最終決戦
「あぁ・・・あ、あ・・・・・!」
ツキの口からそんな呻き声が聞こえる。
何が起きた?
それは目の前で起きた不可解な出来事に対して抱いた疑問。
ツキがクレシオの腹を突き刺したかと思えば、クレシオは何か策があるかのようにツキの胸に手を当てた。かと思えば、クレシオはそのまま倒れてしまった。クレシオは倒れたまま一向に動く気配を見せない。
クレシオは死んだのだ。
俺の目にはクレシオが腹を刺され、そのまま無力に殺されたように見えた。クレシオの死に際の策は失敗に終わったと思えた。最後に見せた達成感と諦めを含んだ微笑みは、俺にクレシオの死を実感させた。
だが、どうしてかツキの様子がおかしい。
悶えるように頭を抱え、足取りも不自由。ツキの荒い息遣いと同時に口から漏れる喘ぎは、今にも発狂するのではないかと感じさせるほどだ。
俺の脳みそは何が起こったのかは理解できていない。
だが、直感はこれが好機であることを認識している。
今、奴にむけて踏み込めば一矢報いることは容易い。圧倒的強者として、この場に君臨していた奴に一太刀浴びせる事ができる。
しかし身体は動かない。
剣を握る手に、地を踏み締める足に、クレシオの死が重くのしかかっている。
クレシオが刺されるのを防げなかったのか。
刺された後、クレシオの言葉に背いてでも助けに入るべきだったのではないか。
なすべき事は目の前にあるというのに、どうしようもない後悔が足止めする。
「クレ、シオ・・・。・・・・ちがう。俺はツキだ・・・!ツキ・センドレェだ・・・!」
未だツキは錯乱状態にある。
それを見て、重い手足に動けと脳が指示を出す。
それでも体は動かない。
何度も動けと指示を出す。
何度も、何度も、何度も。
同時に、脳裏にクレシオの言葉が浮かぶ。
とどめは君に任せる。
彼が死に際に放った一言。
その短い言葉が、脳天を貫いて全身に駆け巡り、そして俺の背中を押した。
地面を蹴飛ばす。
ツキと肉薄。
速度をそのままに、ツキに切り掛かった。
しかし、その殺意はツキを仕留めるに至らなかった。
甲高い金属音が鳴り響き、鍔迫り合いの向こうで、瞳孔を見開いたツキの目が睨みを覗かせる。
遅かった。相手に時間を与えすぎた。
心の中でそんな弱音を吐いてしまった。
「お前は・・アルマ・・・・アルマ・エンブリット!」
「何故俺の名前を・・!?」
ツキの気迫はやがて力へ変わり、俺の剣を弾いた。
俺の僅かな隙を逃さず、今度はツキが攻勢に出る。
向かいくる剣先を、すんでのところでどうにか弾く。
互いに弾き、隙をつき、弾き、また隙をつく。
その応酬は互角、もしくはツキが僅かに優勢。
しかし数分前までの圧倒的な実力差は感じない。
その事実に、俺も負けじと応戦する。
剣戟はより苛烈に、剣同士が衝突する音は加速していく。
やがてそれは俺が追いつける速度の限界を超えた。
それでも尚、留まることなく加速し続ける。
「・・・ぐっ・・あぁぁぁあああ!!!」
既に臨界点を迎えた肉体を鼓舞するように、雄叫びを絞り出す。
帝都の目論見を打破するため。
後方で今も戦い続ける仲間のため。
バルゴの死を、クレシオの死を、無駄にしないため。
ツキの剣を弾く。
そしてガラ空きになった胴。
その最大の好機に、ありったけの力と技術を込めて突きを放つ。
剣先が肉を貫く。
その感触が伝わるよりも早く、攻撃は弾かれた。
俺に訪れた最大の危機に、ツキの全力が向けられる。
「終わりだ!!」
俺の頭上に、ツキが剣を振り下ろした。
剣を戻そうとしたところでこの攻撃は防げない。
ツキの言葉に目を瞑った。
自らの最後を予感し、死んだ者たちへの謝罪を胸に抱いて、ツキの剣を待った。
しかしいくら待っても死は訪れない。
代わりに耳に入ったのは金属音と、人が崩れ落ちる音。
恐る恐る目を開ける。
視界にツキの姿は映らない。映るのは、俺の頭上から伸びる大剣の切先。
「・・・遅れて悪かった」
その声に振り向くと、そこに居たのはギルダだった。
ギルダの呼吸は微かに乱れ、大量の汗が滲んでいた。
「ギルダ・・・?大丈夫なのか・・・・・?」
ツキの毒に侵されて居たのではないのか?
俺の問いに、ギルダは不器用な笑みを見せた。
ツキに貫かれた彼の右肩から先は、切り落とされていた。