獣が来る
ユウナと別れた後、俺はユウリ達と合流した。
「何の話をしてたのだ?」
コユキは怪訝そうに見つけてきた。
その様子から、俺を移り気な男だと疑っていることは容易に読み取れた。
「お前が心配することは何もない」
「・・・まあ、信じよう」
その疑念に真正面から答えると、コユキは渋々ではあったが頷いた。
「で、ユウリ。これからの予定は?」
「とりあえず、明日の準備は問題ない」
「では街を見て回ろう!先ほど通り過ぎた店が気になる!」
ここから先は自由時間と知り、どうやらコユキの機嫌は直ったようだ。現金な奴である。
とはいえ、まだ日は高い。宿にこもるには早すぎる。
何もしないよりはコユキに付き合った方が良いだろう。
「その店ってどこだ?」
「こっちだ!」
コユキは小さな体を大きく揺らして歩き始めた。
その後ろを、俺とユウリは着いていった。
そして、聖都の街を巡って、はや三時間。
神聖なこの都市に、斜陽が差していた。
コユキは、その無尽蔵な体力で街を散策した。俺とユウリはそんなコユキの後を追い、日が暮れるころには足が棒になってしまった。
「アルマ、そろそろ宿に行くぞ」
「分かった」
ユウリからそう言われ、俺は前を先行して歩くコユキに呼びかける。
「コユキ、今日はもう宿に行くぞ」
少し声を張り上げて言うと、コユキはくるりと振り返った。
「何ぃ?まだ気になるというのに」
実に不満げな声と表情である。片側の頬を膨らませたその顔は、彼女の外見に相応しい少女のものだった。
「仕方ない、デュオクスからの依頼が終わったその時はまた連れまわすからな」
「勘弁してくれ」
そうして、俺たちは宿へと向かった。
* * * * *
三人同じ部屋で夜を明かし、朝を迎えた。
「よっしゃ、準備良いか?」
ユウリが言う。
俺とコユキは何とはなしに反応を見せた。
「悪い神様が封印されてる場所に行くには、こっからちょっと行ったところにある森、そこにある洞窟に入ることになる」
ユウリは今日の予定を口頭で伝えた。
目的地は、聖都周辺に広がった森の中にある洞窟。
移動手段は徒歩。行き帰りで今日一日は潰れるとのことだった。そのことにコユキは不満げであったが、ここは我慢してもらうしかない。
「じゃ、行くぞ!」
俺たちは宿を出た。
聖都を出て、道を歩く。辺りには草原が広がり、吹き抜ける風が気持ちよく感じられた。時々会話を交わしながら、目的地まで歩を進める。
そうして歩き続け、太陽が南中したころ、前方には鬱蒼と生い茂る森林が現れた。
「あれか」
不意に呟いた。
それに対して、ユウリはしっかりとした返答をする。
「森に入ってからも移動はするからな、油断するなよ」
ユウリの忠告通り、森に入ってからが大変だった。
地面は木の根が張り巡らされており、凹凸ばかり。これまでの平坦な道とは違って、ただ歩くだけでもそれなりの体力を要した。
そんな厄介な道中と格闘すること一時間、俺たちは目的地に到着した。
「ここだ」
目の前には、空洞を深い闇で満たした洞窟。覗き込んでも、先は見えず、目を凝らしてもやはり先は見えない。足を踏み入れるのに多少の勇気が必要になるほどだった。
「ここ、は・・・・?」
コユキの疑問に満ちた声だった。
「コユキ、どうした?」
「いや、いやそんなはずはない。だって妾は・・・」
俺の呼びかけに、コユキは答えなかった。
どんな苦境においても泰然としていたコユキが、戸惑っている。その様子を見て、俺の中にはじんわりと焦りが生じ始めた。
「おい、コユキ!大丈夫か!?」
彼女の小さい肩を掴み揺らした。
するとコユキは我を取り戻したようにハッとした。
「あぁ、アルマ。大丈夫だ、何でもない」
その言葉に全幅の信頼を置くことは出来なかったが、とりあえず彼女の言葉を受け入れる。
そしてユウリに言った。
「ユウリ、行こう」
「いや、ちょっと待て」
ユウリに制止される。その顔には英雄としての様相が浮かんでいた。
突然、ユウリは駆けだした。森のさらに奥へ、風の如く疾駆した。
俺とコユキは一息遅れて、ユウリの後を追った。
森の地面は相変わらず走りづらいが、一瞬でも速度を落とせばユウリから引き離されてしまうため、細心の注意を払いながら駆けた。
やがてユウリは停止した。
ユウリの傍に寄ると、そこには何やら怯えた様子の男二人が、四つん這いになっていた。
「た、助けてくれ・・・」
弱弱しい声で助けを請う男。
続けて、
「獣が来るんだ・・・・助けてくれ・・・」
そう言った。
一切要領を得ない言葉に、俺は首を傾げる。
しかし助けを求めていることは確かである。
「ユウリ、どうする」
ユウリに決断を委ねようとしたその時、コユキが真剣な面持ちで、男二人に尋ねた。
「獣と言ったか?それはどんなだ、恐ろしいか?おぞましいか?気色悪いか?」
コユキの質問の意図が分からなかった。
しかし、男たちには伝わったようだった。
「いや・・・そんなんじゃない。あれは神々しかった」
それを聞くと、今度はコユキが走り出した。
一体何が起きているのか、未だに分からない。それでもコユキをあそこまで必死にする何かというのは、不吉なものであるような気がしてならなかった。
「ユウリ!俺はコユキに着いていく!お前はデュオクスの依頼を終わらせろ!」
ユウリにそう告げて、俺はコユキの後を追った。