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はたして俺の異世界転生は不幸なのだろうか。  作者: はすろい
プロローグ
14/148

決意

 今朝、俺のもとを訪れたギルドの使者からアルマ君の両親が亡くなったという報せが入った。

 王都に向かう途中で命を落としたという。


 そしてそれをアルマ君に伝えた。

 自分でもひどく冷徹な口調だったと思う。

 事実だけを淡々と述べ、そして亡くなったという証拠を見せるという、大人でも心に傷を負うようなやり口。

 それを、まだ六歳にもならない子供に行った。


 今になって思えばもっとうまい伝え方があったはずだ。

 スミシーからも、もっと相手のことを考えろと怒られた。


 しかし、死傷者のことを速やかに報告するという、十五年にわたる冒険者生活で培われた習慣はそう簡単に変えられるものでもない。


 アルマ君は最初は冗談だと思っていたらしい。

 しかし、事実と認めると、ふらふらと家から出て行ってしまった。


 少しの間、家の庭にいたようだが、いつのまにかいなくなっていた。

 庭にいる間に、エルが話を聞こうとしたが相手にされなかったらしい。そのときの娘は悲しそうにしていた。

 娘には悪いが、アルマ君は一人にさせておくべきだと思う。頭の中が整理できていない今、どんな言葉も無意味だということは明白だ。


 そう考え、彼が落ち着くまで一人にさせることにした。

 そして、夕飯の時間になった今も帰っていない。


「アル、大丈夫かなぁ」

「探しに行った方が良いんじゃないかしら?」


 一人にした方が良いと提案したのは俺だ。

 だがこの二人が言うように、さすがにこの時間になると不安だ。


「そうだな。少し探してくる、お前たちは先に食っててくれ」


 俺は立ち上がり、アルマ君を探すため家を出る。

 扉の前で星が瞬く夜空を見上げて考える。


「とりあえずアルマ君の家へ向かうか。そこにいなかったら、領内を虱潰しに探すしかないな。」


 微かな月明かりを頼りに足を踏み出した。


 自分の家から、エンブリット家まで歩いている間に思案する。

 それは、アルマ君にどんな言葉を投げかけるべきか。


 大切な人を失くした者は、皆深い絶望へと落ちる。

 しかし、人によってかけてもらいたい言葉は違う。


 冒険者時代に大切な人を失くした者を何人も見た。

 彼らに言葉を投げかけるのは、同じ冒険者として当然のことだ。

 しかし、完全な善意による言葉でも相手の琴線に触れることがある。


 例えば、元気を出すよう励ます。しかし、放っておいてくれと一蹴されることがある。

 例えば、その人の悲しみに寄りそう。しかし、お前に何が分かると激怒されることがある。


 彼らは同情を望んでいるのではない。たった今亡くなった者の体温を、声を、命を欲しているのだ。

 そのことに気付いたのは冒険者をやめてからだった。


 だが、気づいたからと言って、咄嗟に適切な言葉を投げかけるのは不可能だ。

 もう一度同じような場面に出くわしても、俺は同じように安上がりな言葉を投げかけるだろう。


 しかし、今は冒険者だった時とは違う。考える時間がある。

 筋肉だけの出来の悪い頭でも、咄嗟に出る言葉よりはマシだろう。


 そう思い、頭を回すがいい言葉は出てこない。

 最終的な結論は、飾らずに素直な言葉を言う、というもの。

 我ながら、ここまで残念な頭だとは思わなかった。


 不出来な自分に失望しているとエンブリットの家に着いた。

 扉を二、三回叩いてみたが反応はない。

 深く深呼吸をして扉を開ける。


「入るぞ」


 家の中は真っ暗だった。三歩先の様子が伺えない。

 灯りもつけていないことからいないのではないか、と推測する。


 一歩前へ出ると、前方からも足音が聞こえる。

 暗闇の中からアルマ君が姿を現す。


「ここにいたんだな」

「ダグラスさん・・・。」

「夕飯を食べよう。腹が減ってちゃ、大声上げて泣くこともできないぞ」


 踏み込みすぎただろうか。

 今日一日でようやく薄まってきた悲しみを今の言葉で掘り起こしてしまったのでは、と心配になる。


「ダグラスさん・・・。お父さんとお母さんが死んだのって魔物のせいですよね?」


 そんな心配を意に介さず、アルマ君は話し始める。


 質問の意図は一体何なのだろう。

 考えようとするも、先ほど俺の頭が予想以上に不出来なことを知ったばかりだ。考えることをやめ、事実を口にする。


「ああ。おそらく魔物によるものと考えられている」


 俺の返答に対し、アルマ君は何の反応も示さない。


「俺に戦い方を教えて下さい」


 彼は涙で腫れた目を向けてくる。貫くようなその視線の始点は淀んでいて、光を寄せ付けない。


「復讐か?」

「そうです」


 復讐。

 大切な人を失くした者の多くが辿り着く結論。

 俺にも経験がある。

 だからこそ言わなきゃいけない。


「復讐が悪いとは言わない。俺も復讐に駆られたことがあるからな」


「・・・」


「復讐を遂げたとき、あるのはこの世の何にも勝る快楽だ。」


「・・・」


「だが、それだけだ」


「復讐に囚われ、なぜ復讐したかったのかを忘れてしまう。アルマ君にとって、それは両親の死を忘れるということだぞ。それでもいいのか?」


「忘れませんよ。それを忘れたら俺は俺じゃなくなりますから」


 その言葉から強い意志が感じられた。

 復讐に焦がれる者たちはいつもこうだ。強靭な意思を最初に見せるが、最後には空っぽになる。


 だが、こういう者には何を言っても無駄だ。

 復讐に変わる目的を与えるのは俺では不十分だ。エルでも難しいだろう。

 それに彼との約束もある。


「了解した。明日から開始する。だから、今日は飯を食って寝るぞ。」


 二人で並んで家に帰った。

 その道すがら、俺はただ祈った。

 彼に復讐にかわる何かを与えてくれる、そんな存在が現れることを。


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