうか。

 獣が来る。そう言っていた。

 あの焦りようは普通じゃなかった。

 きっと身の毛もよだつような思いをしたのだ。


 だとするならば、この村は一体どうしてこうも普通なのだろう。

 この村に、獣という奴が来たのではないのか?

 しかし、この村には脅威に晒されたような痕跡はどこにもない。獣とやらの爪痕や、無残に転がる死体なんてものはない。


 杞憂、なのだろうか。

 そんな割り切れない思いを抱えながら、宴の時を過ごした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ