条件
「お前とここに来るのも久しぶりだな」
俺の前に座るユウリは、軽い口調でそう言った。
俺は今いつぞやユウリに紹介された酒場に来ていた。
三十分ほど前、ユウリは宿屋の一室で塞ぎ込んでいたいた俺の元を訪ねてきた。
「さっき外を歩いてたら、お前が連れてる女の子に会ってさ、その子にお前がどこにいるか聞いたんだよ」
どうやらコユキから俺の居場所を聞いたらしい。
そうして現れたユウリに、俺は半ば強引に外に連れ出された。
王都の街は、相も変わらず祝福ムードで、道行く人は押し寄せる波のようにとめどなく、酒場には昼から飲んだくれてる者達が大勢いた。
その活気は、俺にとって刺さるように痛かった。
俺はこんなにも苦しい思いをしてるというのに、そんなことは知る由も無く騒いでいる。そんな思いが喉からせり上がってくる。
だからといって人々に対し無差別な怒りを覚えるわけでなく、ただただ自分が惨めに思えるだけだった。
「しかし驚いた。お前が戦争に出向いてたなんてな」
誰から聞いたのか、ユウリは俺が戦争に参加していたことを知っていた。
多分、俺の気分が沈んでいることも、それが戦争に起因することも承知しているだろう。
ならばどうして、こんなにも無遠慮に踏み込んでくるのか。
そう思うと、ユウリに対する苛立ちが込み上げてきた。
「お前が居れば、もっと簡単に終わったんだろうな」
さえずるような声で、俺は毒づいた。
「ん?何か言ったか?」
しかし俺の言葉はユウリの耳には届かなかったようで、聞き返される。
その態度は俺を更に苛立たせた。
「お前が居ればもっと被害は少なく済んだって言ったんだよ!」
思わず俺は立ち上がり、声を張り上げた。
その瞬間、酒場の客や店員から視線が集まるも、やがてすぐに賑わい始めた。
「俺はいろんな都市のお偉いさんに、神都の勇者として名が通ってるからな。別に神都の味方ってわけでもないんだが、他の都市に肩入れするのも避けてるんだ」
ユウリの余裕ある返答に、俺は全身から力が抜けたように、椅子に腰を下ろした。
「なあアルマ、教えてくれ。何があった?」
「教えたところで・・・」
「知らないままじゃ、俺はお前に何も出来ない。だから教えてくれ」
その真っ直ぐな言葉は、今の自分をより惨めに感じさせた。
そしてこれ以上惨めになるまいと、俺は自らの悪事を白状するかのようにゆっくりと話し始めた。
「クレシオ、騎士団の副団長か。それなら俺も会ったことがある。それがまさか・・・」
それが俺の話を一通り聞き終えた後のユウリの第一声だった。
「それで、お前は幼馴染を傷つけたから気を落としてたのか」
俺は頷いた。
「なら、俺についてこないか?」
「は?」
あまりに突然な提案に、意図せず素っ頓狂な声が漏れた。
「色んなところを回ってみれば気分も変わるってもんだ」
「そんな簡単な話じゃ」
「だからと言って、いつまでも引きこもってるわけにはいかないだろ」
正論に言葉が詰まった。
「よし!じゃ決定な」
強制的にユウリに同伴することが決まってしまった。
あまりに強引な為、反射的に言い訳が口を継いで出た。
「いや、俺まだエルに会ってないし」
しかし、それ以上言い訳は続かなかった。
そうだ。俺はもうエルに関わらないと決めたじゃないか。
それを思い出すと、ユウリの誘いに乗ることもやぶさかではないと思えてきた。
「いや何でもない。お前についてくよ」
前言を撤回し、俺は前向きな返答をした。
というのに、先ほどとは打って変わって、ユウリの顔は険しいものとなっていた。
不思議に思っていると、ユウリの口がゆっくりと開いた。
「お前、その子に会ってないのか?」
「あ、ああ」
「じゃあ、話もしてないんだな」
その言葉に頷くと、ユウリは大きくため息を吐いた。
「何でだ?」
「何でって・・・」
「言え」
「エルをあんな目に合わせておいて、どんな顔して会えばいいんだよ」
すると今度は机に手を叩きつけた。
「どんな顔して、だ?偉そうなこと言ってんじゃねえ」
怒りのこもったその声に、俺は再び苛立ちを覚えた。
「偉そうなんかじゃねえ!エルは俺と関わらない方が幸せなんだ!」
エルは俺が守れなかったから、片足を失くした。二度と立つことができなくなった。
全部俺のせいだ。俺さえ居なければエルはこれ以上不幸にならなくて済む。
しかし、俺の言葉はユウリの怒りをより強くさせるだけだった。
「それを偉そうって言ってんだ!」
怒りの衝突の後、数秒の間、静寂が続いた。
その静寂を壊したのはユウリの方だった。
「幸せかどうかなんてのはお前が決めることじゃない。そんなのは直接話してみなきゃ分からねえ」
あまりの気迫に、俺は言葉を失った。目の前にいるのが、ユウリとは別人の誰かと思うほどだった。
「お前がこれからその子と関わり続けるにしろ、そうで無いにしろ、その子のこれからにお前との会話は不可欠だ。感謝されるなら感謝されろ、蔑まれるなら蔑まれろ。それがお前の責任だ」
俺がエルと話すまで、同伴はさせない。
それがユウリから言い渡された条件だった。