積もる話
「それで、アルマはなんでここにいるの?」
聖都の大通りで、ユウナと再会した。
思わぬ出会いだった。
ユウナの方から俺に声をかけ、一息遅れて俺も気づいた。
彼女は、ニエ村に住んでいた。
旅に出てすぐの俺は、村から降りてきた彼女の助けを求める声に応じ、魔物に襲撃されていた村を救った。
それから村に招かれ、宴を楽しみ、ディールと戦闘し、ユウリと出会った。
しかし、俺と彼女の事情を知らないコユキからは、愛人を隠していただの、有る事無い事を罵声と共に浴びせられた。
だが、そんなコユキの癇癪をユウリが制止し、俺にこう促した。
「久しぶりの再会なんだ。二人だけで話してこいよ。この子の面倒は俺が見るから」
暴れるコユキを力一杯抑えるユウリ。
半神と英雄のドリームマッチが密やかに行われていた。
それから、俺たちはユウリの言葉に甘えて、とある喫茶店らしき店に来た。
俺はユウナの質問に答えた。
「ユウリの付き添いでな。聖都に用事ができたんだ」
聖都を訪れた目的をざっくりと話す。
「その用事って?」
色々と端折ってしまったため、ユウナは深いところを聞いてきた。
俺は一考する。
果たして、この件に無関係のユウナに話してしまっていいものか。
いや、それは避けた方がいいだろう。
なぜなら、この世界の神であるデュオクス直々の依頼だ。軽薄にひけらかす様なことはしない方がいいだろう。
「悪いな、言えない」
「ざんねん」
ユウナは食い下がることなく、あっさりと追求をやめた。
今度は俺の方から質問をする。
「逆に、ユウナはどうしてここに?」
その質問に、ユウナは悪戯な笑みを浮かべる。
「実は私、治癒魔法が使えるの」
わざとらしく自慢した。
しかし、その発言は驚くに値するものだった。
「治癒魔法って、すごいな」
治癒魔法を使える者は限られている。
コユキから教えてもらったことだ。
俺が治癒魔法を使えると知っているのは、エルとユウリくらいしか居ない。かたや騎士団師団長、かたや英雄だ。そこにユウナが名を連ねるとは、思いもよらなんだ。
しかし、治癒魔法が使えることが、どうして聖都にいる事に繋がるのだろう。
その答えは、すぐに返ってきた。
「聖都はね、敬虔な神の信者が多いんだ。それでね、教会は治癒魔法を使える人を招き入れてるの」
「何のために?」
「神の使いが人々を癒す。無宗教の人を勧誘するには打ってつけでしょ?」
なるほど、思ったより打算的だった。
変に無性の愛が、などと言われるよりかは信用できる言い分だが。
「だから、治癒魔法が使える人を教会に招いて、その人の能力を伸ばすの。ゆくゆくは教会の利益に繋がるから」
「敬虔なる神の信徒、ね」
貪欲な金の亡者の間違いではないか、という言葉は言わないでおいた。
「てことは、ユウナもその一人ってことか」
「ううん、私は違うよ。教会も、それを承知で私に色々教えてくれてる」
必ずしも、信者になる必要はないか。
考えてみれば、優秀な治癒魔術師が実は聖都の教会で学んでいた、などとならば教会の名声が向上するのか。がめついな。
「それに、私ここ好きだし」
ユウナは外に目を向けた。
合わせて俺も外を眺める。
隣接する大通りには、ちらほら人がいるが、王都のようにごった返しているわけではない。落ち着いた時間が流れている。
「そうだな、俺も嫌いじゃない」
自然とそう呟いていた。
すると、ユウナの笑う声がした。
「何か面白いこと言ったか?」
ユウナは静かに笑った後、言った。
「アルマ、変わったね。丸くなったよ」
「自分ではそんな気はしないが」
「温和になった、って言えばいいかな。優しいのは前からだけど」
そういった自分の変化というものに、俺は疎い。
ユウナが俺を見てそう思ったのならそうなのだろう。
すると、彼女はおずおずと口を開いた。
「あの、さ」
その様子に、俺は首を傾げる。
「どうした?」
「まだ、復讐したいって思ってるの?」
復讐。
両親を殺した魔物に対する怒り。
それは、今も冷めていないのか。
怒りがない、と言えば嘘になる。
だが、冷めつつある、と言った方が正しいだろうか。
幼い頃の俺にとって、両親は全てだった。精神的支柱だった。エルやダグラスやスミシーも大事だったが、両親に勝る者はやはり無かった。
だが、今は違う。
エルが居る、コユキが居る、ユウリが居る。
他にも多くの出会いがあった。中にはもうこの世に居ない者も居る。
だが、それらの出会いは俺の中に変化をもたらしたのは間違いない。
実に曖昧な答えだ。
口にするのが憚られる気がする。
どう言葉にしたものか、と悩んでいるとユウナが口を開いた。
「いいよ、もう分かった」
「本当か?」
「前のアルマならこーんな目をして即答してたところだよ」
両手の人差し指で目を吊り上げるユウナ。
その後、安堵の笑みを浮かべた。
「きっとそれでいいんだよ」
「そうかもしれない」
よし、とユウナは自らの頬を叩いて立ち上がった。
「それじゃ、私行くね。聖都にはどれくらいいるの?」
「初めてきた場所ではしゃいでる奴が仲間にいるからな。そいつ次第だ」
恐らく、コユキが満足するまでは聖都にいることになるだろう。
「そっか。ならまた会ったらよろしくね」
「ああ」
その言葉を最後にユウナは店を出た。
俺は少しの間、再会の余韻に浸った後、店を後にした。