地雷
ギルダが押し負けた。あの男の屈強な肉体を、一本の細身の剣が貫いた。
ギルダと相対していた男はそれだけの実力を持っているということである。
俺にはギルダと戦って勝てるほどの実力はない。つまりあの男の実力は俺より数段上であることが分かる。あの男の強さは、昨日のデカブツには及ばないながらも引けを取らないものがある。
そんな中で、不思議なのはギルダの様子だ。肩を貫かれたとはいえ、相手は騎士団長を務めるギルダだ。ギルダならば、並大抵の負傷など物ともしないはずだ。
だがそんな考えとは裏腹に、ギルダの動きが明らかに悪くなっている。その顔は苦悶に歪み、徐々に劣勢に立たされていく。
あの男の剣には、ただ攻撃するだけではない何かがある。
ギルダの様子を見て、最後にはそう結論付けた。
そんな時、脳内でクレシオの声が響く。
「団長を一度休ませたい!誰でもいい!救援を頼みたい!」
その言葉に誰もが辟易した。
騎士団随一の実力者たるギルダが押し負けたという中で、誰がすき好んで死地とも呼べる場所へ足を踏み入れるものか。
だが、このままギルダを戦わせていてはいずれ敗北することは火を見るよりも明らかだ。ギルダの敗北は、王都軍の敗北を意味する。
「俺が行く」
「アルマ君!?・・・すまない、頼む」
クレシオの言葉に俺はそう返した。
この戦争で俺たちは勝利を収めなければいけない。後方で囮を務めているコユキやエル達のためにも、この状況を傍観しては居られない。
そんな思考と共に、地を蹴り、ギルダの元へ向かった。
「ギルダ!一度下がれ!」
「アルマ!?」
その短いやり取りの後、俺はギルダを追い越し、男に剣を振るった。
ギルダはクレシオによって一度後退させられた。
そして俺と軽装の男は、鍔迫り合いを繰り広げていた。
俺よりも体が貧相なその男は、その体つきからは考えられないほどの力を持っていた。このままでは押し負けてしまうと踏んで、俺は後方に跳んだ。
「お前、名前は?」
俺は男に尋ねた。
「ツキ、それが俺の名だ」
ツキと名乗った男は、背筋が凍るような笑みを浮かべた。
その雰囲気に俺は覚えがあった。似たような感覚を、俺は一度経験している。
それはヌールだった。ツキの纏う奇妙な雰囲気は、ヌールのソレと良く似ていた。
そのことから、俺はある推測を口にした。
「二つ名持ちか?」
ヌールもまた二つ名を持っていた。雰囲気の似通っているツキもそうでは無いかと思うのは、ただの予想に過ぎない。
しかし一つ奇妙な点を上げるとすれば、ツキの持つ剣はただの剣だ。それではギルダの衰弱ぶりには疑問が残る。毒が塗られているならまだしも、何の変哲もない剣ではギルダはあんな状態にはならないはずだ。
そんな考えから放たれた言葉に、ツキはまたも笑みを浮かべた。
「その通り。『毒手』のツキ、巷ではそう呼ばれている」
その答えに、俺は合点がいった。『毒手』がその名の通りの意味ならば、ギルダはその毒にやられたと考えれば頷ける。
しかし、そう考えると迂闊に攻撃を受けることは出来ない。レギオスの時のような戦い方は出来ない。一太刀貰えば、たちまち毒に侵されるだろう。
そう考えると、胸中が不安で満たされていった。
不安を胸に、俺は前へ踏み出そうとした。
そんな俺の足は、肩に置かれた手によって止まった。振り返ると、そこに居たのはクレシオだった。
「私が行く」
「クレシオ?」
「ここらで私も腹を括らなければと思ってね」
ギルダはそう言って、俺とツキの間に入った。
* * * * *
アルは、無事に敵拠点に辿り着けたかな。
そんな心配は絶えず頭を過るけれど、気を抜いてはいけない。
でも、王都軍は想像以上に奮戦していた。前線のコユキちゃんが帝都軍の銃弾を防ぎつつ、隙をついて前進しながら攻撃を入れる。それを繰り返し、王都軍は優勢になった。
変わらず、敵陣を少しづつ、少しづつ前進していく。
気づけば敵陣中央まで辿り着いた。
これならいける。
攻めるなら今だ。
そう思い、後衛の魔法部隊を先導するようにもう一度『ボウラマギア』を放とうと、渾身の魔力を滾らせる。
その時だった。
足元で僅かな魔力反応を感知した。
地面が熱を帯びていく。
爆弾だ。地面に爆弾が埋まっていたんだ。そしてあたしの魔力に反応して起動したんだ。
そう気づいた時には既に遅かった。