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はたして俺の異世界転生は不幸なのだろうか。  作者: はすろい
七章 王都戦争
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解く

 クレシオとツキの間にある距離は、およそ五メートル。ツキほどの実力者であれば、そんな距離は一息で詰めることが出来る。そしてそうなったら最後、クレシオはツキの動きに対応出来ずに命を落とすことになる。

 しかし両者は未だに動かない。余裕を崩さないツキと、平静を装うクレシオは対峙したまま。


 クレシオはそのスキルを以て、目の前の傑物を情報として飲み込んだ。

 そして、その情報こそがクレシオの心を乱す原因だった。


「ツキ、と言ったかな。君は人間か?」


 これまでの人生で、嫌と言うほど読み取ってきた人間の魂と、その情報。人の魂に全く同じものなど決してありはしない。だがしかし、全てに通ずるものがある。その共通点を形容するのは困難を極める。しかし輪郭がぼやけた曖昧な共通点を、クレシオは感覚で認識していた。

 だが目の前の男は違った。人間の魂たらしめるソレが無かった。人間とは別の、より高位の何かが、その共通点にとって代わっていた。人間の魂に別の何かが混ざり合っていた。


 クレシオの言葉にツキが答えることは無い。

 しかしクレシオの前では返答など不要。スキルを用いて、ツキが人間とはかけ離れた存在であることを見抜いた。

 そしてそこから連想されるのは、昨日に戦場を蹂躙したという怪物の話。後方で指揮を務めていたクレシオはその怪物を直に見たわけではない。しかしその規格外の強さは、アルマをはじめとした兵士からの報告を受けて理解していた。人間離れした体躯に、何者も寄せ付けない膂力。あのコユキを圧倒する実力があることを聞いた時、クレシオは身の毛のよだつ思いをした。


 仮に、ツキがその怪物と同等であったとしたら。


 そんな嫌な予感がクレシオの脳裏を過る。

 だが自らの後ろに立つアルマと、自らを信じてくれたギルダを思えば、そんな予感は薄れていった。

 それと同時に自らのすべき事を反芻する。

 その後、ツキに掌を向けた。


 ツキに向けられたのは鋭い眼光。獲物を狙う獣のような目。敵意剥き出しの態度。最底辺の身分であった為に、幼い頃から何度も向けられた感情が目の前にあった。

 ツキは、その感情を向けてきた相手を容赦なく殺してきた。クレシオも例外では無い。


 クレシオが掌を向けたと同時に、ツキは駆けた。クレシオとの距離は気付けば無くなり、気づいた頃にはクレシオの腹をツキの剣が貫いていた。


「グッ・・・・・!」


 声にならない叫びがクレシオの口から漏れる。

 その様子を見て、アルマは驚愕した。ツキはそんなアルマを見据え、クレシオの腹から剣を引き抜こうとした。

 

 だが抜けない。

 見ると、クレシオが剣を抜かせまいと握っていた。手に刃が食い込み、そこから更にツキの毒が回ることを躊躇うことなく、頑として刃を握り続けていた。


 それを見ていたアルマは、クレシオを助けるべく駆けだそうとした。


「来るな!」


 しかしその足を、クレシオは思念伝達を用いて制止させる。アルマは困惑しながらも、語気の強さから垣間見えるクレシオの気迫に従った。


 アルマが足を止めたのを見て、クレシオは意識を目の前のツキに向ける。そして朦朧とした意識の中で、情報を整理する。


 まず、ツキはこの場の誰よりも強い。クレシオやアルマはおろか、ギルダですら敵わない強敵であることは疑うまでも無い。

 次に、その強さを体現しているのは、おそらく魂の異質な部分、人間ではない部分だ。それこそがツキを圧倒的な強者たらしめる理由なのだ。

 腹に刺さったツキの剣は、今も引き抜かれようとしている。抜かれたら最後、この場に死屍累々の山を築くことになるだろう。

 そして最後に、そんなツキを止められる候補として真っ先に上がるのはコユキだ。彼女ならば平然と勝利を収めるに違いない。だが、彼女は現在後方にいる。それではダメだ。ツキは今、この場で倒すべき相手なのだ。


 であれば次点で自分自身。すなわちクレシオ・ダズロックをおいて他にいない。


 情報を整理した後は、行動する他ない。

 左手で刃を掴み、右手でツキの胸元に触れる。


「何をするつもりだ・・・?」


 その行動に、ツキは何かを感じ取った。

 目の前の死に損ないの男が何かをしようとしている。そしてそれは自分にとって致命的なものである。

 だが、一体何をしようとしているのか。この行動の先にある結果が予想出来ない。


 ツキの内情は、動揺と困惑と、一握りの好奇心で満たされた。


 しかし今のクレシオには、そんなツキの胸の内を読み取ることは出来なかった。

 クレシオが読み解いていたのは自らの魂。自分自身の命を情報として解いていく。



 幼い頃、魔法を知り、世界を知り、自らの矮小さを知った。それから数年、人を知り、人を守るために騎士団に入団した。


 しかし騎士団は、死霊術師の手駒によって乗っ取られてしまった。幸い自分は正気のまま騎士団を抜け出す事が出来た。だがそれが正しい選択だったのかどうかは分からなかった。


 仲間のために、たとえ死んででも騎士団を洗脳から解放すべきだったのでは無いか?自分はただ逃げただけなのではないか?


 洗脳解除の魔法を生み出したのは、そんな葛藤から逃れるためだったのかも知れない。


 しかし、そこからまた数年して彼が現れた。

 彼は私が編み出した魔法を使って騎士団を救った。死霊術師を追い詰めた。


 そして彼は、今もこの戦場に立っている。


 

 クレシオにとって、魂とは情報である。

 一人の人間の魂には、目がまわるほどの情報量が内包されている。


 そして情報とは伝達すべきものである。

 自らの魂をツキの魂に織り交ぜる。それだけで目の前のツキという男の存在は揺らぐ。

 

 だがしかし、揺らぐだけで崩すことは出来ない。

 誰かがツキにとどめを刺さなければいけない。


「・・・とどめは君に任せるよ」


 その言葉がアルマの脳内に響いた。

 直後、クレシオは崩れ落ちた。

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