後日譚
「ほう?それでぇ?」
宿屋の俺の部屋。目の前のふざけたツンツン頭の男は、一連の話を聞いてにやにやと気持ちの悪い笑みを浮かべた。その様子は見てて実に腹立たしい。
エルとの話し合いを済ませたことで、俺はユウリから出された条件を無事完了した。
俺は彼女に旅に出ると告げ、その準備のために、再び王都へとやってきた。
王都ですべきことは大きく二つ。
一つは、サンタナ領に帰っている間、宿で留守番させていたコユキと合流すること。
もう一つは、ユウリに旅に同行することを認めてもらうこと。
前者は既に済ませた。
もともとコユキと合流すること自体には、さほど労力を必要としない。なぜなら宿屋の部屋で彼女の帰りを待っていればいずれ合流できるのだから。
しかし後者は思った以上に面倒だった。
ユウリと会うのは簡単だった。むしろ向こうから会いに来た。
面倒だったのはここからだ。
少し話は逸れて、俺がエルと話をした時のこと。
俺は自らの好意をエルに告白した。嬉しいことにエルも俺と同じ思いだったようで、晴れて俺とエルの交際関係が始まった。
話を戻すと、要はユウリから旅に同行する許可をもらう過程で、俺とエルの新たな関係について話さざるを得なかったのだ。
そして、それを聞いたユウリは某国民的RPGのスライムのような笑みを浮かべ、俺を茶化すようにしつこく話を聞いてくるようになった。その鬱陶しさたるや、思わず旅の同伴をこちらから願い下げしてしまいそうになるほどである。
「ま!俺の言った通りに話をしてきたのは偉い!」
ユウリは手を胸の前で叩き、口にする。
「どうやら、想像以上の収穫があったみたいだけどなぁ~?」
二言目にはこの通り。うざったいことこの上ない。死んでしまえ。
すると、そんな俺とユウリの会話を、一歩離れた場所から聞いていた幼い外見の彼女もまた口を開いた。
「う~む、妾も盲点だった。こんな形でエルリアルの奴に抜け駆けされるとは」
短く細い腕を組みながら、しみじみといったように発言した。
「コユキ、お前もか」
俺の釘をさすような一言に、コユキは不敵に笑って見せる。
ユウリも、コユキも、あまりにも懲りない様子に、ついに俺は痺れを切らした。
「お前ら、これ以上何か言うようなら俺一人で旅に出てやる。それと勘違いしないように言っておくが俺は別に傷心に付け込もうなんて思って思いを伝えた訳じゃないからな」
これ以上揶揄わないように制止の言葉の最後に、念押しの一言を付け加えておく。
だが、その念押しが通じていないのか、二人はとぼけた表情を浮かべた。
「まさか、伝わってないのか?」
「いやそうじゃなくてな」
「お前がそのようなことをする奴ではないというのは、とうに知っておる」
二人は、口裏を合わせたのかと疑うほど、同時に笑みを浮かべた。
不純な思いなど何一つ無い、屈託の笑顔が向けられる。揶揄われたわけでもないのに、何故か一番恥ずかしかった。
* * * * *
それから、俺は騎士団へ顔を出した。
王都でやるべき二つのことが思いの外早く済んだこともあるが、戦争が終わって以降、一度も騎士団の面々と会話を交わしていなかったからだ。
そのため、騎士団本部に足を向けた。
向かったのは、ノアのところ。
ノアは元々エルの部下だったが、エルは前線を退くこととなり、それと共に師団長を下りた。そのため新たな師団長が空いた席に着くこととなった。
「ノア?いるか?」
ノックしながら、扉を開ける。
目に入ったのはダークブラウンのデスクと、その上に積み上げられた書類の山。
「アルマさん?」
そして紙の壁の向こうから、耳触りのいい声が聞こえた。
彼は立ち上がると、ようやく俺の前に顔を見せた。
エルの空席に座った新師団長、それはノアだ。
ノアは、闘技大会には期待の新星やら何やらと、口々にもてはやされていたが、それも既に一年前の出来事。死霊術師や、帝都との戦争など、あまりに濃密な出来事を前にすれば、たとえ一年であっても遥か昔のことのように思える。
しかし、それらの出来事の裏にあったことをよく知らない民衆からすれば一年は、変わらず一年である。世間では僅か一年で師団長の座に上り詰めた秀才として、ノアはさらにもてはやされているのだとか。
「すみません。戦争に勝利してからというもの、志願者が急増したんです。おかげでこの有様ですよ」
苦労を隠すことなく、がっくりと肩を下げた。
「嬉しい悲鳴じゃないか?一年前の闘技大会の後、騎士団の名誉は地に落ちたことを考えれば」
「まあ、そうなんですが。アルマさんはどうしてここに?」
それから、俺はノアと話をした。
主に、現在の騎士団について質問をした。
逆に、俺はエルについて質問された。
まず、騎士団長のギルダ。
あいつは変わらず騎士団の長として君臨しているらしい。副団長を亡くし、片腕を失った彼の精神を心配していたのだが、話を聞く限り杞憂だったらしい。王都に勝利をもたらした彼は『隻腕の騎士団長』という二つ名を獲得したという。
曰く、腕を失った甲斐があった、とのこと。
この発言を受けた民衆からすれば、ギルダは片腕を落として王都軍を勝利に導いた英雄に見えたことだろう。
しかし俺や、騎士団員はこの言葉の後に続く文言を知っている。
それは、副団長を失うのは大きすぎる代償だった。
そう、副団長のクレシオは死んだ。名誉の死としてこれからの歴史に語り継がれることだろう。
戦争の最終局面、クレシオが居なければ王都に勝利は無かった。クレシオこそが影の英雄たりえる存在だ。
そして今、副団長は空席のままだという。
新たな副団長は、騎士団の今後に関わる大きな議題として、現在も議論に議論を重ねている最中だという。
俺がノアから聞いた騎士団の現状はこんなところだった。
ちなみに、俺とエルの関係について話したところ、ノアは両手で口元を隠し、少し頬を染めて驚いていた。その初々しい反応に、俺は心が洗われるようだった。
「さてと」
二人で紡いできた会話に、その一言で区切りをつける。
俺は椅子から立ち上がり、ノアに背を向けて扉へ向かった。
「行くんですか?」
その言葉に、顔だけ振り返り、短く返す。
「ああ」
振り返りざまに見えたノアの顔には、笑みが浮かんでいた。
* * * * *
「遅かったな、アルマ」
早朝、馬車乗り場。
俺らより早くついていたユウリが口にした。
「支度に手間取ってな」
「ほれアルマ、早う乗らんか」
俺と一緒に馬車乗り場に来たはずのコユキが、いつの間にか馬車に乗って、声をかけた。
俺は荷物を積み入れ、馬車に乗る。
旅のメンバーは俺と、コユキと、ユウリ。
しばらくすると、俺たちが乗る馬車は動き出した。