不幸
「は?」
両親が死んだ?俺の父と母が?エルダイン・エンブリットと、アンナ・エンブリットが?
昨日の朝まで当たり前のように俺と話していた彼らが?
冗談だろ?
「ダグラスさん、その冗談は冗談では済まないですよ?」
ダグラスは豪胆、豪快、愉快な男だ。
冗談の一つや二つ、軽々しく呟く、いや吠えるだろう。あのバカでかい声で。
だとしてもこの冗談は許されない。
「冗談ではない、今朝知らされたことだ」
ダグラスの目つきは変わらず真剣なものだ。
彼の視線は、非情な現実を認めまいとする俺を追い詰める。
それでもその情報を、事実を、現実を捻じ曲げようと思考し続ける。
だが同じように現実は俺の理性ににじり寄ってくる。
いくつか思いついた悪あがきも、ダグラスの鋭い視線を前にして無駄だと悟った。
ダグラスは滔々と告げる。
俺の両親は王都へ向かう途中で亡くなった。
おそらく魔物の襲撃にあったとのことで、御者も、御者が雇った用心棒も、馬車に乗っていた人たちも全員が命を落とした。
用心棒が二人いても駄目だったことから、かなりの数の魔物に襲われた可能性があるとのことだ。
死体は無残な姿になっており、個人を判別することが難しいという。
冷や汗を流す俺に、ダグラスはあるものを見せた。
それはネックレスだった。緑の宝石が着いたネックレス。いつもアンナが着けていたものだ。
彼女の胸元で鮮やかに輝いていたそれは血に塗れ、赤く染められていた。
ようやく俺は理解した。
俺の両親は亡くなったのだ。
現実を受け止めると、強張っていた全身の筋肉は一気に弛緩する。
よろめく足でエルの家から出て、庭にへたり込む。
心は悲しみで満ちているのに、不思議と涙は出ない。
体の中から感情がごっそり抜け落ちたように感じる。
同様に、頭から思考が放り出されたようにも感じる。
脳内は酷く不明瞭で、まるで霧がかかったようだった・
昨夜の雨で、庭の草木についた朝露が太陽の光を反射して、幻想的なまでに光り輝いている。
目に映る景色は自らの心情とは対照的であり、見るたび胸の奥を締め付けられるような感覚があった。
ぼんやりとした脳内に事実が何度も反芻される。
両親は死んだのだ。
父のエルダイン・エンブリットは。
俺の話をいつも熱心に聞いてくれて、そんな俺のことを領民に自慢するくらい親バカだったあの男は死んだのだ。
母のアンナ・エンブリットは。
いつも父の傍らにいて、にこやかに笑って佇んでいた。転生者だと判明しても俺のことを疑わず、いつだって、だれよりも俺のことを愛してくれたあの人は死んだのだ。
俺の家族はもういないのだ。
この世界でもやはり俺は不幸なのだろうか。
転生して、両親に抱かれ、エルと遊ぶたびに前世とは違うと考えた。
俺が転生者だとばれ、全ての人に嫌われたと思ったとき、前世と変わらないと決め付けた。
そして両親とエルが俺のことを認めてくれた瞬間、前世とは違うと確信した。
確信し続けて、今に至る。親がいなくなるという今に。
もう、そうなのだろう。
この世界でも俺は前世とは変わらない。きっと不幸なんだ。
「どうせ辛くなるなら期待するだけ無駄、なんてことは分かっていたはずだろ」
虚に向かってそんな言葉を放つ。
自分の愚かさを嘲るように。
「アル・・・。」
いつのまにかエルが家の扉の前に立っていた。
眉を八の字にして、こちらを見つめている。その様子から俺のことを心配しているのが感じ取れた。
あの様子だと、俺の両親のことをダグラスから聞いたんだろう。
事情を知って俺を励ましに来たのか。
「ごめん、エル。今は一人にさせて」
だけど今は誰かと一緒にいたい気分ではない。エルには悪いが。
エルは何かを言う素振りを見せたが、結局その口から言葉は出てこず、そのまま家の中へ戻った。
悲しませてしまっただろうか。
それでも、深く沈んだ気分のままエルと話しても無意味に思ってしまう。
今日一日は一人でいたい気分だ。
しかし、ここに居るとこの後もエルは俺の方へ来るに違いない。
そう思った俺は立ち上がり、不確定な足取りでエルの家を立ち去った。
*
腕をだらしなく下げ、体を揺らしながら歩く。
なにも考えず歩き続けて、やがて辿り着いたのは自分の家だった。
昨日エルの家へ向かうために家を出た時は何も感じなかったが、今は寂しげに見える。
家に鍵はかかっていなかった。
よろめきながら家の中へ入る。
中に入ると、昨日と何も変わらない光景がそこにあった。
みすぼらしいテーブルと椅子。
その奥に見える台所。
ここからは見えないが、台所のさらに奥に行くとトイレと浴室が設置されている。
そして階段を昇れば家族の寝室がある。
転生してすぐ、二階の窓から外の景色を眺めたな。
エルと遊んで帰ってくると、いつも台所に立つ母が俺を迎えてくれたな。
母の手伝いをしていると、父が勢いよく帰ってきたりしたな。
食卓でたくさんのことを話したな。
風呂で父と大はしゃぎして、母に怒られたな。
寝室で三人集まって眠りについたな。
家に入ってすぐ、この家で過ごした思い出が頭の中を駆け巡る。
そのどれもが過去のもの。もう過ぎ去った、二度とない景色の数々。
それを思い知らされた。
「今更か・・・。」
今になってようやく涙が込み上げてくる。
目に溜まった涙が視界を歪め、目に映る物体の輪郭が失われる。
扉の前で無力に座り込み、人知れず涙を流した。
すすり泣く声は静寂に満ちた家の中に溶けていった。




